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「冒険の書百十九:コーラスの裏ピース」

 ~~~コーラス視点~~~



 

 フロントダブルバイセップスから勢いよく繰り出されたゴライアの拳を、しかしコーラスは片手で受け止めた。

 傷ひとつつくことはなく、なんなら後ろへ下がることすらなかった。

 

「お、おでの拳が、止められただと……?」


 一方のゴライアは、明らかに困惑していた。

 コーラスとの質量差からして、まさか自分の拳が止められるなどとは思っていなかったのだろう、驚愕に目を見開いていた。


 それは観客たちも動揺だった。


「おいおい、ウソだろ」


「弱めに打った風には見えなかったぞ」


「あのパンチを片手で止めるかぁ、普通?」


 驚きとざわめきが、訓練場に満ちていく。


「今、ボク、攻撃された?」


 コーラスもまた驚き、戸惑っていた。

 ゴライアの動きの意味も、殴ってきた理由もわからずに呆然としていた。


 どうしていいかわからずに、考えて、考えて……とっさに出てきたのはディアナにかけられた言葉だ。


「えっと……ディアナが、言ってたっけ」


 ――いいか? 絶対にやられっぱなしでいるんじゃないぞ。この世にはなあ、『こいつ、反撃してこんな』と思ったらどこまでも攻撃してくる、そうゆー性根の腐った奴らがごまんといるのだ。とゆーわけで、まずはナメられぬための反撃方法を教えてやろう。


「そうだ。やられたら、やり返す。手をとられたら、まずは、力をこめて……」


 コーラスが拳にギュウと力をこめると、ゴライアは顔色を変えた。


「ちょ、待っ……っ? ぐ、動かねえ……! なんて力だこいつ……ってか痛たたたたっ!? 拳が潰れるっ!?」


「それで、こうして……」


「あんぎゃあああああ~!?」


 コーラスが手首を返すと、ゴライアはひざまずいて悲鳴を上げた。

 曲がってはいけない方向へ手首の関節を曲げられたせいだろう、痛みで発狂しそうになっている。


「こうして、こう」


「みぎゃああああああ~!?」


 コーラスがさらに押し込んでいくと、ゴライアの体がくるりと回った。 

 ディアナが教えてくれた逆技ぎゃくわざ――相手の関節を極めて攻撃する技が面白いほどに極まっていく。


 しかも、普通の人間が使ったのならただ相手を制圧するだけで終わるのだが、コーラスは普通の人間ではない。

 戦闘用にチューンされた『人造人間ホムンクルス』な上に、力加減を知らない。


「悪かった、謝るから許してくれ、離してくれえええぇぇ~!」


 さっきまでの威勢や筋肉アピールはどこへやら、ゴライアは年端としはもいかない子どものように泣き叫んでいる。


「うん、わかった」


 反撃はしたが、それほど追い込む気もなかったコーラスは、あっさりと手を離した。 


 とはいえ、恐怖と痛みの記憶は消えないのだろう。

 ゴライアは「ひ、ひぃぃぃ……っ、腕が、おでの腕があぁぁぁ……っ」と呻きながら、その場にうずくまっている。


「えっと……次は、どうするんだっけ」


 ゴライアのせいで当初の目的を忘れてしまったコーラスが、次はどうすればいいのだったかと悩んでいると……。


「おいおい、こいつあ本格的に化け物だぞ……」

 

「どうなってんだFクラス。おかしな薬でもキメてんのか?」


「あのゴライアが壊されるとか、悪魔じゃん」


 他の生徒や観客たちが、ざわざわと騒ぎ出した。


「もう失格にしちまおうぜ、気持ち悪い」


「あんなの、勇者になんかなれるもんか。勇者ってのは強いだけじゃなくみんなの希望となる存在で……」


「そうそう。無表情で無感情な、あんな友だちいなそーな奴になれるもんか」


 以前にも増してのひどい言われようだったが、やはりコーラスは気にしなかった。

 気にしては、いなかったのだが……。


「コーラス! 行っけえぇぇぇー!」


 観客席にいたFクラスの子どもたちが、一斉に声を上げた。

 顔を真っ赤にして、興奮して叫んでいる。


「その標的を叩けばいいんだ! ルール忘れてんなよ!」


「周りの雑音は気にすんな! おまえは俺たちの友だちだ!」


「そうよ! 誰が何を言っても関係ない! あたしたちがあんたの味方よ!」


「コーラス! 頑張れ! 負けんな!」


「俺たちを! 仲間を信じろおぉぉぉー!」


 子どもたちの大歓声を聞いたコーラスは、コテリと首を傾げた。

 ディアナ曰く『喜びのしぐさ』をすると、改めて標的に向き直った。


「思い……出した。一発、大きなの、決めるルール」


 いつの間にかその手には、飴色をした戦鎚ウォー・ハンマーが握られていた。

 コーラスの背丈より大きなそれは、いざという時のためにウルガが持たせてくれた魔法の武器『大地神の怒り(アース・レイジ)』だった。

 使用していない時には虚空に収納することができ、使用時には土属性の魔術を放つことのできる優れ物で、コーラスのスピードとパワーを最大限に発揮できるだろう武器として、ディアナも太鼓判を押してくれていたものだ。


「これを」


 コーラスはトテトテと標的に歩み寄ると、戦鎚を振った。

 なんの気負いもなく、無造作に。

 

「こう──」


 鋭く尖った鎚頭つかがしらは、標的である角柱を見事に捉えた。 

 柄頭の接触面からビシリと放射状にヒビが走ったかと思うと、次の瞬間には角柱全体が崩壊した。

 長年にわたって数多くの生徒の攻撃を受け続けてなお傷ひとつつかなかった標的が、コーラスの一撃で粉々に砕け散ったのだ。


 この偉業に対する、会場の反応は凄まじいものだった。


「は? 標的が壊れただと?」


「ウソだろ、こんなの見たことねえ……っ」


「勇者じゃなきゃ壊れないように作られたって話じゃなかった?」


「ってことは、こいつがまさか未来の勇者……っ?」


「今年のFクラス、すげえじゃねえか! こりゃ本気でAクラス入りがあり得るぞ!」


 割れんばかりの歓声が上がり、拍手や口笛が鳴り響いた。足踏みが地鳴りのように地面を揺らした。


 コーラスの仲間たちは、それらに倍するほどに盛り上がり──


「「「「「コーラスうぅぅぅぅぅぅぅー!」」」」」


 全員が声を合わせて絶叫した。


 当のコーラスは、コテリコテリと首を傾げて喜んだ後……。 


「えっと……勝ったらこうしろ、って、言われてたっけ」

 

 戦鎚の先を地面に突き、空いた手を顔の高さに持ち上げると、ピシリと裏ピースを決めた。

 勝ったら絶対やるように、と子どもたちに言われていたその行為の意味自体はわかっていなかったが――ただひとつ、わかっていることがあった。


「あとで、おとさまに、言おう。――ボク、友だち、たくさん出来たよって」


 耳をつんざかんばかりの大歓声の中、コーラスはボソリとつぶやいた。

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