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「冒険の書百七:セイラの怒り」

「おや、なんですか品のない。あなたたちはそれでもえある勇者学院の生徒ですか?」


 いかにもお高くとまった、いけ好かない声が辺りに響いた。


 振り返ってみると、そこにいたのは襟もとに『A』のバッジをつけた生徒たちが数十人。


 先頭に立っているのは男の教師だ。

 歳は三十ぐらいだろうか、細身に銀髪の優男。

 糸のように細い目を笑みの形に歪めると、いかにも嫌味っぽい声を出した。


「おや、品がないと思えばFクラスのゴミどもですが。それではしょうがないですね。あなたたちは頭も体も足りていない最底辺の存在。獣と同じレベルの知能しか持たず、出来ることといえば猿の如くわめくか負け犬の如く遠吠えを上げるのみ……」


 ペラペラペラペラ、よく回る舌でもってワシらを小馬鹿にしてくる。

 

「……おい、こいつ殺していいか?」


 腹を立てたワシが、拳をポキポキ鳴らしながら隣にいたセイラに聞くと。


「マルダー先生! その発言、撤回してください!」


「……え、セイラ?」


「子どもたちに対する侮辱、絶対許しませんよ!」


 意外なことに、ワシよりもセイラのほうが怒っている。


 何ごとに対しても控え目で、合宿でもひとりで帰りたそうにしていた教師が……なぜ? 

 ワシの疑問は、すぐに晴れた。


「たしかにこの子たちはFクラスですよ!? いい成績だってとったことない! でも、それは今までは(・ ・ ・ ・)の話です!」


 上位クラスの教師に歯向かうのが怖いのだろうセイラは膝を震わせながら、しかし逃げずに苦情を訴え続ける。


「この子たちは生まれ変わりました! 以前までとは全然違う! ディアナさま曰く、『鋼の芯が通った』状態です! 決して先生の言うようなゴミじゃない! 健気で! 誇り高くて! 尊敬に値する子どもたちなんです!」


 感情がたかぶりすぎたのだろう、上手く喋れなくなったセイラは、ふんふんと鼻息のみを荒くしている。

 見れば、その目にはうっすら涙が浮かんでいる。


「……ふん、底辺クラスの底辺教師にふさわしい、品のない有り様ですね」


 驚きから立ち直ったマルダーは忌々し気に吐き捨てると、Aクラスの生徒たちを連れて去って行く。


「ま、本番前の今ならなんとでも言えます。すべてが終わって無様ぶざまさらした後に、同じことが言えるか楽しみですね」


 彼らが去った後に残されたのは、虚脱状態のセイラ。


「セイラちゃん、やるじゃん!」


 自分たちのために怒ってくれたセイラの腕を、ジーンがバシリと叩いて激励した。


「マルダーの奴にバシッと言ってやったな! カッコよかったぜ!」


 ジーンと同じ思いなのだろう、他の子どもたちも興奮した様子でセイラを囲んでいる。

 

 だが、中にはまだ信じられないという子どももいて……。


「でもセイラちゃん、どうしたの急に? そんなキャラじゃなかったじゃん」 


「ええ、ええ。それはまったくそのとおりです。わたしが一番そう思ってます。まったく柄じゃないというか、いきなりなに言ってんだっていうか……」


 まだ興奮状態のままなのだろう、顔を真っ赤にしたセイラが感情を吐露していく。


「正直、マルダー先生の言うとおりなんです。わたし、底辺クラスの教師なんて嫌だなって、なんの罰ゲームなのよって思ってたんです。だから授業にもあんまり熱が入らなくて……ホントに最低な話なんですけど……」


 手をわちゃわちゃ動かして、荒く息を吐きながら、セイラは子どもたちの前でまっすぐ本音をさらす。

 

「でも、この間の合宿でわかったんです。底辺なのはわたしだけだったんです。わたしはね、みなさんのことを見下して、手を抜く口実にしてたゴミだったんです。でも、みなさんは違ったんです。強くて、賢くて、頑張ってて、まっすぐキラキラ、上だけを見てて……。わたし、自分が恥ずかしくなりました。ああ、なんて自分はダメなんだろうって、なんだってこんな奴が生きてるんだろうって、落ち込みました。そこにマルダー先生があんなこと言うから、一瞬で頭に血が上ってしまって……ああどうしましょう。Aクラスの先生にあんな暴言吐いて……あとで学院長に叱られますかね……。げ、減給とかで済むでしょうか……? 解雇はさすがにキツイんですが……この前服とか買っちゃいましたし……」


 ようやく冷静さを取り戻した(?)セイラがいつもの弱気な調子に戻るのを、子どもたちはドッと笑った。


 それは決して、嫌な笑いではなかった。

 仲間がバカをするのを笑うような、どこか親愛の情のこもった笑いだった。


 そうだ、この瞬間。

 セイラは初めてFクラスの一員として認められたのだ。

 そう思えるような、暖かなものだった。


 やがて、子どもたちの中からソーニャが歩み出た。

 口の端に笑みを浮かべると、セイラの肩をポンと叩いた。


「大丈夫だよ。もし何かあったらあたしたちが弁護してあげるから。セイラちゃんはいい先生だからって、Aクラスの(・ ・ ・ ・ ・)あたしたち( ・ ・ ・ ・ ・)が保証しますって」


「お、ソーニャいいこと言った!」


「だな、勝ってセイラちゃんをAクラスの担任にしてやろう! そしたら学院長もなんも言えねえもんな!」


 ソーニャのひと言に、子どもたちはやんややんやの大喝采。

 セイラは感動して大号泣。

 入れ替え戦を前にして、ワシらの士気は絶好調となった。

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