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「冒険の書十一:運がよかったな」

「おいおい本当かあ? 本当におまえらがやったのかあ~?」


 冒険者がひとり絡んできた。

 天井まで届きそうなほどの巨体の男が。


「くせえくせえ。なぁぁぁんか、うさんくせえんだよなあ~」


 悪酔いしているのだろう、大きな鼻を赤くしている。

 角付きのカブトを被り鉄の棍棒(アイアン・クラブ)を背負っているところからすると戦士なのだろうが、のっしのっしとこちらに歩み寄るその姿からは、武術の気配をまるで感じない。

 力任せに敵をぶん殴ることしかできない脳筋戦士、といったところか。


「……おいおい、アカハナが行ったぞ」


「あいつ、新人イビリが趣味のクソ野郎だからな」


「でもレベルは五十五。ベテランクラス上位だから誰も文句は言えねえけど……」


 周りの冒険者の囁き声からするに、名前はアカハナ。

 新人イビリが趣味のクソ野郎だが、レベルはそこそこ高いと。


「『紅牙団』の狩った獲物からコアと素材だけを抜いて逃げて来たんじゃねえのかあ~? それを上手いこと言って誤魔化そうってんじゃねえのかあ~?」


「……ほう」


 ワシは素直に感心した。

 なるほど、ワシらが『急に成長して魔物どもを狩りまくった』よりかは、そっちのほうが現実的で説得力があるな。


「おまえ、意外と頭が回るじゃないか。人は見かけによらんものだな」


「……なんだあ? ガキが、あんまり大人をバカにするもんじゃないぞ? これ以上はゲンコツじゃ済まんぞ?」


「まあ落ち着け。おまえをぶん殴って黙らせるのは簡単だが、それでは店に迷惑がかかる。そうだな……これでどうだ? 証拠にならんか?」


 ワシは袋から取り出した金貨を指先で「くにゅん」と折りたたむと、アカハナに投げ渡した。


「殴って黙らせるのは簡単だあ? 舐めやがって……ああ、なんだ? 金貨じゃねえか。びのつもりかよ。わかってんじゃねえか……ん? んんん~……?」


 綺麗にふたつに折りたたまれたものがなんであるかを理解した瞬間、顔がぎょっと驚きで硬直した。

 

「マジかよ……こんなことができるのか?」


 一瞬(ひる)み、引き下がりかけたアカハナだが、戦士としてのプライドが勝ったのだろう、ギリギリのところで踏みとどまった。


「っと、信じるとこだった。危ねえ危ねえ。こんな手品に騙されるかよ」


「手品? まあたしかに金は鉱物のなかではやわららかいほうだが、おまえに同じ真似ができるのか?」


「うるせえ! 幼女がピーチクパーチク騒ぐんじゃねえよ!」


 アカハナはワシの質問を全て無視。一方的に怒鳴りつけ始めた。


「ああームカついた! ムカついたから謝れ! 申し訳なさそうに頭を下げて『調子こいてすいませんアカハナさま。全部手品だったし、コアや素材は盗んだものです』と白状すれば許してやる! あとついでにしゃくのひとつもしてくれればよう……へへ、へへへへへっ」


 途中まではいかにも威勢のよい荒くれ者という感じだったのに、最後にイヤらしいおすの本能を覗かせた。


 これにワシは、心底からため息をついた。


「ハア~……なんだおまえ、ディアナ(ワシ)が好きなのか? 人族のくせにエルフ族の小娘に欲情するとか、変態か?」


「ちょ、バッ……好きとかそんなこと言ってねえだろうが!」


 核心を突かれ、動揺するアカハナ(変態)

 

「その割にはずいぶんと鼻の下が伸びているようだが……おっとすまん、その下品な鼻は生まれつきか」


「て、て、てんめえええええーっ! 言っていいことと悪いことがあるぞ!」


 動揺を誤魔化すためか、はたまたワシの煽りに耐えきれなくなったからか。

 ともかくアカハナは、プッツン切れた。


「ムカついた! ムカつきまくりだ! おう、逃げられると思うなよエルフの小娘! とっ捕まえて裸にひん剥いてやるからな!」


 ワシを逃がすまいとするかのようにガバリと両手を広げると、そのまま突進して来た。 


「……ほう、巨体を活かした体当たりか」


 ワシは素直に感心した。

 なるほど、こいつはただの変態ではない。


 殴る蹴る、といった体の末端を使った攻撃方法は、一般に思われているよりも技術的に難しく、習得に時間を要する。

 それに引き換え、体当たりには技術が要らない。

『点』ではなく『面』での攻撃なので、体がデカければそれでいい。

 上手くいけば相手を気絶させることができるし、そのまま取り押さえて無力化することもできる。

 こういった変態にとっては、最高の武器と言っていいだろう。 


「体格以外に売りのない冒険者だからこそつちかうことのできた技術というわけか――だが、相手が悪かったな」


 ワシはたいを深く沈めると、蹴りを放った。


「『鉤蹴かぎげり』」


 突進して来るアカハナの足を内側から外側へ、フックで引っかけるように、グイッと。


 ちょうど足が地面につく瞬間を狙われたアカハナは、堪らずすっ転んだ。


「なっ……あが……っ?」


 受け身もとれずこコロンだアカハナは顔面をしたたかに床に打ち付けた。

 しかしそこは、戦士のはしくれ。

 プシュウとばかりに鼻血を出しながらも気合いで起き上がろうとしたが……。


「立たせると思うか?」


 ワシは素早く詰め寄ると、足を振り上げた。

 そのままアカハナの頭を踏みつけ、ひと思いにぶっ殺そうとしたのだが……。


「ディアナちゃんダメだよ! 相手は人間だから!」


「――おっと」


 ギリギリのところで、ワシは足を止めた。


「そうだった、あやうい危うい。ここは下界だったわ」


 かつて戦ったような戦場でもなく、高レベルの魔物が闊歩かっぽする『魔の森』でもない。

 人を殺せば罪に問われる、法治下ほうちかだ。


「ではしかたない。寸止すんどめで許してやるか」


 足で踏みつける代わりに、ワシは拳を繰り出した。

 インパクトの瞬間に捻りを加える『螺子拳ねじけん』をあえて当てず、アカハナの鼻先で止めた。

 猛烈な風圧がアカハナの顔面を襲い、皮膚が「ぶわわっ」と波打った。

 

「ひっ……?」


 想像以上の風圧だったのだろう、アカハナは目をつむった。

 上げた悲鳴は、女子供のようなか弱いものだった。


「おまえ、運がよかったな。ルルカが止めてくれなければ死んでいたぞ」


「ひ、ひえぇぇ……っ」


 完全に戦意を喪失したのだろう、アカハナは床を這うようにして逃げていった。

 その巨体がギルドから出ていき見えなくなった、その瞬間。


「「「「「「うおおおおおおおー! すげええええー!」」」」」」


 今までに倍するような歓声が、ギルドを揺らした。

 ワシに対する賞賛で、耳が聞こえなくなるぐらいだ。


「騒ぐな騒ぐな、たいしたことではないわい。それよりほれ、エーコ」


 ワシはアカハナが落とした金貨を回収すると、呆然としているエーコに投げ渡した。


金貨(そいつ)は迷惑料として受け取っておいてくれ。なぁに、多少曲がってはいるが価値は変わらん。冒険者(こいつら)に酒を一杯飲ませてやっても釣りはくるだろうさ」


 ワシのひと言に、ギルドはさらなる歓声に包まれた。

殺すとヤバい!

気づけて偉い!


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