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「始まりの書:転生先はまさかの」

 人魔決戦じんまけっせん――それは人類と魔族の数百年に渡る争いに決着をつけるべく行われた、総力戦の名だ。


 舞台となったのは魔王城。

 一進一退の攻防の末、人類連合軍より選抜されたアレスたち勇者パーティが奇襲を敢行かんこう城内最奥(じょうないさいおう)への突入を成功させた。

 これに対し魔王軍は、決死の防衛線を引いて迎え撃った。

 

 当初は勢いのある勇者パーティ側が優勢に戦いを進めていたが、それは徐々に逆転していった。

 地の利はあくまで魔王軍側にあり、時間の経過と共に魔王軍の親衛隊が集まってきたからだ。


 やがて、勇者パーティの顔に明らかな疲れの色が見え始めた頃――


「ワシを残して先に行け……っ!」


 ワシは決意すると、魔王の間へと続く階段に背を向けた。

 アレスたちを送り出すと、ひとりでその場に残った。


「ガルム……そんな!」


「あんたひとりで勝てるわけが……!」


「みんなで戦いましょう! そうすれば……!」


 口々に叫ぶ皆に、ワシはニヤリとんで見せた。


「勘違いするな。後で追いつくから先に行ってろという意味だ」


 それが叶わない願いだということはわかっていた。

 ワシ個人がどれだけの武勇を誇ろうと、この物量差を覆すことはできまい。


 ワシは死ぬ、ここで死ぬ。

 だが、それでいいのだ。


 アレスたちと魔王との直接対決。

 人類にとっては黄金以上の価値を持つだろうその時間を稼ぎ出すためならば、ここで死んでも悔いはない。


「さあーかかって来い魔族ども! このワシが! この拳が怖くないのならばな! わあーっはっはっは!」


 腹をくくると、ワシは群がる親衛隊を迎え撃った。 


 そんじょそこらの雑魚ではない。

 魔王を護る親衛隊だけに、ひとりで兵士百人分の活躍ができる猛者どもだ。

 そんな猛者どもをひとり倒し、ふたり倒し……その数が百を越えたところで『剣魔グリムザール』との一騎打ちになった。

 接近戦最強と噂される魔族との死闘の末、これを倒しはしたものの……。


「……さすがに、限界か」


 手足に力が入らない、視界が霞む。

 出血は止まらず、身体各所の骨が断裂。腹には大きな空洞が穿うがたれている。

 その頑健さから『三つの命を持つ』と形容されるドワーフですら生きのびること叶わぬ、これは明らかな致命傷だ。


「戦いは……どうなった?」


 床に大の字になり、天井を見上げた。

 あれほど激しかった戦闘音も、今はもう聞こえてこない。


「……ま、あのアレスが敗れるわけもなし、か」


 その圧倒的な強さから『人類の最大戦力』とすら呼ばれた男だ。

 魔王もさぞや面食らったことだろう、こんな奴を相手にするべきではなかったと後悔すらしているかもしれない。


「ふん、いい気味だ」


口惜くちおしや……」


 悔しうめいたのはワシではない、グリムザールだ。

 紫色の肌の巨人が、壁にもたれながら嘆いている。


「信念を曲げてなお、貴様に勝てんとは……」


 自慢の大剣『黒吠剣(ブラックハウル)』が粉々に砕けている。

 二本あった角が共に折れ、胸には大きな穴が開いている。

 口元からはどす黒い血が流れ、今にも息絶えそうだ。


「口惜しや……口惜しや……」


 魔王を護るため、百を超える魔物を率いてワシひとりを襲う。

 軍人としては当たり前の行動だが、武人であるグリムザールにとっては耐えがたい屈辱だったはずだ。

 そのうえ部下は全滅、魔王を護ることもできずにワシと相討ちでは、情けないにもほどがあるというわけだろうが……。


「しかたなかろう。これもまた、いくさの習いだ」


 諦らめの混じった言葉づかいが気にさわったのだろうか、グリムザールはキッとばかりにワシをにらみつけてきた。


「……スッキリした顔をしているが、貴様は悔しくないのか?」


「ワシが? 何を悔いると?」


「勇者のために犠牲となり、ただのこまとして死ぬ運命をだ」


「犠牲? 駒? ふん、れ言を抜かすな」


 煽るようなグリムザールの言葉を、ワシは鼻で笑った。


「ワシはなあ――」


 戦災孤児として生まれた。 

 よき師匠に出会った。弟子として暮らしながら『ドラゴ砕術さいじゅつ』を修めた。

 人類連合軍に所属した後は転戦につぐ転戦、激闘につぐ激闘。

 人生のすべてを、戦いと魔王討伐のためだけに捧げてきた――だからこそ、言えるのよ。


「悔いも迷いも、あるものか。何度やり直したとしても、ワシはきっと同じように生きて、同じように死ぬ」


「我は嫌だ。どうせ死ぬなら、正々堂々と戦って死にたい」


「……おまえさん、なかなかにわがままだのう」


 この後に及んで子供のように駄々をこねるグリムザールに呆れていると……。


「ガルムよ、ひとつ約束をしないか?」


 グリムザールがポツリと言った。


「互いに転生し、新たな生を得た後また相まみえ、今度こそ一対一で決着をつける。そういう約束だ」


「ふん、幼子おさなごに読み聞かせるおとぎ話の類か?」

 

 今わのきわの冗談にしても幼稚な。

 笑うワシに向かって、しかしグリムザールは真剣な顔で手を伸ばしてきた。

 人の頭など容易く握り潰してしまうだろう巨大な掌――そこに虹色の光が輝いている。


「我が一族に伝わる古の秘術だ。受け入れるなら貴様は、次の生を得ることができる」


「……どうやら本気のようだな」


 仮に嘘だったとしても、死出しでの旅路の土産話みやげばなしぐらいにはなるだろう。


「よかろう、約束するぞグリムザール」


「ならばまた、次の生で」


「ああ、互いに心ゆくまで殺し合おうや」


 ワシは体から力を抜くと、グリムザールの放つ光を受け入れた。


「数十年後だ。数十年後のある日、貴様は記憶を取り戻す」


 急速に遠ざかる意識の中、奴の声が聞こえてくる。

 

「ただし……は……ぬからな。……であったとしても……なよ」


 言葉の後半がボンヤリとして聞きとれないが……まあよかろう。

 ワシはただ、新たな体で思う存分暴れ回るだけ――



 + + +



 正確にどれほどの時がたったのかはわからんが、ワシは転生し記憶を取り戻した。

 取り戻しは……したのだが……。


「これはない、これはないだろうグリムザールよっ」


 昼なお暗い、森の中。

 小川に映る自らの姿に、ワシは絶望した。


 八歳ぐらいの小娘だ。

 ちんまい手足、平らな胸と尻。銀髪の間からは笹穂ささほのように尖った耳が覗いている。

 大きすぎる水色のローブの袖から、ピンクがかった指先がちょこんと覗いている。

 顔の造りは驚くほどに整っている。今はまだあどけない子供だが、将来的にはきっと月の女神のような美女になることだろう……いや、この際それはどうでもよい。

 問題なのは……。


「エルフではないかああー!」


 ワシは絶叫した。


 転生先が八歳幼女なのはまだ許せる。

 しかし、エルフとなると話は別だ。


「ということはあれか⁉ ワシの鍛え上げられた上腕二頭筋や苦味走ったいい男ぶりは戻ってこないのか!? おぉのぉれぇグリムザールうぅっ! こんなモヤシのように脆弱ぜいじゃくな肉体を与えることを見越して『今度こそ決着をつけよう(キリッ)』とか抜かしおったのかあの男はあぁーっ!」


 エルフは全種族の中で最も細く、最も非力だ。

 どれだけ鍛えたとしても、たかが知れている。


「ああもう、声まで可愛らしいしっ。あー、あー。せめてもうちょい、迫力のある声は出んものかのう~……」


 しょんぼりしながら発声練習をしていると、首に何かがぶら下がっているのに気が付いた。

 手にとってみると、それは冒険者ギルドの発行したギルドカードだ。


 名前:ディアナ・ステラ 種族:エルフ

 ジョブ:魔術師ウィザード レベル:三 冒険者クラス:初心者ビギナー 


「エルフ特有の潤沢じゅんたくな魔力を活かして魔術師になったばかりの駆け出しといったところか。単独ソロで冒険をするジョブとも思えんが、いったいどうしてこんなところに……んんん~?」


 カードを眺めていると、頭上に大きな影が差した。

 振り返ってみると、そこにいたのは……。

  

「ほう、オルグか」


 オルグはオークの上位種だ。

 肌はくすんだ緑色で、岩のような巨体を誇る。

 再生能力があり、魔法にも強い。

 エルフを好物とする、エルフの天敵だ。


「なるほどな。こいつのせいで仲間とはぐれたのか」


 よく見ると、ディアナのローブは泥だらけ。

 体のあちこちに擦り傷があり、頭にはデカいたんこぶもある。 

 背負い袋や水筒などの持ち物がそこら中に散らばっている。

 長杖スタッフにいたってはオルグに踏まれ、真っ二つに折れてしまっている。


「こんな広大な森の中でオルグに遭遇し、逃げてる最中に頭を打って、その拍子にワシが目覚めたと? よくもまあ運の悪い娘だのう〜。だが、まあ……」


 ワシはニヤリ、口もとを緩ませた。


運の悪さ(・ ・ ・ ・)じゃ、こいつには負けるか」


 ある日森の中、エルフ狩りを楽しんでいたオルグの前に現れたのは、なんとドワーフの武人でした──これほど愉快な筋書きは、絵物語でも描けやしまい。


「にしても、殺し合いは人魔決戦以来だな。殴る、蹴る、壊す。あの快感をまた味わえるのか。ウキウキするのう」


「ゴワァ……ッ?」


 ニヤニヤしているワシに違和感を感じたのだろう、オルグがじりじりと後ろへ下がり始めた。

 

「ほう、野生の勘か?」 


 魔法を制御するための長杖を折られ、しかも単独。

 普通に考えたら、この娘に勝ち目はないはずだ。


 だが、オルグは気づいている。

 この娘の中に誰かがいる(・ ・ ・ ・ ・)ことを。


「知能が低い分、勘が働くか。ま、もう手遅れだがな」


 オルグの恐れはさて置き、ワシは準備運動を始めた。


「おいっちにーさんしっ」

 

 まずは膝の屈伸から。


「にいにーさんしっ」

 

 左右交互に体を倒し、脇腹を伸ばす。


「さんにーさんしっ」


 軽くジャンプをし、全身をリズミカルに動かしていく。


「ふむ」


 筋肉は少ないが、体が柔らかいおかげで可動域がやたらと広いな。

 柔らかな体は多様な技を生み出す土台だ、悪くない。


「ほう」


 ドワーフのような『気』の力はなく、代わりにあるのは『魔力』のみか。

 だが、恐ろしく豊富で濃密。『気の代用』には十分だ。


「……ならば、全然やれるな」


「ゴワアアアーッ!」


 追い詰められたと感じたのだろう、オルグが捨て身の攻撃を仕掛けて来た。

 酒樽ほどもあるだろうデカい拳を振り下ろし、地面を深く陥没させた――が、そこにワシはいなかった。


「ゴワ……ッ?」

 

 キョロキョロと辺りを見渡すオルグ――その背後にワシはいた。

 魔力を気に変換することで身体機能を高め、瞬時に回り込んだのだ。


「逃げなかったことを――」


 深く息を吸い込むと、身体の中心である臍下丹田せいかたんでんに蓄えた。


「――まずは褒めてやろう」


 膝から力を抜くと、重力にともない腰が「ストン」と落ちた。

 重力を逃がさぬように「ダン!」と地面を強く踏みしめると、足の裏から「ドギュン!」とばかりに反力はんりょくが返ってきた。

 それをそのまま前へと進む力――推力すいりょくへと転化させた。


「そらご褒美だっ。喰らえ――螺子拳ねじけん!」


 拳を気で覆うと、推力と共にまっすぐ突き出した。

 オルグの腰に当たる瞬間「ぐりんっ!」と捻り、衝撃を一点に集中させた。


 ――ズギュルルウゥゥッッ!


 拳の威力は凄まじいものになった。

 オルグは堪らず、時計回りに回転しながらぶっ飛んだ。

 その勢いは激しく、ぶっとい木を五本もへし折りようやく止まった。


「おおー、飛んだ飛んだあーっ!」


 全盛期には程遠ほどとおいものの、まあまあの威力だ。


「ひ弱なエルフと侮っていたが、この体は掘り出し物だな! 見ておれよグリムザール! おまえにエルフの小娘に倒される屈辱を味わわせてやる! わっはっはっはっ! わあーはっはっはっ! わあ~……んんん?」


 腰に手を当てながら笑っていると――遠くから悲鳴のような声が聞こえてきた。


「ふむ……若い娘が何者かに追われているような……?」

 

 耳を澄ましてみると、その声はたしかにこう言っていた。


 ――助けてえぇぇぇー! ディアナちゃああぁぁぁーん!


「ワシに助けを求めている。さらに『ちゃん』付け。こんな森の中でまさか同名の人違いということはあるまい。つまり……ワシの仲間か?」


 ならば助けぬわけにはいくまい。

 まだ見ぬ仲間のため、ワシは走り出した。

 第二の人生のしょぱなから、全速力で。

新連載スタート!

エルフの幼女に転生したドワーフのおっさんの活躍と困惑(?)をお楽しみに!


★評価をつけてくださるとありがたし!

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