「冒険の書百三:合宿②」
入れ替え戦の実技は安全面重視。
子どもたちの年齢と身体を考慮して、頭に兜、体操着の上から鎧を着込んで行われる。
また魔術師学院の精鋭たちを呼び寄せて『衝撃緩和』の結界を張るので、『多少は』当たっても平気な仕組みになっている。
もちろん本気で当たったら怪我はするし、当たり所が悪ければ骨折や内臓破裂ぐらいはするだろう。
救急体制が整っていなければ一大事になるところだが……。
「ま、今回はルルカがいるからな。多少の傷ぐらいは平気か」
「だ、だからといってあんまり傷を負って欲しくはないけどね?」
たとえ神聖術で治せるとしても、自分より小さい子どもたちが傷つくのは嫌なのだろう、ルルカは冷や汗をかいている。
「つまりは、少々厳しめにいっても平気だと」
「も、ものには限度があるけどね? みんながディアナちゃんみたいな武人じゃないからね?」
なぜだろう、ルルカはつんのめるように言葉を重ねる。
まるで、ブレーキの壊れたトロッコを制御しようとしているかのように。
「なんといっても共通の目的があるのがいいよな。ひとりは皆のために、皆はひとりのために、力の限りを尽くしてくれるだろう」
「みんな聞いたー!? 無理そうだったら早めに言わないと、ギリギリのギリギリまで絞られるからねー!?」
真っ青な顔になったルルカが注意喚起みたいなのを始める中、合宿初日の練習――ワシによる実技指導が始まった。
+ + +
子どもたちへの実技指導は、四段階に分けて行うこととした。
一、それぞれが参加する競技の分解(競技の目的と意図、加点減点のポイントへの理解を深める)。
二、ワシによるお手本(肉体を使った運動なら、たいていのものはすぐにコツが掴めるので)。
三、子どもたち自身による実技。
四、反省と指導。
三と四を何度も何度も繰り返し、つまずくようなら、時に一や二に立ち返る。
この流れを基本とすることにした。
「よいか、皆の者。ワシらが歩むのは無人の荒野、しかしそれを踏み固めてこそ王道が築けるのだ。楽して行ける近道などないと心得よ」
師匠であるドラゴ・アルファの教えに従い、ひたすら地道な反復練習をこなさせていると、ほどなくして何人かが弱音を吐き始めた。
「ウソみたいにキツいんだけど……」
「もうダメだああ~、休ませてえ~」
「無理無理、無理で~す」
皆、次々とその場に座り込んでいく。
疲労と上手くいかないことへの苛立ちが積み重なり、やけっぱちになっている子どももいる。
「わわ、みんな座り込んでる」
「大丈夫かな、この合宿……」
「わたし、ちょっと不安になってきた」
よくない雰囲気が上手くやれている子どもにまで伝わり、不安を募らせていく。
このまま放っておけば、全員脱落してしまいそうな勢いだ。
「むむむ、そんなに厳しくしたつもりはなかったのだが……」
戸惑うワシに、ルルカは言う。
「ディアナちゃんは特別製なんだよ。普通の人はもっと脆いし、そこまでストイックにはなれないの。わたしだって、けっこう無理してるんだからね?」
「まあ、それはそうかもしれんが……」
何せここまでの人生が挫折続きのルルカだ。
言葉の説得力が違う。
相手は子どもだ、無茶をさせるな。
ここまで徹底した反復練習をしたことなどないだろうから、体力的にも心理的にも耐えられないのが当たり前だろう。
だからもっと、鞭を緩めて。
与える飴の数を多くするのだ。
わかる、わかる、その理屈は大いにわかる。
しかし……しかしだ。
「しかし、Fクラスから上にいくにはどうしたって根性を見せねばならんだろう? 今現在Fクラスにいるということは、すなわち学院の中で最も劣っているということなのだから。言っておくが、合宿は参加すればそれでいいというような『万能の薬』ではないのだぞ?」
「そ、それは……」
心の急所に刺さったのだろう、ワシの言葉にルルカは「うっ」と呻いた。
「一朝一夕で上位クラスを倒せる実力がつくわけではない。つまり『入れ替え戦』を勝ち抜くためには、どこかで無理をしなければならない局面がくるはずだ。それにこの者たちは、曲がりなりにも『勇者』を目指しているのだろう? 国難に際しては民を護り、敵を倒す希望の星となる。そんな存在が『無理だ疲れた』などという言葉を容易く口にして、諦めてもいいのか?」
「ううう……っ?」
呻いたのはルルカだが、子どもたちにも思うところはあったのだろう。
皆が膝に手をつき、決死の形相で立ち上がってくる。
「そうだ、俺は勇者になるんだ。母さんに約束したんだ」
「そうよ、こんなとこで諦めてられないわ。そんなことしたら、あいつに顔向けできないもの」
「ありがとうディアナさま。おかげで目が覚めたよ」
「ちょ、ちょっと休んでただけだし。勇者はこの程度じゃへこたれないし」
もともとが、国を護る『勇者』になろうという志の高い子どもたちだ。
ちょっと発破をかけただけで闘志を燃やし、反復練習を再開していく。
雨降って地固まるの例えのとおり、一度挫けたのも良かったのだろう、幼い横顔にはたしかな決意が垣間見える。
「アレスやルベリアの遺したものが、確実に根付いておるという証拠だな。あれから五十年たつが、どうやらこの王国の未来は明るいようだ」
ワシがほっこりした気持ちでつぶやいていると……。
「さすがね、ディアナさま」
魔術関係の実技指導を行っていたソーニャが戻ってきた(そっち関係は門外漢なので、一番得意なソーニャに任せていた)。
「みんなのやる気を盛り上げてくれてありがとう。そういう心の支えになる的なこと、あたしにはできないから助かるわ」
「そうか? おまえほどの指導力があればできると思うが……」
「無理よ。そんなの、自分が一番よくわかってる」
そう言うと、ソーニャはくすぐったそうに笑った。
十歳児の割には、ソーニャの指導者ぶりは板に付いている。
ジーンとふたりでFクラスの代表を張っていたのも納得だ。
だが、本人としては納得いかないのだろう、「全然ダメよ」とかぶりを振った。
「……あたしとジーンはね、Fクラスになってから二年経つんだ」
ソーニャがワシの肩に肩をぶつけてきた。
子どもらしいジャレつきだろうと思っていると、今までに見たことのない大人びた顔で語り出した。
「入学から今まで、一度も上に上がれたことがないの。みんなも同じでさ、あたしたちより長くFクラスにい続ける人もたくさんいるの。一度負けちゃうとなかなか這い上がれないシステムだってのもあるんだけど、骨の髄まで負け癖が染みついちゃってるの。入れ替え戦で負けてもたいして悔しくならないし、『ああ、また負けたか』って思うぐらい」
ソーニャ、そしてジーンは優秀な生徒だ。
正直、もっと上のクラスにいてもおかしくない。
だが、それを邪魔するのが勇者学院の評価システムだ。
特別抜きんでた実力があれば個人昇格もできるのだが、そうでない限りは『クラスの一員』として全体で評価されがち。
つまり最初に弱いとレッテルを貼られた者は弱いまま、Fクラスの者はFクラスのまま終わってしまうことが多いのだという。
実際、それが原因で学院を辞めてしまう者も多いのだとか。
一方で、学院への入学にはお金がかかる。
貧民では到底無理、平民でもかなりキツい。
だからというか、ジーンとソーニャの入学に際しては、双子の産まれた街区の有力者や平民たちからの支援があったのだとか。
卒業後の双子の活躍でお釣りがくると考えた者たちが、こぞって出資をしているのだとか。
年端もいかない子どもにとってはただの重りでしかないだろうそれらの事々を一切合切ひっくるめた上で――しかしソーニャはニヤリと不敵に笑う。
「でも、そんなの嫌だよね。カッコ悪いし、上のクラスの連中にナメられたまま終わるとか、考えただけでもムカつくし。何よりあたしがあたしを許せない。ディアナさまが突然あたしたちの前に現れたのにはさ、そういう意味もあると思うの。女神さまがあたしたちに与えてくれた絶好の機会というか。ねえ……ディアナさまたちってさ、いつまでも勇者学院にいてくれるわけじゃないのよね?」
「……どうしてそう思う?」
内心の驚きを抑え込みながら、ワシは訊ねた。
「最初から変だなとは思ってたけど、今回の練習でハッキリわかった。ディアナさまはもちろんだけど、ルルカもチェルチもレベル高すぎだし、経験値も段違い。とてもじゃないけど学院の教育の枠に納まる人たちじゃないもん。どこか遠い戦場とかダンジョンとかで、想像もできない強敵と戦う人たちだもん」
たしかにソーニャの言うとおりだ。
ワシらは全員高レベルの冒険者で、ベルキアやパラサーティアで紛れもない実績を上げている。
口から出る言葉も、幾度もの修羅場をくぐり抜けてきた本物ばかり。
そんな奴らが自分たちと一緒に机を並べることに、違和感を感じない子どもなどいるわけもない。
「隠してもしかたないか。ワシはなあ……」
諦めたワシは、ここへ至る経緯を話した。
ベルキアからパラサーティアへの旅路。
ラーズとの戦いで『精髄』を失ったこと。
今はその回復を計っている最中だということまで。
「ディアナさまが言ったんでなければ、笑い飛ばしてたかも。すごいね、ホントはもっと強いんだ、ディアナさまって」
目を丸くして驚くソーニャ。
「隠していて悪かったな」
「そうね、ちょっとムカついたかも」
そうは言いつつ、ソーニャに怒ったような気配はない。
むしろこの状況を楽しんでいるようなそぶりすらある。
「許してはくれぬか?」
「そうねー、どうしよっかなー……」
ソーニャはいたずらっぽい笑みを浮かべると……。
「じゃあこうしようか。ディアナさまたちがいなくなっても大丈夫なように、みんなを鍛えてちょうだい」
「……ワシがいなくなっても?」
「うん。今回ディアナさまたちのパワーで上位クラスにいけたとしても、一回こっきりじゃ意味ないじゃない。ディアナさまたちがいなくなったらすぐFクラスってんじゃ、むなしいだけじゃない」
「成長する仕組みや正しい練習法などを伝えておいてくれ……ということでいいか?」
「うん、あとはそれと~……ご褒美かな」
ソーニャは子どもたちの方に振り向くと、大声を張り上げた。
「わわ、ホント!? ねえみんな、聞いて聞いて! 入れ替え戦で上位昇格したら、ディアナさまが食事をおごってくれるんだって!」
「ん? んん?」
「しかも王都一人気で値段もお高い『グルメの兎』で食べ放題だって!」
「ちょ、ちょっと待て……た、たたた食べ放題の上に王都で一番お高い店だと!?」
ワシの制止の声は、次の瞬間に発生した子どもたちの爆発的な盛り上がりでかき消された。
「マジかマジか! あんなお高い店に行けるのか!」
「たぶんうちの両親も行ったことないよ!」
「どうしよ……あたし服とか持ってないっ」
「せ、制服で行けるかな? 怒られたりしない?」
「うおおおおディアナさま最高うぅぅぅ~!」
「ディアナさま!」
「ディアナさま!」
「ディアナさま!」
子どもたちは盛んに「ディアナさまコール」を上げており、とてもじゃないが止められる雰囲気ではない。
「ごめんね、ついついノリで言っちゃった♡」
「ノリで約束するような内容か? あれが」
「ごめ~んね♡」
自らの頭をコツンと叩き、舌をペロリと出すソーニャに反省の色はまったくないが……。
「まあしかたないか。子どもたちに無茶を強いる以上、こちらもそれなりのことはせねば釣り合いがとれまい。しかし王都一の店……金貨百枚もあれば平気か? 最悪、借金すればなんとかなるか?」
財布の中身を思い出しながら、ワシは顔を青くした。
そんなワシがおかしかったのだろう、ソーニャはいつまでも笑っていた。
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