「冒険の書百四十四:ウルガ、搭乗する」
~~~ウルガ視点~~~
ウルガは両手を上げ、まずは攻撃の意志のないことを示した。
「おい、おまえたち、おまえたちの狙いはなんだ? どうして俺を狙う? 言っとくが、こっちに恨みはねえんだ。行き違いがあるなら話し合おうじゃねえか。なあ、何が狙いなんだ? 欲しいものはあるか? こちとら錬金術師だ。たいていの物は用意できるぞ?」
魔族どもへの激しい憎悪を抑えつつ、一世一代の大芝居に打って出た。
がしかし、ヴァネッサには通じなかった。
あっさりと見抜かれた上で、こう煽られた。
「あらあら、ベタな演技で時間稼ぎ? 『狂気の錬金術師ウルガ』もヤキが回ったのかしら?」
限界だと察しながらも、錬金術師たるもの諦めるわけにはいかない。
ウルガは唇を引くつかせながらも、懸命に芝居を続けた。
「なんだ? 時間稼ぎ? 冗談はよしてくれ。だいたいなんなんだその二つ名は。俺は『平和な錬金術師ウルガ☆たん』と呼ばれててだなあ……」
「――あのさあ、あんたが五十年前の人魔決戦で何をしたか、忘れたとは言わせないわよ?」
いつまでも小芝居につき合う気はないということだろう、ヴァネッサは腰に手をあてると語気を強めた。
「無数のゴーレム兵団を率いて魔族側を混乱に陥れた、人類側勝利の立役者。今さら人畜無害を装ったって無駄よ無駄。あとついでに言っておくけど、時間稼いだって意味ないから。学院周辺には『無音の結界』が張ってある。つまりこの中でどれだけ騒いでも外には聞こえない。助けを求める声も、悲鳴もすべて呑み込まれるのよ」
「『無音結界』だと? ちっ……だからか……っ」
ウルガは舌打ちした。
たしかにそうだ。
ここまでの騒ぎが起こっているのになお、騎士団はもちろん周辺の自警団や住民が騒がないのは明らかにおかしい。
「耄碌してる場合じゃねえぞ、クソがっ」
そんな単純な疑問にすら気づけなかった自分の頬を、ウルガは激しく打った。
「あらあら、そんなに自分を責めないで。それもこれもあなたのせいじゃないわ。単純にわたしたちの手際が見事だっただけ。それにあなた、何か勘違いしてない? わたしたちはあなたを無闇に傷つける気はないの。あなたを痛めつけなければならないのは、『あくまであなたがわたしの言うことを聞かなかった時』だけ」
「……ああ~? そんな言葉を信じると思うか? 魔族の、産まれついての嘘つきどもの言うことなんぞをよお」
「もちろんよ。信じろなんて言わないわ。契約を結びましょうと言ってるの。あくまでビジネスライクな関係ってわけ」
怪しむウルガに、ヴァネッサは事の次第を説明した。
偶然居合わせた入れ替え戦で、ゴーレムの活躍を見たこと。
コーラスの活躍と、それらを造り出す技術に驚嘆したこと。
「あれから五十年たっても未だに錆びついていない技術に惚れたわ。だからもし、あなたがわたしたちに味方してくれたら、決して傷つけないと約束するわ。あなたも、あなたの造った人造人間も大事にしてあげる。待遇も今よりよくしてあげると約束するわ」
「ほう……つまりはこういうことか? この俺に、魔族側に寝返れと?」
「そうゆーこと。あなたはこれから人類の敵に回るってわけ。物分かりがよくて助かるわ」
ヴァネッサはニッコリと微笑んだ。
並みの男なら骨抜きになってしまいそうな、艶のある笑みだ。
だがウルガには、不気味としか思えなかった。
仇敵である自分に味方になってくれと言う、その舌の渇かぬうちに、人類に敵対しろと言ってくる。
「この俺に、魔族の味方になれってのか。そうか、そうか、なるほどなあ~……」
ウルガは思い出した。
あの夜見た光景を。
工房に帰ったウルガが目にした炎の赤を、ゴーレムたちの残骸を。
焼け跡から見つかった、コーラの亡骸を。
あれから五十年。
ウルガは復讐のために日々を費やしてきた。
金も、栄光も、賞賛も要らない。
仲間も、友人も、家族も無駄なもの。
すべてはただ、コーラのために。
あの子の願いを、叶えるために。
生きてきた。
そのウルガに――
この女は言うのだ――
魔族に寝返れと――
人類に敵せよと――
「ああ~……そうか。おまえは知らんのだなあ~。どうして俺が、魔族と敵対することになったのか。なぜ俺が、『狂気の錬金術師』と呼ばれるに至ったのか。その理由を」
怒りを通り越してもはやおかしくなってきたウルガは、口をひん曲げて笑って見せた。
サーカス団のピエロのように、ニタニタ……ニタニタ……。
「敵対する理由? そんなの知らないけど……何かしらね。単にムカついたからとか、王家に雇われたからたとか? あ、そっか。もしかしたら家族でも殺された? だったらごめんなさいね。わたしってば気がきかなくて……」
ポンと手を打ったヴァネッサは……。
「慰謝料も払ってあげるわ。ひとり分でもふたり分でも、言い値でいいわ。それだけの価値があなたはあるもの。ね? それでいいでしょ?」
あえて空気を読んでいないのだろうか、それとも本気で『それで済む』と考えているのか。
いずれにしろ、ウルガの腹はもう決まった。
ここで殺す――
全員殺す――
「見てろコーラ。錬金術師の戦い方ってやつを……」
ピエロのようだった表情を狂気じみた復讐者のそれに変えるなり、ウルガはパチンと指を弾いた。
「『来たれ、炎よ』!」
ウルガの『力ある言葉』に反応し、工房に保管していた無数の金属が飛んできた。
――ガキン! ガキガキガキィーン!
燃え盛る炎の色をしたそれは空中で組み合わさると、『腹部のくり貫かれたゴーレム』のような形をとった。
ちょうど人型にくり貫かれたゴーレムの中に乗り込むと、ウルガは力の限り叫んだ。
「行くぞ『炎の巨人』!」
ギガント・フランマは両目に炎の色を宿らせると、力強く立ち上がった。
その姿は創世神話で女神と共闘した、炎の巨人のようだった。
「敵を殺せ! 砕いて燃やせ!」
ウルガは叫びながら、ギガント・フランマを操った。
「弔い合戦の始まりだ!」
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