「冒険の書百三十二:ヴァネッサの見つけたもの」
~~~ヴァネッサ視点~~~
その頃ヴァネッサは、勇者学院の屋上にいた。
ディアナの勘の良さで気づかれそうになったので慌てて身を隠したが、『入れ替え戦』に付随して発生したあれやこれやをすべてその目にしていた。
マルダーが大暴れしたあげく捕まったこと、タンドールが暴走して殺されたこと。
最初から最後まで、誤算誤算の連続だった。
「ああもう! なんだってどいつもこいつも考えなしに行動するのよ!?」
ヴァネッサは頭を抱えた。
「規定量以上の魔薬を生徒に飲ませて!? それがバレたらキレて暴れて捕まって!? かたや『絶対手を出すな』って言ったのに勝手に仕掛けて殺されて!? なんなの!? 『押すな押すなは押せの合図』だと勘違いでもしてるの!?」
間違ってもディアナに気づかれないよう、声のトーンは最小限に絞っている。
地団太を踏みたいのを我慢して、宙を殴るにとどめている。
がしかし、それでも鬱憤は溜まり続ける。
「勇者学院の教師や生徒たちに『魔薬』を蔓延らせて優秀な生徒を魔族側《こっち側》に引き入れる作戦も終わりじゃない! そりゃ今はまだバレてないかもしれないけど、王家が勇者学院に調査の手を伸ばしたら秒でバレるでしょ! 魔薬の流通ルートや売人を押さえられないためにもしばらくは大人しくしてないといけないし! てことは収益も当分は先細りでしょ!」
ふたりのバカのせいで、王都における『闇の軍団』の活動は大幅な自粛を余儀なくされた。
直接ヴァネッサが犯したミスではないが、部下のミスは上司のミスだ。
なんらかの形で責任を取らなければ、組織としての格好がつかない。
「なんで! わたしばっかり! こんな目に!」
ヴァネッサが髪を振り乱して暴れているところへ、ギイが話しかけてきた。
「まあそう騒ぐな。色々と収穫もあったではないか」
「そりゃあんたはそうでしょうよ! 戦闘狂のあんたにとっては、これ以上ない楽しい催しだったでしょうよ!」
「うむ、そうだな。実に興味深かった」
身の丈に合わない大剣を背負ったダークエルフの小娘ギイは、カラカラと楽し気に笑った。
「最初は小僧どものお遊戯よとバカにしていたが、なかなかやりおる。弱者が策によって己の非力さを補い、強者を屠る。戦いというものの本質を見せてもらった気分だ」
「あ、そ! それはよかったわね!」
「強者は強いが故に傲慢になり、弱者は弱いが故に謙虚になる。その差がこうして勝敗を分けた。他人事とは思えんな。より一層精進しようという気になったわ」
「あ、そ! 勉強になってよかったわね!」
ヴァネッサはぷりぷりと怒り続ける。
ギイの戦闘狂ぶりには慣れているつもりだが、自分が落ち込んでいる時に『我は関係ない』とばかりに楽しまれてしまうと、さすがに腹が立つ。
「なんだ、ヴァネッサ。怒っておるのか?」
「別にいぃぃ~? 怒ってなんかいませんけどおぉ~?」
ヴァネッサが怒っている理由が本気でわからないのだろう、ギイははてと首を傾げた。
「おまえにも収穫はあっただろうが」
「なによ、収穫って。出来たばかりの部下が自滅して、『魔薬』の流通を自粛せざるを得なくなって。それらが巡り巡って『あのお方』の復活が遅れて怒られること確定なわたしに、いったいなんの収穫があったって言うの?」
「それはもう、あれだろう。あそこの、あれ」
ギイはひょいと屋上から顔を覗かせると、訓練場の片隅にいるウルガとコーラスを指差した。
「我はまったく興味ないが、『闇の軍団』にとってはなかなかいい人材なのではないか?」
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