「冒険の書百九:また、新しい女ですの?」
入れ替え戦の開始前に貴賓席を訪れると、リゼリーナがムスッとした顔をしていた。
ララナとニャーナが盛んに話しかけてフォローしているが、一向に機嫌がよくなる気配がない。
「なんだ、どうしたリゼリーナ。ふてくされて」
ワシが声をかけると、リゼリーナはパアッと笑顔になった。
今までムスッとしていたのがウソのような、満面の笑みだ。
「まあディアナさんっ。ようこそお越しくださいましたっ。ささ、どうぞこちらへっ」
自分の膝をポンポンと叩いているのは、膝へ座れという意味だろうか。
「座るか、猫じゃあるまいし」
ワシは断り、空いていた隣の椅子に腰かけた。
リゼリーナはちょっと残念そうな顔をしていたが、すぐに気を取り直すと。
尻をずらすようにしてワシにピトリとくっつき「これはこれでありですわね♡」といかにもご機嫌な顔になった。
「それにしても、ディアナさんが自ら会いにきてくださるなんて、無理をした甲斐がありましたわっ」
「無理をしたって……おまえまさかまた……?」
Fクラスの合宿に来てくれた時のように、無理して公務をこなしたのだろうか。
ワシの疑問に、ララナ・ニャーナが呆れた様子で答えた。
「姫さま、徹夜、み、三日目」
「呆れたにゃ、本気で命を燃やし尽くす勢いだったのにゃ」
言われてみれば、リゼリーナの目の下には隈が浮かんでいる。
化粧で隠そうとしても隠せていないあたり、相当疲労が溜まっているのだろう。
「なぜそこまでして……と聞くのは無粋かの」
「もちろん、ディアナさんの活躍をこの目で見るためですわっ」
リゼリーナはぐぐうっとばかりに拳を握る。
「青空の下で跳んで蹴って殴って! 躍動するディアナさんの活躍がこの目で見られるのなら! 徹夜の一週間の二週間、なんてことありませんわ!」
「やめとけ、さすがに死ぬぞ」
最近気づいたことだが、こいつのワシに対する執着心はルルカ並みだ。
王都にいるうちは何かと理由をつけて会いにくるだろうし、下手したら他国にいたとしても外遊とか無理やり理由をつけて会いにくるかもしれん。
そのたびに犠牲になるのはララナ・ニャーナの胃と、本人の健康。
「ワシからも会いに行ってやるから、あまり無理はするな。本気で体に障るぞ」
「まあ、わたくしの体を心配してくださるのですね! 嬉しいですわ!」
胸の前で手を合わせて喜ぶリゼリーナ。
「頑張った甲斐がありました! うふふふふ……♡」
というセリフからは、反省の様子が微塵も感じられない。
「ハア……それで? どうしてさきほどはあんなにムスッとしておったのだ?」
ワシはため息をつきつき、リゼリーナに聞いた。
「それなんですけどね、聞いてくださいよディアナさん、ひどいんですのよっ」
よほど腹に立つがことがあったのだろう、リゼリーナは怒涛の如く喋り出した。
「つい先ほどまでですね! ここにマルダー先生がいたのですよ! Aクラスの担任の!」
「ああ、あの糸目のムカつく教師な」
「それです! いけ好かない感じの人なので無視しようかと思ったんですが、今日はわたくし、王家の者として勇者学院の運営状況の視察に来ているのです! 元生徒だった手前、元担任をまるっきり無視するわけにはいかなくて!」
「向こうもそれを知って、長話をしてきたと?」
「長話程度ならいいんですけどね……!」
今思い出しても腹が立つとでもいうかのように、リゼリーナが顔を赤くして怒り出す。
「あの男、気安くわたくしの肩に触れて! 『あなたの方から会いに来てくれるとは嬉しいですね。それも忙しい公務の合間を縫ってまで……わたしに会えなくて、寂しかったのですか?』とか言って! さもわたくしが自分に好意を持っているみたいな言い方をするんですのよ! 信じられます!? わたくしの想いはひとつだというのに!」
「いや、うむ……」
「しかもしかも! 『大丈夫ですよ。わたしとあなたが育てあげたAクラスは無敵ですから。他のクラスなど圧倒し、盤石の一位を取ってみせますから。その後はふたりでお祝いしましょう』とか言って! デートの誘いまでしてくるんですのよ!? 信じられます!? わたくしの想いはひとつだというのに!」
「うむまあ、大変だのう……」
「ああもう思い出すだけで吐き気がしますわ! ディアナさん成分を補給して回復させてもらわないと!」
言うなり、リゼリーナはワシの体を抱きしめた。
さらにワシの頭に顔を埋めて、スウハアと吸い始めた。
「本当に猫にでもなった気分だのう……」
人に愛されながら生きていく愛玩動物の宿命と苦悩を感じていると……。
「あ、あの~……そろそろよろしいでしょうか?」
恐る恐る、というようにセイラが話しかけてきた。
突然やって来たわけではない。
セイラは最初からいたのだが、リゼリーナの目に止まらなかっただけなのだ。
「うむ、いいぞセイラ。リゼリーナ、おまえも話を聞いてやってくれるか?」
ワシの頭から顔を離したリゼリーナは、ギロリ異様に鋭い目でセイラを見つめた。
「……また新しい女ですの?」
リゼリーナの口から出た鋭すぎる言葉に、セイラは「ひえっ……?」と涙目になって震えた。
「Fクラスの担任だ。元Aクラスのおまえに聞きたいことがあるのだそうだ」
ワシがとりなすと、リゼリーナはいかにもガッカリ、というような表情になった。
「なんだ、わたくしに会いにきてくださったわけではないんですのね」
「いやいや、そんなことはないぞ。おまえの顔を見にきたのは間違いない。ただ、それだけでもないということだ」
「……別にいいですけど」
ちょっと拗ねたリゼリーナはワシの腕をつねったが、とりあえず話は聞いてくれるようだ。
「それで、聞きたいことというのはなんですの?」
「それは……」
一般市民にとっては雲の上の存在である王女殿下を目の前にしているという緊張感、そしてその王女殿下が拗ねているという恐怖。
二重の意味で怯えていたセイラだが、ゴクリと唾を飲みこむと覚悟を決めたように聞いた。
「Aクラスのとるだろう戦術と、子どもたちの特徴です」
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