「冒険の書百二十九:VSマルダー!③」
猛烈な勢いで滑走するコーラスの背に跳び乗ったワシは、髪をかき乱しながらマルダーへと迫った。
「足から車輪が生えたですって……っ!? まさか人ではなく『人造人間』だったと……っ!?」
思ってもみなかったのだろうコーラスの正体に、そして突撃方法に、マルダーは一瞬面くらった。
が、すぐに立ち直るとワシらをビシリと指差した。
「ふ、ふん……っ! なんですかそんなもの、しょせんは肉弾戦のみの蛮族ども! 近づけさせなければどうということもありません! というわけで、死ね小娘どもおぉぉおぉぉぉぉー!」
マルダーの操る魔剣が、一斉にワシらへと降り注いでくる。
普通の剣士なら一本捌くだけでやっとだろう強烈なのが、数十本。
捌き損ねれば死亡確定。
勢いに飲まれて体勢を崩しても、無事では済まない。
だがワシは、それほど悲観していなかった。
なんならこんなもの、恐れる価値もないとすら思っていた。
だって、かつての人魔決戦においてはこれ以上の脅威を相手にしていたのだから。
「なんだこの程度! かの人魔決戦においては数十どころか、数百、数千本の矢が降ってくることすらあったのだぞ!」
叫ぶワシに、魔剣の雨が殺到する。
――ギィン! ヂィン!
――ガッ! ヂイィィン!
右へ捌き、左へ弾き。
三叉矛を巧みに扱い魔剣の直撃を防ぎながら、ワシらは突進を続けた。
「くっ……戻れ魔剣よ!」
ここへきてようやく命の危険を感じたのだろうマルダーは、ウルガの巨大ゴーレムを倒したばかりの魔剣を己の手元へ呼び戻そうとするが――
「させないよ! ディアナちゃんはわたしが護るんだから!」
落ち着きを取り戻したルルカが、『聖なる円環』の力場をグイグイと広げ、魔剣が動けないよう封じ込めてくれている。
さすがは女神に最も愛された娘というべきだろう、その効果範囲は凄まじく、今や会場の半分以上を覆うほどだ。
「バカなっ……なんですかそのデタラメな聖気の量はっ!?」
マルダーが眦を裂かんばかりにして叫ぶ。
「で、ですがわたしは負けませんよ! 古代魔術の粋を極めたこの魔剣術は必勝不敗! 田舎娘の張った結界など、すぐにも打ち破ってみせましょう! さあ魔剣よ! 魔剣よ! 急ぎ我が元へと集うのです!」
正直、魔剣術による攻撃がダメならさっさと切り替えて別の魔術を唱えればいいだけだ。
実際、その方がよっぽど勝率が高いと思うのだが、マルダーはどこまでも己の魔剣術に固執している。
「術への知識や制御能力はたいしたものだが、実戦経験の不足が災いしたな。己の命とプライドを引き換えるにするとは」
ワシが口元を緩めた瞬間――後頭部の辺りがチリついた。
「む──?」
一瞬マルダーの奥の手かと思ったが、どうやら違うようだ。
まったく別の敵が、真後ろから襲いかかってきたのだ。
「もらったぞエルフ娘! ラーズ様の仇を討ってわたしは『あのお方』に認められるのだあー!」
「――羽虫が、邪魔をするな」
勢いも殺気も弱かったので、ワシは振り返りもせずに三叉矛を後ろに突き出した。
その予想は的中──海神の加護を受けた三叉矛は、雑魚の腹でも突くがごとき容易さで、敵の腹部を貫いた。
「ぐぶ……っ?」
そのまま前方に向かって三叉矛を振ると、先端に引っかかっていた敵の体が地面の上を転がった。
チビで禿頭で、四十がらみの男。
ローブを着ていて、手にはククリナイフが一本。
「んん~……誰だぁ? 見たことのない顔だが……攻撃してきた以上はワシの敵なのだろうが……。ああそういえば、ラーズがどうこう言っていたな。ということは『闇の軍団』の手の者か。ならば生かしておいて情報を聞き出すという手段があったな。しまったしまった」
腹から臓物を溢れさせ大出血まで起こしている男が生き延びる可能性は、万にひとつもないだろうからな……などと思っていると。
「タンドール……っ? ええい、なんなんですその体たらくは! 助けに入ったなら助けに入ったで、ちゃんと助けなさい!」
どうやら知り合いだったらしいマルダーが、残った魔剣をすべて身の回りに集め始めた。
タンドールとやらに襲われたワシに隙があると見たのだろう、ここぞとばかりに一斉攻撃を仕掛けてきた。
その数、減りに減って今や十三本。
重心が後ろに乗っているところを見ると、ワシが躱している間に逃げるつもりだろう。
もし本格的に逃げを打たれてしまえばめんどくさいことになるし、ここはなんとしてでも仕留めねば……!
「コーラス、潜れ!」
「任せて」
コーラスはギュルンと車輪の回転速度を上げると、降り注ぐ魔剣の下をかいくぐって突進した。
その勢いは凄まじく、魔剣をすべて回避。
回避しきった先には、いよいよ無防備となったマルダーがいた。
「そんな……まさかっ!?」
いよいよ身を護るもののなくなったマルダーが、後ろへ跳びながら両手を動かした。
別の術を唱えようというのだろう、空中に金色の文字が書かれていくが――もう遅い。
「さっきのはおまえの仲間のようだな。ならばちょうどいい――ふたり分、吐いてもらうぞ」
ニヤリ笑うと、ワシは三叉矛をブンと振った。
未だ『秘儀文字』を記し続けるマルダーの両腕をぶった斬……ると死んでしまって情報が集められないかもしれないので、後端にあたる石突き部分で殴りつけた。
糸目のいけ好かない顔を、思い切り。
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