「冒険の書百四十七:コーラス、頑張る」
~~~コーラス視点~~~
コーラスは、自らの叫び声によって『無音の結界』を破った。
外界との連絡を取り戻し、救援が来る道筋を作った。
だが――
だからといって、すぐに助けがくるわけではない。
あと十分か、二十分か。
ともかくそれだけの時間を耐えぬく必要がある。
ヴァネッサとギイ、圧倒的な実力者であるふたりを相手にしてなおも生き延びる必要が。
さらに状況を難しくしているのが、ウルガの存在だ。
負傷と疲労のあまり工房の隅に座り込んでいるウルガ。
自らの創造主を人質にでもされてしまえば、『人造人間』であるコーラスにはなすすべがない。
と、そこまで難しいことを考えていたわけではないが、コーラスはただちに動いた。
彼女の存在理由、胸に燃える『命の火』の命ずるままに走ると、ウルガを引っ掴んだ。
両脛の脇からは、『入れ替え戦』でそうしたようにふたつの車輪が突き出ている。
――ザン!
凄まじいスピードで滑走したコーラスは、地面を抉るようにしてターン。
そのまま加速し、ヴァネッサとギイの間を通り抜けようとしたが……。
「ナメるな、人形風情が」
超音波によるダメージから回復したのだろう、ギイが大剣を振るって襲い掛かって来た。
「……!」
創造主を斬られては堪らないと、コーラスは迷わずウルガを手放した。
地面の上を滑らせるようにぶん投げ──錬金術の材料として集めていた赤土の山が緩衝材となり、無事なのを確認すると――振り返りざま虚空から武器を取り出し、受け止めた。
――ッギャリィィィィンンン!
ギイの大剣を受け止めたのは、飴色をした戦鎚『大地神の怒り』だ。
共に魔法の武器である両者は空中で束の間、拮抗した。
がしかし、両手で握り全力を込めたギイと、振り向きざま片手で受け止めたコーラスとの勢いの差が出た。
コーラスは堪らずぶっ飛ばされ、戦鎚を抱えたままゴロゴロと地面を転がった。
「はっはっは! よく受け止めたな! 褒めてやる!」
コーラスが攻撃を受け止めたことが嬉しかったのだろう、ギイが満面に笑みを浮かべながら追撃してくる。
「んん……っ」
コーラスは、なんとかこれを受け止めた。
――ギャン!
――ギャ……ギャリィィン!
上段からの振り下ろし。
横からの薙ぎ払い。
並みの使い手なら一撃すら受け止められないだろう、恐ろしいほどの剣圧だ。
コーラスはかろうじてそれらを受け止めたが、あくまで受け止めただけだ。
力を流したり弾いたりすることはできず、衝撃はそのまま、体の奥深くにダメージとして残った。
「む……う?」
膝が震える、手が震える。
立ち上がることはもちろん、戦鎚を構えるのにすら支障をきたすレベルだ。
攻撃されている途中、まったく反撃を意図しなかったわけではない。
このまま攻撃され続ければいずれ防御を突破され、致命傷を負うのは確実だから。
どこかで反撃する必要があるのはわかっていた。
だが、現状で考えられるおそらく唯一の反撃方法である超音波攻撃を行うには、大きな障害があったのだ。
「コーラス! 俺に構うな!」
自らがコーラスの足枷になっていることに気づいたウルガは、悔しさのあまりだろう歯を食いしばった。
口もとからツツーッと血を滴らせながら、コーラスを叱咤した。
「全力でやれ! ぶっ殺せ!」
「でも……おとさまが……」
「そんなのどうでもいいんだよ! あくまでてめえが躊躇うってんなら、俺は今すぐ舌噛んで死ぬぞ!?」
「……!?」
自らを人質にした、恐ろしく無茶苦茶な脅しに、コーラスは思わず息を呑んだ。
普通に考えればあり得ないことだ、しかしウルガは普通の男ではない。
狂気の錬金術師の生きざまは、ずっと傍にいて見てきたコーラスだからこそよくわかる。
この男は、死ぬと言ったら死ぬだろう。
「……わかった、やるよ」
意を決したコーラスは、再び息を吸い込むと。
「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッァァァァァァァァッァアァァー!!」
先ほどと同じ、単音節の絶叫を放ったが……。
「いつまでも同じ手段が通じると思わないでよね!」
ヴァネッサが手を振ると、両手から飛んだ黒糸が、ギイとヴァネッサの頭にシュバッと巻きついた。
頭部と耳を覆うヘッドギアの形をしたそれは、おそらく超音波攻撃対策。
「おお、これはいいな。まだ多少はうるさいが、多少で済む」
ギイはヘッドギアをぽんぽん叩くと素直に喜び。
「でしょ~? これぞまさに『黒蜘蛛ヴァネッサ』の本領発揮ってところなわけよ」
ヴァネッサは腕組みをすると、これ以上ないドヤ顔を浮かべている。
ふたりの様子からすると、黒糸の防音性能はかなりの高さがあるらしい。
一方こちらは、ウルガが地面を転げ回って苦しんでいる。
「うんんん~……っ!」
コーラスは呻いた。
反撃のタイミングを逃したことは間違いない。
防音ヘッドギアの完成前に超音波攻撃を行っていれば、戦略的優位を確保できたことも間違いない。
そもそもがウルガを助ける前、ヴァネッサとギイが苦しんでいるところに攻撃を仕掛ければ、あるいはどちらかを仕留められていたかもしれない。
だがコーラスは、そのいずれも行わなかった。
ウルガを傷つけてでも攻撃する、もしくは放っておいて後で回収するなどの選択肢が存在しなかったからだ。
「というわけで、だ」
苦しむコーラスに、ギイが大剣を突きつけてきた。
そのままでは音が聞こえないからだろう、防音ヘッドギアの耳元を持ち上げながら。
「人形よ、無駄な抵抗はやめろ」
これ以上の戦いは無用と考えたのだろう、それは明らかな降伏勧告だ。
「わかっているだろう? 貴様との戦いは面白かったが、我との差は歴然。もう決着はついたのだ」
「うんん~……」
「我は尋常の殺し合いは好きだが、弱者をいたぶるのは好きではないのだ。だから今すぐ、降伏しろ」
「うんんん~……」
繰り返し降伏を迫ってくるギイ。
しかしコーラスはうなずかない。
いやいやと首を左右に振って、拒否し続ける。
わかっているのだ。
たとえどんな状況に追い込まれたとしても、ウルガがそれだけは望まないだろうことを。
魔族どもの温情に縋って生きるぐらいなら、死を選ぶだろうことを。
だからコーラスは言った。
強く、まっすぐ。
「――イヤだ」
ウルガを背後に隠すと、戦鎚を構えた。
「死ぬまで、戦う」
この言葉に、ヴァネッサは血相を変えた。
同じく、防音ヘッドギアの耳元を持ち上げながら。
「はああ~? バカ言ってんじゃないわよ! ――ギイ、絶対ダメよ! 生かして捕らえなさい!」
近くにいたギイの肘を掴んで激しく揺さぶったが、ギイは楽しそうに口の端を歪めた。
「死すら厭わず戦い抜くか。いいぞ人形、貴様は背骨に鋼の芯が入っているな」
「入ってるのは、ミスリルだよ」
「はっはっはっ、そうかそうかミスリルか!」
コーラスの返事が面白かったのだろう、あるいはまだ殺し合いが続けられるからか。
ギイは満面に笑みを浮かべてコーラスを見つめた。
「いいなあ~、貴様は! 実力はともかく、心根がよい! 実に実に、屠りがいがあるわ!」
「やめなさいギイ!」
ヴァネッサが止めるのも構わず、ギイは突進してきた。
「負け……ない!」
ギイの猛攻をコーラスは全力で迎え撃ち――なかなかの善戦をした。
短期間とはいえ、ディアナから武器術を教わっていたのがよかった。
また、人造人間特有の体の構造も味方した。
人だったら内臓があるべきところに無かったり、両足の車輪のおかげでとんでもない機動性を発揮したり。
痛覚が無いので防御せずに突っ込めるというのがよかった。
「はっはっは! まだやるか人形!」
「ボクは……負けないっ!」
善戦もしかし、いつまでもは続かなかった。
時間が経つにつれ技術差とレベル差が出て、コーラスの肌はあちこち裂かれ、胴を抉られた。
武器を飛ばされ両足を切断され、とうとう戦うことができなくなった。
「おとさま……ごめんなさい」
「謝るな、貴様はよくやった」
やがて――完全に動けなくなったコーラスを、ウルガが抱きしめてくれた。
「貴様は俺の、自慢の娘だ」
「うん……うん……」
親子ふたり抱き合いながら、その瞬間を待っていた。
死神の鎌が現世との縁を断ち切る、瞬間を。
しかしそれは、とうとう訪れなかった。
死神の到着よりも早く、天使がやって来たからだ。
「――偉いぞ、コーラス」
どこからやって来たのだろう。
その者は、空からヒラリと舞い降りた。
三叉矛を構えたままコーラスに背を向けると、こう言った。
「よく耐えたな。あとは任せろ」と。
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