「冒険の書百四十三:ウルガの策」
~~~ウルガ視点~~~
ウルガとて、決して油断していたわけではない。
むしろ五十年前にコーラを殺されて以来、いつ魔族に襲われても対応できるよう準備をしていた。
工房周辺に配した強力無比の戦闘用ゴーレムたちに、錬金術の粋を尽くした罠の数々。
勇者学院の常駐警備兵とも緊密に連携を取り、侵入した魔族を確実に殺す死地を形成したと自負すらしていた。
誤算だったのは、敵の寄せ手があまりに強すぎたことだ。
レッサーデーモンを始めとした悪魔族はなんとか全滅させることが出来たのだが、敵の首領格ふたりが規格外に強すぎた。
冒険者クラスでいうなら英雄クラス(レベル三十六から百六十五)はあるだろう、学院の警備兵たちは瞬く間に全滅。
ウルガ自慢のゴーレムたちも壊滅。
入れ替え戦でも活躍したウヌタス・ドゥニオス・トリアークの三体がかろうじて残ってはいるが、腕や足などの重要なパーツを欠いており、まともに戦えるのは一体もいない有り様だ。
「……ったく、手こずらせてくれたわね。おかげでこちらの手駒が全滅じゃない」
首領のうち、ひとりは女だった。
歳の頃なら二十半ばぐらいの、金髪の女。
顔立ちは派手で美しく、体つきはメリハリのきいた迫力あるもの。
両手にナイフを持たず、闇夜に溶け込みやすい黒ずくめの衣装に身を包んでさえいなければ、歓楽街の夜の蝶に見えたかもしれない。
「悪魔の召喚だってタダじゃないんだからね? そんなにポンポンポンポン倒されちゃあ困るのよ。このままじゃあ破産よ、破産っ」
妙に経済観念にうるさい金髪女は、ギャアギャアと騒ぎ続ける。
強襲した側のくせに、ウルガをむしろ悪者のように責め立てる。
「おいヴァネッサ、そうゆーのはいいから、とっとと話を進めろ。我の役割はこやつを抵抗できなくなるまで痛めつけること、でいいのだな?」
痺れを切らして首領──ヴァネッサに自らの任務を確認したのは、ダークエルフの幼女だ。
小さな手足、平らな胸と尻。長い白髪の間からは笹穂のように尖った耳が覗いている。
漆黒のマントと軽装鎧に身を包み、大剣を背負っていなければ、ただの口の悪い幼女にしか見えない。
が、その身に背負うオーラは歴戦の剣士のそれだ。
チョンとでも触れれば手足が斬れ飛ぶ、本物の剣豪のそれだ。
「ふふふふふ……手練れの錬金術師と戦うの、実は初めてのことなのだ♪ なんだかワクワクするなあ~♪」
幼女は体を揺すると、歌うようにつぶやいた。
「なあなあおまえ、おまえよ♪ こちとら最近、平和な世の中で鬱憤が溜まり続けていたのだ♪ つまり今日は絶好の鬱憤晴らしというわけだ、あまり簡単に壊れてくれるなよ~♪」
スラリ引き抜いた大剣を弄びながら、ウキウキとした目でウルガを見つめてくる。
「ギイ……ねえギイ。遊ぶのはいいけど、間違っても殺すんじゃないわよ? そいつには凄まじい利用価値があるんだから」
「なんだなんだ、つまらんことを言うなっ。本っっっ当に女というのはこれだからっ。男同士の真剣勝負に水を差すでないわっ」
「だから水を差すとかじゃなくっ……ホンっっっトにこの老害はっ」
ふたりのやり取りはところどころ謎めいた部分があるが、基本的にはシンプルな構造に行き着く。
幼女──ギイは攻撃手、金髪の女ヴァネッサは司令官。
戦闘狂気味なギイを、ヴァネッサが処しかねているという構図だ。
「ふたりの連携能力はさほど高くない。一対二に見えるが、実際には一対一……ならまだ、打つ手はあるか」
ふたりの関係の齟齬をつくべく、ウルガの考えた策はこうだ。
ギイの気を引き、戦いを長引かせる。
なるべく激しく暴れることによって、騎士団の出動を待つ。
王都防衛を預かる第一騎士団は、言わずもがなの王国最強騎士団。
そいつらが到着しさせすれば、自然に勝利が転がり込むというわけだ。
「ということで、まずは時間稼ぎといくか……」
ウルガは両手を上げ、まずは攻撃の意志のないことを示した。
「おい、おまえたち、おまえたちの狙いはなんだ? どうして俺を狙う? 言っとくが、こっちに恨みはねえんだ。行き違いがあるなら話し合おうじゃねえか。なあ、何が狙いなんだ? 欲しいものは? こちとら錬金術師だ。たいていの物は用意できるぞ?」
魔族どもへの激しい憎悪を抑えつつ、一世一代の大芝居に打って出た。
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