四十二話 フーリンゲンに戻ったよ
トーランの砦から上って来た木々の間の山道を、今は、アーチンソンから下りているよ。山小屋が見えたよ。朝、出発した小屋だね。一度、馬を停めたよ。
腹拵えをしないとね。それと、水筒の用意もね。
『イレーネ、この幅広の帯を背中に回して、馬の横腹に留めるんだよ。遊びが無いようにね。これから、速度も出るし、宙も高く飛ぶから、もし寝てしまっても、落ち無いようにね。僕は馬の首に抱き付いているからね。』
『えっ、坊、そんなに急ぐの?』
『うん、多分。明後日には着きたいからね。』
『行き方は、トーランに寄って、別の所から帝国に入って、帝国を抜ける、レンティア領を横切って、モティに出る。そしてケイロスを通ってカンターに出て、カンターから海を渡り、フーリンゲンに行くつもりなんだ。』
『トーランでも、説明だけしたら、直ぐ出るからね。』
イレーネは頷くだけで、何も言わないね。
僕たちは、しっかり馬に掴まったよ。馬を空に上げるよ。木々の上だね。そのまま、真っ直ぐトーラン砦を目指したよ。直線だとあっと言う間だね。
この空から見る、トーラン砦は広いんだね。そして六角形なんだね。緑の絨毯に浮かぶ模様のようにみえるよ。
トーラン砦の門の兵の方は、昨日の今日で、驚いていたよ。
それとも、馬に掴まった格好かな。僕達は馬に騎乗したまま、ベッツィーさんを呼んでもらったよ。
門の前に現れたベッツィーさんは言うよ。
『どうした坊?』と、微笑んでくれるよ。僕たちの格好には何も言わないね。
相変わらず、ベッツィーさんは上着の前を開けてるね。
アーチンソンに、聖戦騎士団が入った事、今は出て、戻って行った事を伝えたよ。そして、僕は父さんに伝えなければいけないので、とても残念だけど、寄れなくて、ごめんなさいと、言ったよ。
さすがに、兵を束ねる方は動きがはやいよね。
ベッツィーさんの顔が、責任者の顔に変わるよ。
『坊、連絡を有難う。私もやる事ができた。また、今度、ゆっくり会おう。坊も、イレーネ殿も、道中、気をつけられよ。』と、ベッツィーさんは、手を挙げ、戻っていかれたよ。
これからどうするか、とは聞かなかったね。
僕らは、そのまま、砦を通らず、離れた位置で、夕方まで、休憩したよ。
移動は主に夜だね。昼間に、空を飛ぶのは、憚られるよ。鳥が襲ってきたら嫌だよね。
日が暮れてから帝国に入ったよ。夜の内に、帝国を抜けて、モティの領内に入り、ケイロスとの境界手前の人の気配の無いところで、日が暮れるまで、休んでいたよ。
日が暮れて、ケイロス、ナント、そして海に出たよ。
そして、一路、フーリンゲンに向かったよ。
アーチンソンを出て、ほぼ、二日と半日だね。昼前だよ。
フーリンゲンの街の外から、馬車を出して街に入ったよ。
主要街道は変わらず白いよ。海も見えるね。
街道沿いのファンタンの店舗に着いたよ。
外から、店舗を見たよ。店舗も最初の造りとは全く違っているし、広くなっている気がするし、外観も赤と金を多用しているよ。
『坊、あれがファンタンの店舗なの。イルリアの店舗とは全く違うわね。』と、イレーネが驚いているよ。
『僕も、暫く居なかったから、驚いたよ。母さん恐るべし、さすが商人だよ。』と、目を見張ったね。
馬車から下りて、店舗の広い入り口から入って行ったよ。
まず目に付くのは、衣装だね。色取り取りだね。壁の周りには、鞄も並ぶね。受付周りには、宝飾品だね。
『あら、坊。ひさしぶりね。』と、シノさんが言うよ。
『うん、吃驚したよ。すっかりシノさんの店だね。』
『あらら、母様に怒られるわよ。坊とセルロイ様が居ない間に、一人で考えられていたのよ。』とシノさんが言われるよ。
『父さん母さんはいるのかな。』
『今は、二人で出かけられているわ。』
『彼女はイレーネだよ。もともと、アメリアにいたんだ。僕の乳母兼護衛者だよ。』
二人はお互い挨拶したよ。
『あら、乳母だけなら、私が立候補したのにね。』と、シノさんが笑うよ。
『それこそ、シノさんを連れて行っては駄目って、母さんに怒られるか、僕が母さんの傍に居ないといけなくなるね。』
『そうかしら、おほほ。』シノさんが残念そうに笑うよ。
『じゃ僕はね、自分の部屋にいるよ。イレーネも客用の部屋に案内するから、父さん母さんが戻って来たら伝えてね。』
シノさんがにっこりしたのを見て、奥へ入っていったよ。
人の気配を感じて目が覚めたよ。どれくらい寝たのかな。
眼の前に父さん母さんがいるよ。ちょっと涙が滲んだよ。
母さんが抱いてくれたよ。
『父さん母さん、無事、戻って来たよ。』と、涙声で言うよ。
『グレン、お帰りなさい。変わらず元気で良かったわ。』と、母さんが微笑んでくれたよ。
『イレーネに会ったわよ。話は全て聞いたわ。イレーネは乳母の部屋に案内したからね。』と、母さんが続けたよ。
『父さんどうするの?』
『うん、聖戦騎士団か・・・面倒なことをしてくれるよ。』
『お陰で、サバへ行かないとならないよ。』
母さんと話したんだけど、グレンには帰って来た早々に悪いけど、今後の事もあるから、一緒に行ってもらわないと行けないんだ・・・』と、顔が曇るよ。
『母さんは?』
『母さんは仕事で、行けないし、イレーネは場所が場所だけに、無理ね。父さんと二人か、エルザかエリスのどちらか一人ね。』
『父さんは、グレンと二人のだけが、速くていいかな。特に、争いにならないからね。ただ、伝えるだけだから。
『父さんか良ければ僕もそれで良いよ。』
『では、グレンは、もう一眠りしてから行こうね。その前に、その魔獣を見せて貰ってもいいかな?』
『うん、わかった。でも、大きいから、広間に出すね。吃驚して、斬ったりしないでよ。』
『シノさんが、グレンの為にって、鞄を作ってくれたわよ。もし、使わないなら、母さん使うからね。』
『母さん。僕が使うんだよ。いい?』と、はっきり言ったよ。
母さんは苦笑していたけどね、
で、僕はまた、一眠りしたよ。
久しぶりにすっきり、起きれたよ。夕方だね。
久しぶりに母さんの手料理だよ。イレーネも手伝っていたよ。余計なことを言わない様に気を付けたよ。
・・・イレーネも料理が出来るんだ・・・
『母さん。店舗が随分変わったけど、良く、そんな暇があったね。』
『前から、考えていたのよ。でもね、商品が少なかったでしょう。だから、増える迄待っていたの。で、テツクさんやシノさんも、作った物を置いてくれるって、言ってくれるから、エルザやエリスに増改築を 頼んでいたの。良いでしょう?』と、満足そうに微笑むよ。
『うん、とても良くて、吃驚したよ。』
母さんは、ますます満足そうだよ。
シノさん、ありがとう。お陰で、母さんは満足そうだよ。
馬を出して、父さんに乗り方の説明をしたよ。
『父さん、掴まり方はわかった?』
『ああ大丈夫だよ。まず、レンティアのスタナ様に会うから頼むよ。』
皆が寝静まった深夜にだよ。
敷地が広いから、誰にも見られないね。
母さんとイレーネが見送りだよ。僕は、シノさんの鞄を下げているよ。
僕と父さんは、馬に跨ったよ。
ゆっくりと馬を上げて行くよ。見え無くなったくらいから、レンティアに向かって飛ばすよ。
『グレンは、こんなに高くて、怖くないのかな。』と父さんが言うよ。
『アーチンソンから帰る時に、道を走らせるより、障害物がないから、気が楽だってことに気がついたんだ。それに、少し、姿勢は変だけど、しっかり、括り付けているからね。父さんが駄目なら、地面に近づけるけど・・・空の方が気が楽だと思うよ。』
『父さんも大丈夫だよ。舟より平気だね。何となく楽しいしね。グレンが疲れ無くて、大丈夫だと言うならいいよ。疲れたら直ぐ言うんだよ。』と、父さんが大きな声で言うよ。
レンティアの王都レスタスには夕方に着いたよ。
ウォーター家の馬車で、王城に向かったよ。王城では直ぐに入れてくれたね。
客間で、スタナ様とスフィア様が居たよ。
『坊、ご苦労であったな。帝国の話は聞いておる。皇太子も普通に戻って良かったな。しかし、また急な来訪じゃな。』と、スタナ様が言われたよ。
少し、顔が怖いよね。
『父さん、僕は寝てても良い?少し疲れたから。』
『うん、良いけど、ここでいいのかい?』
『うん、乳母や母さんはいないけど、父さんの横でも、落ち着くから・・・』
・・・と、眠りに落ちたね・・・
うん、気持ちよく起きれたよ。
父さんがいるよ。ここも何処かもわかるよ。
『父さん、どれくらい寝てたかな。』
『うん、三刻程だね。』と、父さんは笑うよ。
『父さんは寝ないで大丈夫?』
『ああ、父さんは馬の上で寝てたからね。眠くないよ。あはは。』
『そう、では、僕はもう行けるよ。』
『スタナ様が食事を用意してくれるから、それを頂いてからにしようね。』と、父さんが、微笑むよ。
『うん。』
父さんが、食事をしながら、説明してくれたよ。
サバの領地は教会に貸してあるだけで、未だにアスタロトの地なんだって。だから、アスタロトの血の者がサバの地に入る事で、誓約が発動するんだって。で、その誓約は教会の廃棄、今後は教会設立の禁止、布教の禁止なんだって。その次、二回目の違反で、信徒の退去で、信徒が居ない地になるって。
スタナ様と話したのは、教会の事、今後、サバの地を、誰に任せるか?選び方をどうするかの相談なんだって。
『グレン。あの魔獣の人形はどうしたんだい?』
『あれはね、馬に摑まって飛んでも落ちないように出来るかって、モンクさんに相談に行ったんだ。そしたら、これを何かの役に立つかもしれないから、持っていけって。』
『昔、若い頃、ちょっと木材の加工で名が売れた時に、知らない人から頼まれたって、金は前払いで貰っていて、造ってたんだけど、その人は、たまに来ては、ここを直してくれって金を払っていくだけで、持って行かなかったって。
で、最後に来た時は、もう来れないから、これを動かせる人にあったら貸してやってくれって、言われたらしいよ。だから、坊に貸すって。で、仕舞っといたんだ。確か、モンクさんは、その人から、神殺しの魔獣という伝説があると聞いていたって。』
『モンクさんは、あれを造って、木材の人形にはまる事になったって、笑ってたよ。』と、僕は興奮して話したよ。
『それは、凄い話だね。確かに、父さんも吃驚したよ。細部の造りも、とても良く出来てて、生きてると思ったからね。母さんは、最初に剣を構えたくらいだからね。』と、父さんも、笑いながら言ったよ。
四十二話 完




