「冒険の書十三:装備を整えよう」
さて、風呂屋で身を清めた後は装備の新調だ。
一か月間の『魔の森』暮らしでワシのローブはボロボロ、ルルカの神官服もボロボロ、靴は先っぽがパカパカいっている。
見た目は正直どうでもいいのだが、装備の劣化は直接戦闘に影響するので、すぐに買い直さなければならない。
しかも、ただ買うだけではダメ。
「この先の旅路だってある。『安物買いの銭失い』にならぬよう、きちんと金をかけていいものを揃えるぞ。なに、路銀は十分あるから、心配するな」
ワシが金貨の詰まった袋を掲げて見せると、ルルカは真面目くさった顔で言った。
「そうだね、その通り。いいものを揃えて、ディアナちゃんをさらに可愛くしないと。街中の人にディアナちゃんの良さを広めて、ゆくゆくはディアナちゃん教を創始しないと」
「ワシは見た目とかどうでもいいんだが……というかおまえ、その発言は宗教関係者として大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫、セレアスティール様は器の大きい方だから」
「信者からの信頼が篤すぎるのも考えものだのう~……」
などとツッコんだりしつつ、ワシらは武器屋防具屋を見て回った。
冒険者が装備を新調する。
それだけなら普通の光景なのだが、そこからが違った。
風呂場で想像した通りだ。
具体的には、街ゆく人がワシを見て立ち止まるようになった。
女も男も頬を染め、ポーっとして言葉を失う感じ。
「ふっふっふ……わたしのディアナちゃんを見なよ」
と、なぜかドヤ顔しているルルカはさて置き、買い物にも影響が出た。
ワシの顔を見るたび、店主が口々に言うのだ――
「お、お嬢ちゃん。うちで装備を買ってくれよ。お安くしとくからっ」
「うちで、うちで頼むっ。最上級の逸品を格安で……いや、もはやタダでもいいから持っていってくれっ」
「バカ言えっ。うちはそれ以外に広告料も払うぞっ。あんたみたいなのがうちの装備を着てくれたら、これ以上ない宣伝になること間違いなしだからなっ」
……などなど。
さすがに商売人としてそれはどうなのよという呼び込みまである始末。
「この街の奴らが変なのか。他の街でもそうなのか……」
この先の旅路に不安を抱きながらも、装備自体はキッチリ揃えることができた。
上は動きやすい布の服に革の胸当て、下は半ズボンと革のブーツ。
拳を保護するためのミスリルメッシュのグローブ。
いずれも上質なもので、値段も相応に高価だったが、店主が格安で売ってくれた。
タダどころかむしろ金を払わせてくれという者もいたが、さすがにそれは断った。
「ワシは武人だ。理由のない施しを受けることはできん」
武人らしくピシャリと断り店を出ると、ちょうど他の店で装備を整えてきたところだったルルカとバッタリ出くわした。
「お、ルルカか。そっちはどうだった?」
「……」
しかしルルカは黙っている。
ワシの姿を見て、ピタリと硬直している。
「おい、どうしたルルカ……ルルカ?」
「……」
何度呼んでも返事がなく、動きもなく、いったい何かあったのだろうかと心配していると……。
「ああ……ディアナちゃんの半ズボン姿……チラっと見える太ももとブーツの間の絶対領域が尊すぎるよおぉ~……」
ルルカは目まいをこらえるかのように額に手を当てると、おかしなことを言い出した。
いや、こいつがおかしいのはいつものことだが。
「……ふむ。おかしな言動はともかくとして、装備はキッチリ整えてきたようだな」
ローブにマント、戦杖にブーツ。
僧侶らしく白一色に統一されたそれらは、すべて『強化術』が付与された高級品だ。
「ローブには『盾』、マントには『抗魔』、戦杖には『破魔』、ブーツには『重量軽減』か。普段はローブで物理を防ぎ、マントを被って魔法攻撃を防ぎ、戦杖は対魔特化、ブーツは重さ軽減。よい選択だ。実戦はもちろん、普段使いのことも考えていて偉いぞ」
「ホント? えへへ、やったあ~。褒められたあ~」
ワシが褒めると、ルルカは両手を頬にあてて喜んだ。
「でもね、わたしだけのお手柄じゃないよ。店主さんも一緒になって考えてくれたし、元をたどればディアナちゃんが『考えて選ぶように』って言ってくれたからだよ~」
「そうか、いずれにしてもよかった。今までのおまえだったら見栄えだけを重視して選んでいただろうが、今回のこの装備は質実剛健で、身を守るという言葉の意味の本質を捉えている」
「ええぇ~? ホントおぉ~?」
「本当だ、よくやった、偉いぞ」
「うわあ~、めっちゃ褒められてるぅ~っ?」
ワシは褒めた。褒めに褒めた。
ここまでのつき合いでわかったことだが、ルルカの働きにはメンタルがモロに影響する。
注意してばかりだとズドンと委縮してしまうが、適度に褒めるとギュンギュン前向きになっていい成果をもたらすのだ。
「おまえのセンスの上昇ぶりは、目を瞠るものがあるな」
「わあぁ~、もう死んじゃうぅ~っ?」
なのでルルカに関しては、今後も褒め多めで。
などとやっているうち、いい頃合いになってきた。
辺りが暗くなり、夜の商店街のあちこちに建っている街灯に、色とりどりの『光』の灯りが灯った。
「さ、それでは宿に戻るとしようか。飯と酒で祝杯をあげ……」
祝杯をあげよう、と言いかけた瞬間、花火が上がった。
――ヒュルルルル~……ドン!
異世界人から技術を伝えられた花火師でもいるのだろうか、見事な大輪の花が夜空に咲いた。
道行く皆が空を見上げ、歓声を上げた。
「ほう、花火か。これはまた懐かしい」
ワシが空を見上げ驚いていると、どこかへ行っていたルルカがパタパタと戻って来た。
「ねえねえディアナちゃん。そこの道具屋のおばちゃんに聞いてきたんだけど、なんか今日ってお祭りみたいだよ?」
「なんの」
「えっとね、『封魔祭』だって。魔王を討伐した勇者さまパーティが王都に戻る途中にこの街に立ち寄って、ついでに『魔の森』で暴れてた『悪魔貴族』を封印したのを祝って、五十年前から毎年行われてるんだって」
ついでで倒される悪魔貴族(知恵を持つ高位の魔族の呼び方)は哀れだが、それはともかく……。
「あれだけ活躍してた奴らだ。祭りのひとつやふたつ、出来てもおかしくはないか」
かつての戦友の出世ぶりを、ワシがしみじみ感心していると……。
「ね、ね、ディアナちゃんっ。これから祭り見て行かないっ? 勇者パーティの仮装パレードとか、屋台とか、とにかく賑やかにやるんだってっ。だから宿に帰るのは後にして、今は見に行こっ。楽しもうっ。お祭りをっ、ねっ?」
「お、おう……そうか」
ルルカの勢いに押されるように(実際に背中を押されながら)、ワシの足は祭りの会場へと向かった。
部下をよく見てキチンと褒める、ディアナ(ガルム)さんは上司の鑑!
そして、あれから五十年!
勇者を偲ぶ祭りの始まりです!
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