「冒険の書百十六:ソーニャの資質と対抗呪文」
~~~ソーニャ視点~~~
「いったいなんの干渉ですの……? 妨害アイテムの持ち込みはルール違反のはずではなくて……?」
「妨害アイテム? ま、そう疑いたくもなるよね。自信満々の魔術が吹き散らされたら。でもざ~んねん。これはれっきとした事実で、れっきとしたあたしの実力。――『対抗呪文』よ」
あたしの答えに、ヘルミナはわけがわからないといった顔をした。
「『対抗呪文』……? 聞いたことのない概念ですが……」
そうね、あたしもそうだった。
ディアナさまに聞くまでは、その存在すら。
なんだけど、マウントを取ってやるためにもそんなことは言わない。
「知らないの? 今から五十年前、人魔決戦時代に編み出された技術よ。相手の呪文を先読みして、詠唱に干渉してぶち壊すの」
「詠唱に干渉するですって……? そんなことできるわけが……」
「疑うなら何か撃ってみなさいよ。なんでも撃ち落として見せるから」
「……ふん、ずいぶんと調子に乗っているわね。いいわ、見てなさい」
あたしの挑発に乗ったヘルミナは、片手を高々と上げた。
「『原始の炎よ、我が腕に集いて敵を滅ぼせ!』」
呪文の詠唱が進むにつれ、赤い輝きが片手に集積していくが……。
「『爆裂火球!』」
「『原始の炎よ、爆ぜて失せろ』」
あたしの『力ある言葉』がそれを妨害、赤い輝きはその場で「ボン!」と弾けた。
「きゃ……っ?」
まさか自分の魔術の構成が阻害され、その場で暴発するなど想像もしていなかったのだろうヘルミナは、情けない声を出しながら尻餅をついた。
「ど、ど、どうして? どういうことですのっ? なんでわたくしの呪文が……っ?」
「言ったでしょ、呪文に干渉するんだって。あんたの『力ある言葉』にあたしが『力ある言葉』をぶつけることで呪文の構成を崩して、魔術として完成しないようにするの」
魔術というのは精霊や四大元素、神や悪魔などにお願いをして、奇跡をこの世にもたらすものだ。
そのためには魔力のこもった『力ある言葉』を、決められた手順や構成で唱えなければならない。この儀式が『呪文詠唱』。
その完成前に『力ある言葉』をぶつけて構成を崩してしまおうというのが『対抗呪文』の基本理念だ。
「り、理屈としてはわかりますけど、そんなことできるわけないでしょうがっ」
「あ~ま、そう思うよね。わかるわかる。実際、言うほど簡単じゃないよ」
まず、他人の呪文に分け入るには早口でなければならない。
短くて数秒、長くても十数秒しかかからない呪文詠唱に分け入るのはものすっっっごく難しい。
さらに、短い時間の中で相手の呪文も特定しなければならない。
特定して、呪文構成のどこに分け入れるかを考えた上で『邪魔するのに最適な言葉』を発するのはハッキリ言って至難の業だよ。
魔術自体も何百何千と種類があるのに……ホントにこんなの考えた人は頭がおかしいというか……。
さすがは勇者パーティにいた伝説の『大魔術師イールギット』さまよね……。
「難しかったけど、あたしは習得した。あなたの魔術はすべて撃ち落とせる自信があるわ」
「す、すべてですって……っ?」
ただの強がりじゃないよ。
姫さまがくれた情報のおかげで、あたしはヘルミナの撃てる魔術をすべて知っているんだ。
全部で三十五。
あとはそれを、ヘルミナの詠唱に合わせて後出しするだけ。
『原始の炎よ~』から始まるのは炎の魔術で、ヘルミナが使えるのは三種類。
次が『我が腕に~』なら『爆裂火球』。『地の底より~』なら『炎の柱』。『大地を穿つ雨となり~』なら『炎の雨』みたいな感じで特定していくと。
要は『対ヘルミナ限定の対抗呪文』ではあるんだけど、今はそれでいい。
あたしにとっては、今日この場で勝つことが大事なんだから。
「あたしはさ、あんたとは違うのよ」
あたしはチラリ、観客席を見上げた。
生徒の家族に混じって、一般のお客さんが入ってる。
その中にはあたしとジーンに投資してくれてる街区のお偉いさんたちの姿がある。
お偉いさんたちの目には、緊張と期待の色がある。
ここであたしがヘルミナに勝てば投資した意味があるし、負ければ意味を失って大損するかもしれない。
自分たちの出したお金の価値が上下する瞬間に立ち会っているからだろう、もうドキドキって顔をしてる。
「お金にも家柄にも恵まれた、あんたみたいな奴とは違うの。だから全部した。勝つためにできることは全部。レベルや歳はあんたのが上でも、強いのはあたし。それは努力と覚悟が違うから」
合宿中に、ディアナさまがあたしを評価してくれたことがある。
――おまえには、他人に無いものがふたつあるな。頭の良さと、勝利のためならあらゆる努力を厭わぬ己への厳しさだ。特に後者は、願っても得られるものではない。生来の素晴らしい資質だ。それを誇りに思い、また狙って磨くとよい。
要は「おまえは頑張り屋だから、今後も頑張っていけよ」ってだけのことなんだけど、あのディアナさまが評価してくれたってことが嬉しかった。
他人にない武器であるとか素晴らしい資質だとか、手放しで褒めてくれたのがとにかく誇らしくて、あたしはその日、ニヤニヤ気持ち悪い顔で寝ていたらしい。
「ウソだと思うならかかってきなさいお嬢さま。ギッタンギッタンにしてあげるから」
あたしはくいくいと手を動かし、ヘルミナを煽った。
怒らせ、得意な魔術を――あたしにとっては読みやすい魔術を――撃たせるために。
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