「冒険の書百四十五:ウルガの戦い」
~~~ウルガ視点~~~
「弔い合戦の始まりだ!」
ウルガの操作に応えた『炎の巨人』は、駆動系の構造が巧妙なのだろう、見た目の重々しさよりも遥かに素早く動いた。
滑らかに動くと、目の前にいたヴァネッサに向け右の拳を放った。
拳は錬金術の炎を纏っている。
一度点けば二度と消えない、継続ダメージ効果のある拳だ。
しかしそれも、当たればの話。
ヴァネッサはビョンと高く跳んで、これを躱した。
「ふん……やるじゃない! 身体の外部に強化パーツをくっ付けて人族としての限界を超えようってわけねっ? だけどその程度でわたしを倒せるとは思わないことね! 何せこちとら、人魔決戦以来の人類の宿敵で! 挙げた首級の数も知れない伝説の黒蜘蛛……っ」
「調子こくのはいいが、足元がお留守なんだよっ……喰らえ、『酸性スライム』の粘液から抽出した、なんでも溶かす溶解液だ!」
ギガント・フランマが左手を振るうと、手首の内側にある管から黄色の液体が噴き出した。
液体はビシャリと地面を濡らすと、ドロリとガラス状に溶解させた。
「ひええぇ……っ?」
ちょうど着地する予定だった場所を溶解されたヴァネッサは、慌てて両手を振るった。
伝説の暗器使い、そして『黒蜘蛛』のふたつ名どおりに両手の先から黒糸を飛ばすと、近くにあった柱に絡みつかせた。
――ギギギギギギッ!
黒糸は張力全開、ヴァネッサの体重を受け止め落下を停止。
つま先はぎりぎりのところで溶解液に触れずに済んだ。
「危なっ……危なっ! 着地した足ごと溶かされるとこだったわ!」
「ダイエットになってちょうどいいんじゃねえのか!?」
「し、失礼ね! わたしは別に太ってないわよ!」
「そうかあ!? コーラスに比べりゃずいぶんむちむちしてるように見えるがねえ~!」
「ムッキイィィィ~! 言わせておけばこのジジイ~!」
ヴァネッサを煽り冷静さを失わせつつ、ウルガは着実に攻めていく。
「ウヌタス・ドゥニオス・トリアーク! 行け! 合体攻撃だ!」
ウルガの命令に反応した三体のゴーレムが合体を始めた。
入れ替え戦の時と同様、一体の巨大なゴーレムの姿を象ると――
「「「マ゛……!」」」
口を開け、強烈な熱線を放った。
超々高温度の熱線は地面を抉りつつ、ヴァネッサに迫るが。
「こんなバレバレな攻撃、当たるわけないでしょ!」
「――単発ならな」
ヴァネッサがひらり身軽な動きで熱線を躱したところに、ウルガはすかさず追撃をかけた。
ギガント・フランマで背後に回り込むと、全力でパンチを放ったのだ。
「げ……!?」
ほとんど間断なく放たれた、しかも前と後ろから挟み込むような攻撃に、ヴァネッサは思わず呻いた。
「ヤバ……躱せない……っ!?」
ギガント・フランマの拳は、点けば消えない錬金術の炎を纏った拳だ。
身の危険を感じたヴァネッサがサッと顔を青ざめさせるが……。
「我を無視するな」
ギイが猛スピードで割り込むと、大剣をズバンと振るった。
大剣の一振りによって、ギガント・フランマの右腕は斬り飛ばされた。
――ヒュンヒュンヒュン……ガコン!
音を立てて飛んで、遠くに落ちた。
「ちいっ、弱い方から一気に潰そうと思ったらよお……!」
ウルガは舌打ちした。
狙いを外され、憤った。
錬金術師にしては珍しく、ウルガは戦闘が得意な方だ。
場所さえ思い通りに選べるなら、マスタークラス(レベル百一から百三十五)の冒険者と渡り合っても戦える自信がある。
だが、このふたり同時はさすがに無理だ。
だからこそ先に弱い方を──ヴァネッサを潰そうとしたのだが、その思惑はあえなく潰えた。
「我は、無視されるのが一番嫌いだ」
一方のギイは、自分を無視して戦いが行われているのに腹を立てたのだろう、血走った目でウルガをにらみつけてきた。
「うるせえ知るか! やれおまえたち!」
合体したゴーレムは、ウルガの命令に従い口を開けた。
熱線を、今度はギイに向けて放とうとしたのだが……。
「――遅すぎる」
空間転移でもしたかのように、ギイが消えた。
と思った次の瞬間には、ゴーレムの後ろに立っていた。
――ゴドンンンンン……!
いつの間に振ったのだろう、ギイの大剣がゴーレムの巨体を両断。
轟音と共に地に沈めていた。
「冗談だろ……っ?」
これにはウルガも、さすがに困った。
ゴーレムとギガント・フランマ。
そして自らの錬金術という三種の攻撃軸で戦うつもりだったのが、いきなり二種になってしまった。
しかもギガント・フランマの右腕はすでに無く、向こうはふたりとも健在で……。
「まさに絶体絶命。万事休す……なんて言って、諦めるわけにはいかねえよなあー!」
自らを鼓舞すると、ウルガは絶望的な突撃を開始した。
口元を笑みの形に歪めながら、まっすぐに。
なんの計画性もない無謀な突撃は、まったく意味をなさなかった。
ギガント・フランマは瞬く間に破壊され、ウルガは宙に放り出された。
何度も地面を跳ね、体のあちこちを打ちながら、それでもウルガは耐えた。
工房に残った錬金術のアイテムを駆使して戦闘を継続しようとしたが、伸ばした利き腕をヴァネッサに踏み折られてしまった。
ちょっとでも操作を間違えれば大爆発を起こしかねない、錬金術のアイテムだ。
こうなってしまっては、文字通りの意味で取り扱えない。
「そもそも、気合いだけで勝てるようなら苦労はないってか……」
いよいよ追い詰められたウルガは、絶望と共に天井を仰いだ。
工房でコーラと共に過ごした日々を、恩讐に塗りつぶされた己の人生を振り返った。
「ちくしょうめ……っ。これが……こんなのが人生かよっ」
悔いはある。
というより、悔いしかない。
本当に、自分にはこれしかなかったのか。
もっと他にやり様があったのではないか。
ゴーレムの数に質、錬金術の罠。
学院側との連携にしたって、もう少し上手くできたのではないか。
そうすればきっと、少しはマシな戦いができたはずだ。
ふたりを倒しきることは出来なくても、ひとりは倒すとか。
あるいは騎士団への通報に成功して、時間を稼ぐとか……。
だが、手遅れだ。
ウルガにもう、打つ手はない。
あとはただ、無様に死ぬだけ……。
「悔しいなあ……悔しいなあちくしょうっ」
死ぬこと、それ自体は怖くなかった。
怖いのは、悔しいのは、自らが死んだ後も魔族どもがのうのうと生き永らえることだ。
コーラの死もウルガの死も等しく無価値なものとして、魔族どもが笑いながら生き続けることだ。
「なんとか……なんとかできんかっ。魔族どもを倒す策は、本当にないのかっ?」
絶望をつぶやき続けるウルガの耳に――声が届いた。
鈴を転がしたような、綺麗な声が飛び込んできた。
「おと……さま?」
コーラスだ。
王城帰りなのだろうコーラスは、呆然とした目でウルガを見ていた。
いったい何が起こったのかわからないといった顔で、その場に立ち尽くしていた。
「……コーラスかっ」
しめた、と思った。
対魔族用にチューニングしたこいつなら、あるいは一矢報いることができるかもしれんと考えた。
その代わりにコーラスは死ぬが、そもそも魔族討伐を目的として造られた存在なのだから問題はないはずだ。
問題はない、はずなのに……。
「ああ、ちくしょう……っ」
ウルガは無事な方の手で、顔を覆った。
手指の間から、悔し涙がブワリと溢れた。
戦って、死ね。
その一言がどうしても言えない。
コーラスの首には、Aクラス昇格の祝いで貰ったものだろう勲章がかけられている。
手には黄金が握られていて、それもまた昇格祝いで貰ったのだろう。
勲章授与の後に行われるだろうパーティに出席してから来た、というには帰りが早すぎる。
ということはコーラスは、自らの判断で早めに帰って来たのだ。
ウルガに見てもらいたい、褒めて欲しい。
ただその一心で。
そんな子に、いったいどうして戦いを強制できるだろう。
死を前提にした突撃を、強いることができるだろう。
「俺ぁ錬金術師、失格だな……」
己の弱さを呪うと、ウルガは言った。
祈るように、目を細めて。
「コーラス……逃げろ」と。
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