「冒険の書十二:お風呂場にて」
変態を片付けたワシらは、速やかに冒険者ギルドを出た。
その後の話だ。
「ねえねえディアナちゃん。あのお金ってもったいなくなかった? ほら、さっきエーコさんに渡してたやつっ。ディアナちゃんがくにゅ~んって曲げたやつっ。迷惑料とか修理費っていうならアカハナさんに払わせればいいような。ディアナちゃんが払わなくてもいいような……なのになんで?」
ルルカは後ろ髪を引かれるように振り返りながら、ワシに訊ねてきた。
貧乏暮らしが長かったからだろうか、金の使い方の荒さについて心配しているようだが……。
「ああ~、あれはな、必要経費だ」
ワシ的には、あれでいいと思っている。
「……ひつよーけいひ?」
こてんと不思議そうに首を傾げるルルカ。
「考えてもみよ。ダメダメだった『落ちこぼれーズ』が突然強くなり、魔物を倒して大金を稼いだのだ。感心する者もいるだろうが、妬む者もまた多かろう。というよりは、そういった者の方が世の中には多かろうよ。だからどこかで身銭を切らねばならんかったのだ。人間、良くしてもらった相手を攻撃はしづらいものだからな」
「こうげきって……?」
「ああ~……わからんか。大金を得た者を襲い利を得ようとする輩がいるのだ、世の中にはな。んでもって、そういう奴らはワシのような強き者ではなく、弱き者をこそ狙うのだ」
「……あっ、わたしが狙われてたかもってこと?」
ようやく自らの置かれていた立場を理解したのだろう、ルルカは目を丸くして驚いた。
「つまりディアナちゃんは、わたしの安全のためにお金を払ってくれたってこと? わたしのために、あんな大金をっ? わああぁ~っ! ありがと、嬉しいっ! やったあぁぁ~!」
「自分が狙われていたかもしれないのに頬を染めてまで喜ぶのは本当に意味がわからんが……。ま、それはともかくだ」
肩を竦めると、ワシはニッコリ笑んだ。
「旅の垢を落としに行くとしようぞ。『魔の森』突破、そして『聖樹のたまゆら』継続祝いだ、ぱあ~っといくとしよう」
前世から含めた長い長い旅の疲れと汚れを落とすため、風呂屋へ向かった。
+ + +
繁華街にある風呂屋は、女湯と男湯のふたつに分かれていた。
ワシらが入ったのは、当然女湯。
「おおーデカいな! 造りもしっかりしとる!」
魔物との戦いに疲れた冒険者連中を客として想定しているのだろう。中身はとにかく頑丈な構造になっていた。フロアも広く、浴槽もデカく、多くの女客冒険者がわちゃわちゃとひしめいていた。
「こっちだよ、ディアナちゃん。こっちの洗い場で汚れを落としてから湯舟に入るの」
「知っとるわそれぐらいっ」
「置いてあるヘチマを使ってゴシゴシするんだよ」
「人を未開の蛮人扱いするなっ」
などと言い合いつつ、洗い場の椅子に座るワシらだ。
異世界よりの旅人が伝えたのだという石鹸や、シャンプー(?)などという奇妙な名前の洗剤を使うと、体中の汚れがみるみるうちに落ちていく。
ゴワゴワしていたディアナの銀髪に「キランッ」とツヤが戻り、薄汚れていた肌が「ピカッ」と光る。
そうこうするうち、ワシは気づいた。
女どもの視線が「じとおぉ~っ」とばかりにこちらに向いていることに。
「……のうルルカ。あいつらはなんだってまた、ワシを凝視しとるんだ?」
目を血走らせ、鼻息を荒くし、ちょっと尋常な様子ではない。
まるで、獲物を前にした肉食獣のようだ。
「ん~、気づいてしまいましたか」
ワシの疑問に、ルルカは真面目くさった様子でうなずいた。
「それはね、しかたのないことなんだよディアナちゃん」
顔の前で人差し指を立てると。
「だってほら、考えてもみてよ。街中のお風呂屋さんに突然月の妖精さんが入ってきたとしたら。しかも妖精さんが惜しげもなくツヤピカお肌を晒してたらさ、そりゃあもう見ないなんてできないよ。空に向かって投げた石が地面に落ちるみたいなさ、それは動かしがたい万物不変の法則なんだよ」
「……何を言ってるのかさっぱりわからんが、とりあえずおまえのその鼻血はなんとかしろ」
「ん~、無理だねえ。だって、これもまた万物不変の法則だから」
「ん~……不変だったか~……」
もともとエルフは眉目秀麗な種族だが、その中でもディアナの可愛さ、美しさは飛びぬけている。飛びぬけすぎている。
考えてみれば、アカハナはもちろん受付嬢のエーコもおかしなリアクションをしていたしな。しかも、まだ洗い清めていなかったあの段階でだ。
「他の連中も同じか? これはこの先、めんどうなことになりそうだのう~」
今後の生活でぶち当たるだろう様々な苦難を想像し、ワシは深々とため息をついた。
異世界よりの転生者がいる世界観です!
なのでお風呂場は和風なイメージで!
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