六話 乗っ取りかな
僕は椅子に座り、自分の出した茶を飲みながら、証文を書いて、館主様を待っているよ。受付前のざわついていた広間も落ち着いたね。
館内の壁の、柱の濃い茶色と、白の漆喰の組合せは、明るく、美しいよね。
『お待たせ致しました、館主のパレスでございます。』と人の良さそうな老人が現われる。
『セルロイ・ウォーター・ファンタンの嫡男、グレン・ウォーター・ファンタンと申します。此の度は、何やら厄介事が起きましたようで、この様な証文を作りました。そこの雇い人にご確認頂き、その雇い人の申す通りにお支払いを致したいと思いますが、如何でしょうか?』
僕は、椅子から立ち上がり、証文を見せたよ。
館主はその証文を読み終えるや、僕の顔を見て、慌てて館主を呼んで来た雇い人と、離れた所に移動し、僕に聞こえぬ声で話し出す。
館主と雇い人の人との話しは長引きそうだね。
僕は再び椅子に座り、卓にアメリアの街で買った、麺を挟んだ堅いパンと汁を出す。それらを食べ始める。
・・・やはり堅いな、しょっぱいな、もっと柔らかいパンが食べたいな・・・
と、給仕の方が茶を出して下さる。
『ありがとう御座います。ところで、こちらでは柔らかいパン、薄い肉、それに野菜の盛り合わせなど、五歳の僕でも食べられる料理は有りませぬか?汁物も欲しいのですが・・・勿論、お代はお支払い致しますので・・・』と、給仕の方を見る。
『畏まりました。』と、給仕の方がいそいそと離れていく。
・・・あの方は、何か楽しい事でもおありかな・・・
僕は給仕の方が持って来てくれた料理を食べている。
・・・うん、旨いな、やはり一流の宿なんだね、でもね・・・
・・・どうしたのかな?随分と時間が掛かっているよ・・・そろそろ昼寝の時間なのに、困ったな・・・
食事も食べ終わって、パレス様を待っている僕に、パレス様が傍らに来たよ。。僕はパレス様に席を薦め、話を始めるよ。
『パレス様、如何程、お支払いすれば宜しゅう御座いましょうか?』と、僕が聞く。
『・・・それが代金は、とうに、頂いておると、別の雇い人が申しておりますので・・・』と、パレス様が苦しそうに答えたよ。
『・・・となりますと、あの者が嘘を吐いたと。あの者が僕より代金を騙し盗ろうとした、と云う事でよろしいのですね?』
『ええ、・・・そうなりますが・・』とパレス様は困ったように言われたよ。
『メアリー、その者が逃げないように、これで縛っておいてくれるかな。』とメアリーに黒い綱を渡したよ。
メアリーを動かし、険のある男を、きつく縛ったよ。
その男は、憎々しげに僕を見るよ。僕はにやりと、してあげたよ。
『では、パレス様。あの者はこちらで断首と致しておきますね。』
『いや、あの者については、私が厳しく言い置きますので・・・』
『いえ、パレス様。それでは、パレス館がファンタン商会に対して詐取しようとしたと思われますよ。また、手緩い処置ではファンタン商会も評判を落とし兼ねませぬ。この者の処置は何と言われようと、他には譲れませぬ。何なら、今、此処で断首致しますよ。』と、僕はパレス様を見たよ。
『何せ、僕は子供なのです。未だに人の、首が飛ぶ様を見た事が、無いのです。是非、派手に飛ばして、見たいです。クックックッ』と、笑ってみせたよ。
パレス様が、慌てて話し出す。
『ご子息。言われる事は最もです。しかしながら、その者はトールス家の次男であり、パレス家はパール商会、そしてトールス家より金を借りた事になっております。』と館主が苦渋の色を浮かべているね。。
『その借金も塩の買占めによる高騰によるのです。それで組合より借入で賄ったのです。しかし今も思った程、塩の価格が下がらず、質も悪くなる一方で、実質は価格が上がっているのです。組合からの借入も金版三十枚に達し、組合も苦しいらしく、借入が肩代わりされ、トールス家とパール商会への借入となってしまい、今では両方からの圧力に屈せざる負えないのが現状なのです。』と、パレス様は続けられたよ。
僕は考えたよ。
・・・香辛料の買占めならわかるけど。人にとって、塩はとても大事だよ。だから、どこの領家でも、塩は領家の専売なんだよ。、業者は全て、領家に卸さないと行けないんだよ。一部、特級品と呼ばれる商品は、高価格だから許されているんだけどね。通常の一般品は、一定基準の精度で決められた価格で買い取られ、領家が売っているはずだけどね。それが、買占めとはね。ー不思議だね・・・
『それはお困まりでございますね。しかしですね、これとそれは問題が違いませぬか?あの者は僕のような子供では無いのです。罪はしっかり償って貰いませんと、トールス家の次男であろうが、当主であろうが、法を蔑ろにしては、子供にしろ大人にしろ、示しがつかないと思いますよ。』と、僕は困った顔をするよ
『・・・』
・・・言葉は無いよね・・・館主様・・・
『おい!私の息子に何をしている?』と壮年の男と取り巻き連中、更に先程の太った男も現れたよ。
『上級者様、彼処に捕らわれている者をお助け下さい!あの面を被った女が、無態にも、我らの護衛を打ち据えたのです。』と、太った男が叫んでいるんだね。で、回りの誰かを探すように、辺りを見回しているよ。
・・・うん?上級者だとしたら、困ったな・・・
暫くして、
『ほう、あの者か、悪者とは?』と、太い声がするよ。
『そうです。上級者様』と、ほっとした太った男。
『しかしなあ・・・雇い主。話が違うであろう。お前が先に、子供に、護衛を嗾けたと、見ていた者が言うておったぞ。』と、女性が表れたよ。
『ファンタンのご子息。また会ったな。』と女性が笑うよ。
『これは討伐者様、お仕事はお済みに成られたようで、何よりで御座います。』と、僕は、ほっとして、挨拶したよ。
・・・討伐者様で良かったよ・・・
『ああ、お陰でな。』
『すると、今度は悪者を討伐してくれ、だと。相手も言わずにな。で、仕方無く来てみた。が、それがファンタンのご子息とはな・・・それも五歳の子供を討伐とは、どうかしているな雇い主と組合は。』と、笑われる。
『僕が悪者ですか・・・クックックッ』と、僕も笑ったよ。
『坊殿はよくよく災難の寄って来られる星の下に生まれられたようだ。お気を付けなされよ。』と、また笑われたよ。
『雇い主、この仕事は契約通りではないな。故に受ける事は出来ん。しかし、着手金は違反金として頂く。それと、組合本部に、厳重に抗議しておく。』と太った男を暫く睨み付ける女性の討伐者。
目を逸らしているよ、太った男。
そして、
『ご子息、次回は、急ぎで無い時に会いたいものだ。』と、微笑みながら、討伐者様は去って行かれたよ。
『メアリー、男を座らせて。僕の合図で首を飛ばすんだよ。』と、クックックッと笑う。
『ま、待て・・・』と壮年の男が叫ぶ。
『うん?どなたか知りませんが、待てと言われて、待てませんよ。せめて、名前を仰られ、お待ち願えないか、では有りませぬか?』と、不満そうに僕は言ってやったよ。
『メアリー・・・』
メアリーは、偃月刀を、ー回しして、下段に構えるよ。
広場の者、皆が、固唾を飲んでいるね。
『トールスと申す。待って下さらぬか?』と壮年の男が、憎々しげに言われたよ。
『何か?余り待てませぬよ。広場の方々も楽しみにしているかもしれませんし、先程、パレス様に申し上げましたが、僕は首が飛ぶのを見たことが無いのです。ですから、とても楽しみなのです。皆様をお待たせしても、申し訳ないですからね。』と、僕は浮き浮きと語ったよ。
『幾ら払えば良い?金での問題事だ、金で方を付けて貰いたい。』
・・・うーん、五歳にならぬ子供が金の話は、良く無いな・・・
『うん、・・・金の事は、幼い私では分かりませんので、キンバリーに聞いてみましょう。少々お待ちを。』僕は、馬車の所まで、よちよち歩いたよ。そして、キンバリーを
連れてきたよ。
僕は椅子に座ったよ。キンバリーは屈んで口を僕の耳の近くに置いたよ。
『キンバリーは・・・如何程出されるつもりかな?と、言っておりますよ。』と、僕は言ったよ。
『金版五枚では如何であろうか?』とトールス様。
『五枚では精々十年でしかありませんが?と、言ってますが?』
『では十五枚では?』と、トールス様は憎々しげに言われたよ。
『今直ぐにご用意頂けるなら、良いでしょう。と、言っておりますよ。塩が高騰していると、聞いております。一括は大変で御座いましょう。もし分割なら、金版二十枚の十回分割でもよいと。但し、不履行の場合、現状でのままトールス館を明け渡して頂くという、約定を頂きますが。と申しておりますよ。クックックッ』と、僕は笑ったよ。
『今直ぐに持って来させる。塩、金に困ってはおらん。少し待て』と、憮然としたトールス様は付き添いに指示したよ。
『ほう、トールス様は塩にはお困りでないと。それは不思議な事を、とキンバリーが申しておりますが、・・・買占めたのはトールス様でございましたかとも、申しておりますよ。』と、クックックッと笑ったよ。
それを聞いたパレス様が、トールス様に何か言おうとしたよ。
トールス様が急いで言ったよ。
『勿論、我らも塩には困っておった。パール商会が融通してくれたのだ。』
『パール商会がですか。それは良うございましたね。』と、僕は笑うよ。
・・・いいのかな、そのような事を言って・・
そして、僕とキンバリーは、パール商会の代理人を見詰めたよ。
パール商会の代理人は聞かなかった振りをしていたね。
トールス館の人が来たよ。そして、トールス様の合図で金版を卓に並べたよ。僕は頷いたよ。それと、メアリーにも合図をしたよ。メアリーは黒い綱を解くと、トールスの次男を離したよ。
トールス様にパールの代理人、渋面を作られ、直ぐに、帰って行ったよ。険のある次男と、皆を引き連れてね。
パレス様は困ってしまって、顔を覆ってしまっているよ。
・・・仕方ない助けて上げようか・・・
『パレス様。その借金、ファンタンが肩代わり致しましょうか?良ければ塩もお譲り致しますよ。』と。
項垂れていたパレス様が、顔を上げられる。
『真に?』
『ええ、今回の事、パレス様に責は無くとも、パレス様に当たりが強くなりましょう。彼の方々からの借金が無くなれば、それは無くなると思いますが。』とにっこり、頷いて上げたよ。
『ファンタン殿。助かります。ただ、塩の産地は何処でありましょうか?』
『ファンタン商会はヤーポン産しか取引しないのですが、他の産地の品がよろしければ、その品を調達致しますよ。』
『いえいえ、ヤーポン産は純度が一般品の十倍でありますから、そのまま使えます故、とても助かります。』
『つ、つかぬ事をお聞き致しますが、ご子息様のお知恵はいつからでありましょうや?』と、パレス殿が聞いて来たよ。
・・・大事なことなのかな?・・・
『私の知恵では有りませんよ。キンバリーが陰で教えてくれるのです。僕は、ただの子供に過ぎませんよ。』
パレス様はほっとしているね。納得されたかな?
・・・うん、これからは、全て、キンバリーかメアリーがした事にしよう・・・
塩の事、パール商会の事、組合の事、後回しだね。父さん母さんが先だからね。
父さん母さんを思うと、涙が出てくるんだよ。なんたって、僕はまだ、五歳にもならないからね