三十七話 謁見で好きな事言ったよ
正式な謁見は明日だって。
―応、レンティア王国の特使も兼ねているからね。イレーネは副使だよ。スタナ様の配慮だね。イレーネが、いつも僕の傍らに、居られるようにだって。そして、その夜に晩餐会だって。面倒だね。だって五歳だよ。
今日一日空いてしまったね。
昼間は、乳母様が、バザーと言われる商店街を案内して下さったよ。警護は物々しいね。夕食は、外で、ササビーの見せ物を見ながらだったよ。歌とか踊りだよね。五歳だよ、眠くなるのは仕方ないね。
『坊、疲れていない?』と、部屋に戻ってイレーネが言うよ。
『うん。疲れさせられたね。今晩、客だね。』
『坊も、そう思う?』
『うん。だから、部屋に入って来れ無いようにしておくよ。』
『どうするの?』
『見ていて。』
僕は、モンクさんから借りてきた人形を出したよ。双頭の虎の魔獣、大蠍、そして大蛇だよ。
『坊、これら、生きていないの?』と、イレーネが部屋の端に逃げるよ。
『凄いでしょう。まるで生きているみたいでしょう。動かしてみようか。』
虎の魔獣を歩かせたよ。一つの口を大きく開けながら、尻尾の蛇に下を出させてね。
『それ、凄く怖いけど・・・』
『でしょう。これなら部屋に来ないよね』
『ええ・・・』
朝だよ。
深夜に、気配が動いていたよ。でもね、灯の煌々とついた部屋には入って来なかったよ。誰でも、魔獣は怖いよね。
これから謁見式だよ。謁見の間は広く、荘厳だね。たくさんの人が居るね。閣僚も並んでいるよ。内政・財政・司法・外交防衛・それに近衛の長と執事だね。
執事殿が居るのは嬉しいね。
イレーネも一緒だよ。副使だからね。
僕は五歳の子供だからね。偉い人に紹介されたけど、お互いどうでも良いよね。最後に外交文書を渡して終わりだね。
事務官が文を取りにきたよ。僕は、文を、押し頂いてから事務官殿に渡すよ。それを事務官殿は執事に渡そうとするよ。
『お待ちを、仮にも、私グレン・ウォーター・ファンタンはレンティア王国スタナ王妃様より全権を委任され、ここにおります。つまり私は王妃スタナであります。その王妃が渡した国の正式な文を、事務官殿は、我の目の前で、格下であり、国政に関わらぬ執事に渡されるか?本来、皇太子殿下若しくは、外交の責任者へお渡し頂くのが筋で有ろう、と思いますが。私は戻りまして、スタナ様への報告を致さねばなりません。その時に、スタナ様に妾の文は皇太子に直接渡したのであろうな、と問い正されるのは必定。で、その時に執事殿に渡ったとなれば、叱責されるのは私目に御座います。もし、皇太子殿下以外にお渡しせねばならぬのであれば、せめて、外交の責任者殿にお願い致したいが、如何でありましょうや?』と、僕は言ったよ。
そして、閣僚、他の方々の顔を見回したよ。
謁見の間はざわついたよ。僕は五歳だからね。
小癪な子供よ、という顔が多く、見られるね。
『グレン殿。しかし、それを言われるのは如何であろう。我の元ではそうしてきたのだ。スタナ様でも否としかいえぬ。』とファイゼル様が厳しい顔で言われるよ。
『ファイゼル様の仰られる事は当然の事であります。何せ私の申し上げた事は単なる言いがかりであり、執事殿に対する嫌がらせなのです。何故なら、スタナ様は、執事殿の居られるササビーとの繋がりなど、欲してはおりません。皇太子殿下に対しての不信感もありますが、しかし、スタナ様は執事殿に対しては、何があっても、お許しにはなりませぬ。何せ、兵三千を、連れて来られ、国境にて、執事殿を捕獲する予定でありました。しかし、執事殿が同行していないのが分かり諦められたのです。』
しれっとされていた執事殿も流石に動揺されたかな。
謁見の間も、更にざわつくよ。
『ファイゼル様、スタナ様と円満な関係を望んでおられるのであれば、執事殿の身柄を頂きたいのです。如何でありましょうや。これが文の内容です。』
『それは無体な。具体的な証を示めして頂かねば・・・』とファイゼル様が言われ、執事殿を見たよ。
ファイゼル様が自分を見た事で、執事殿は平静を取り戻したようだね。冷笑を浮かべているよ。
『ファイゼル様、まだ復讐をお考えで御座いましょうや。』
『それは関係のない話だ。余計なお世話だ・・・』とファイゼル様が怒るよ。
『スタナ様も、大事な一人娘に、何をされたかお忘れにはなりますまい。何せ、大事な娘が籠っておられたのを、目の当たりにされてきたのです。よくぞ生きておられたと、私など思います。それに対する報復を、強く望まれるのは当然でありましょう。スフィア様は戻られは致しましたよ。それでも、された事を返そうとするのは親心でありますから。』
執事殿は知らん顔だね。ファイゼル様は動揺されているね。
『さて、ファイゼル様は如何ですか?有りもしない昔に振り回されておるのでは在りませぬか?ベンツ殿も乳母殿も閣僚の方々も心配されておりますよ。』
『有りもしないとは何だ。』と、ファイゼル様はそっぽを向かれたよ。
『ファイゼル様の、実のご両親は事故なのですよ。それは間違いの無い事なのです。確かに、二十家の地では事故に見せかけた殺害との噂が流れました。でも事故なのです。それを、あたかも噂が正しいと吹き込んだのはどなたでしょう。ファイゼル様なら、お分かりでありましょう。勿論、執事殿も。』とファイゼル様を見るよ。
ファイゼル様は有らぬ方向を見ているよ。
『そして、前国王の祝宴中の死亡、これこそ、誰が、最も得をするか、その者こそ、犯人でありましょう。二十家の地では皇太子が行った、血の粛清とも血の祝宴とも言われておりました。そして、次は五家だと。執事殿、ご存じでありませぬか。』
執事殿は、そっぽを向いておられるよ。
『私はしておらぬ。』と、ファイゼル様は顔をまっ赤にして怒られたよ。
『勿論でございますよ。皇太子であるファイゼル様に何の得も無い処か、大切なお身内が、ー人も、居られなくなったのです。国政の運営にいかに支障をきたすか。ご心痛、ご察し申し上げます。まして、前国王様は早くファイゼル様にお返したくて仕方がなかったと聞いておりますよ。ねえ執事殿。』
『先程から、私に絡んでおられますが、何か悪意を感じるのですが?』と、執事殿が冷笑を浮かべて言われるよ。
『ええ、命を何度も狙われたら、その方に悪意を持っても当然ではありませんか?クックックッ』と笑ったよ。
広間内がざわつくよ。
『あはは、そんないいがかりを。証拠は御座いましょうか?』
『それこそ、犯人のように証拠を見せろなどと、おもしろい事を申されますね。私及び私の回りに居る者が、何度命を狙われた事か、私は、五歳であっても、あなたの望む馬鹿では有りませんよ。それだけ狙われたら、流石に想像は付きますよ。』
広間は静かになったね。皆が聞いているね。
『私の家は商人なのですよ。証拠など考えた事もありませぬよ。ただ、あなた様がどこで生まれ、どんな生い立ちで、どんな知人がいるか?どんな考えをされるか?何を信じておられるか?どのように金を稼ぎ、どのように金を使うか?
その事全てを調べ、推測するのですよ。執事殿が、私及びファンタンを、どうして邪魔にするのか?今度は誰の所為にして、襲ってくるのか?そして、それをどう逃げるか。クックックッ。そして自分は何をすれば、効果的に反撃出来るか?それを終わりにするにはどうするか?
私はファンタンなのですよ。代々のファンタンはそのように、この千年の間を生き抜いてきたのです。執事殿、たかが十数年のパール商会ごときにファンタンが負けるとでも、お思いか。』
と、ニヤッと笑って見せたよ。
執事殿は冷静に見えるけど、顔が少し引き攣ったかな。
『ファイゼル様。もし、僕が、ここササビーの地で死のうものなら、ササビーはカンジナビアと手を結ぶ事になりましょう。
何故なら、スタナ様は激怒し、残り十九家にササビーを討てと申されましょう。
二十家の盟主であるスタナ様にはそうするしかないのです。ケイロスなども、ここぞとばかりにスタナ様の下に集まりましょうぞ。
されど、ササビーは強い。単独でも十分勝てましょう。なれど、カンジナビアはササビーの側に、押さえておかねばなりませぬ。それが、教会が入り込み、やがてはカンジナビアのように、教会が支配する帝国の序となりましょう。のう執事殿。』と、執事殿を見たよ。
執事殿は変わらず、冷静さを装い、そっぽを向いているよ。
『ササビー帝国がファイゼル様が、たかがカンジナビアや教会如きにひれ伏すなど、それは真に忍びなく悲しいことです。ですので、僕は、ササビーで、執事殿の思いのままに、討たれる訳にはいかないのです。その為、僕は、これで失礼しようと思います。』
広間は静かだね。ファイゼル様は下を向かれ考えられている様子だね。
執事殿は、僕を怖い顔で睨んでいるよ。
・・・おお怖、急いで出よ・・・
『イレーネ。僕の出来る事は終わったよ。帰るよ。』とイレーネを見るよ。
イレーネは頷いたね。
僕は礼をして、イレーネと謁見の間を出たよ。後ろからベンツ殿が来たよ。
『ご案内致しましょう。』と、ベンツ殿が言われて前を歩かれたよ。
『ファイゼル様の身は大丈夫でしょうか?』と、僕は聞いたよ。
『はい。影供がおります。ファイゼル様よりグレン殿が危険で御座いましょう。』
『いえ、今更、私を害したりはしないでしょう。それに、僕にも、影供はいますから・・・』
『私共に、無用の怪我人が出ても困りますので。』と、微笑まれるよ。
『グレン殿は、弁が立ちますな。』とベンツ殿に言われたよ。
『僕は、スタナ様に申せ、と言われたことを言っただけですよ。何せ、五歳ですよ。クックックッ』と、笑ったよ。
『何故、スタナ様はグレン様に?』
『僕が、ファイゼル様に気に入られていると思われたのでは?それと、子供だからではないですか。何を、言っても子供の戯言で済みますからね。』
『子供の言ったことであれば、反発もすくないでしょうし、聞く気になるかもしれませんね。洗脳はとても厄介だと思います。本人が疑問に思わねば解けません。直接言っても反発を喰らいます。とても微妙なものですね。でも乳母様へのご信頼は残られておりますから、執事殿への疑問も、多少は、湧くのではありませんか。』
宮殿の外まで案内して貰ったよ。ベンツ殿は馬車の手配をと言われたよ。でも、断ったよ。だって、僕の馬車の方が乗り心地は良いからね。
白の馬車を出したよ。馬もね。馬車に乗り込んだよ。キンバリーを馭者席に座らしたよ。
ベンツ殿は声も無く、口を開けられていたよ。
『では、べンツ殿。もうお会いする機会はないと思います。ご達者で。乳母様にもよしなに。』
と言って馬車を走らせたよ。
街を出る為、馬車を、主要道を東に走らせているよ。『坊、執事殿は魔神使いなの?』
『どうだろうね。執事殿とは限らず、父さんも、アーチンソンの男の人も、魔神使いの事は口にしていないよね。あくまでも、レンティアの伝承だからね。父さんは魔神の事も口にしていなかったよ。だから、魔神も、魔神使いも、時代、立場や生活の場、思想の違いで、変わるのではないのかな。』
『僕もササビーで、千年もすれば、魔神と呼ばれるかもね。クックックッ』と、笑ったよ。
『でもね、僕の見た処、執事殿は人使いだよ。』
『そうなの・・・』と、イレーネは興味を失くしたようだね。
三十七話 完




