三十一話 アーチンソンの人に会ったよ
アメリアの街の、血の誓約の悔恨と回帰の日は終わったよ。街の名は、アメリアはイルリアだよ。アンセムはイルイドだよ。
光を纏う人はいなくなったね。
信徒も過激な人はいなくなったよ。教会らしき組織を作ろうとした人々がいたんだって。その人々も去ったんだね。昔のように、穏やかで、心清らかな人ばかりが残ったよ。去った信徒の人々はサバかカンジナビアに行くんだって。
工匠組合の幹部は本部のあるモンパスに行くのかな。
衛士さん達は、どうするんだろうね。
僕は、何故か、アーチンソンという言葉が気になるんだ。でも、頭の中のもう一人の僕は、何も呟かないんだ。だから、僕は、イレーネとアーチンソンの人を探しに広場にいるよ。
昨日、今日と来ているよ。今は、夕食の時間なんだ。だから、父さんと母さんに許可を貰って来ているよ。夕食は、広場で食べながら人探しをしたいってね。母さんは良い顔をしなかったけど、了承してくれたよ。
でもね、灰色のフード付きの上下は駄目よ。白のシャツに薄い青のネッカチーフを巻いて、臙脂色の上着に濃紺の足首上丈のスボン、薄い青の靴下、革の靴ならいいわって、言われたよ
見た目は、人から見たら、どうなんだろうね。だって、僕は五歳だよ。
広場は人が増えているね。新しい馬車もあるよ。
屋台の前にも多くの人がいるよ。
その中で、一人雰囲気の違う人を見つけたよ。
上半身は革のベストと長袖のシャツ、下は厚手の緑色のズボンに革の靴だね。それに、普通に見える中剣だよ。
どこからどうみても、イルリアの人なんだけど、何かが違うんだよね。敢えて言えば、消えているとか、薄いとかそんな感じだね。
イレーネを連れて、屋台の料理を持って、その男の人の卓へ行ったよ。
『お兄さん、良ろしかったら、一緒に食べませんか。』と、僕は声を掛けたよ。
『お兄さんという年ではないぞ。俺で、役に立つとは思えないが。』と言ったよ。
『お話をするだけでも良いのですが、いかがですか?』
『ふ―ん、年に似合わない物言いだな・・・まあいいか、では頂くとするよ。』と答えてくれたよ。
卓に屋台で買ってきた物を並べたよ。おじさんは麺と汁物を取ったよ。イレーヌは肉を挟んだパンと汁物、僕は麺だよ。しまったよ。麺だと汁が飛ぶんだよ。汚してしまうんた。
『おじさんは、アーチンソンを知っていますか?』と訊いたよ。
イレーネは反応せずに食べているよ。
『ああ知ってるぞ。』
『今はどんな状況ですか?』
『三つに別れて争っているな。ただ、今は、中立だったーつに、二つが別々に、仕掛けているぞ。』
『おじさん、パレス館にいましたよね。』
『なんだ知っていたのか?俺は、この地に害を与える積もりではないから、殺気を消したら、光も消えた。それに、そこの女性は強いから争う気もないな。』と、イレーネを見て、苦笑しているよ。
イレーネは反応しないね。
『坊は、この地の生まれだろう?何故、アーチンソンを気にする?』
『はい。僕は、アーチンソンの一党だと言って、女剣士さんを狙った人々を、一緒に捕らえたんです。で、何故、弱い人々が、わざわざ、強い人を狙ったのか不思議で。』と、言ったよ。
おじさんの顔が不機嫌に変わるよ。
『ちっ、無駄な事を・・・』
知り合いなのかな?
『その女剣士は大剣を使っていたか?それとも偃月刀だったか?』
『大剣でしたよ。偃月刀の人にも用があるのですか?』
『嫌、最近知り合った商人に頼まれた。いつでも良いからそいつの面を取ってくれれば高く買うと言ってたぞ。』
『面ですか・・・不思議な事を言いますね。何なら・・・何枚か有りますよ。』
『嫌、そう言う事ではない。面とは首の事だ。』とおじさんは言ったよ。
僕の右で、料理を食べている、イレーネの殺気が上がるよ。
『ふ―、知り合いか?受けた訳ではないぞ。話だけだ。俺は大剣使いを探している。その商人がアメリアへ行け、偃月刀使いが知っているから、と教えてくれたんだ。』と、おじさんが困ったように言うよ。
イレーネの殺気が消えるよ。
『大剣使いのお姉さんとは、アンセム、今のイルイドで別れたんですよ。急いでおられたので、生まれ地に戻られたのではないかと。多分、間違い無いと思いますよ。』
『そうか。それなら助かった。では、俺もアーチンソンに帰るとするよ。』と、僕をじっと見たよ、おじさん。
おじさん、俯いて、小さな声で話し出すよ。
『アーチンソンは、昔を残している地の一つだ。他の地の事も詳しい。そして、他の地域の血を入れる事はない。だから、血が濃い。能力も他の地域より強い。だから、知られると攻められる。知られないように気を付けている地だ。そして、知恵憑きの子も、他の地域よりは多い。そして詳しい。姫もそうだ。だから、姫を地域に戻らせたい者、追い出したい者、そして無関心な者、それを装う者、色々だ。それが嫌で生れ地を出た。しかし、状況が変わった。ササビーの赤い目だ。知恵憑きについては知っているだろう?知恵憑きは能力も強いが、感情も強い。特に親兄弟に対する思いだ。それが破綻し、平衡が保て無くなる。すると、憎悪、怨恨、復讐の情による赤い目となる。』
『ササビーの皇太子を知っているか?あの赤い目を見た事はあるか?』
『遠くからなら。』
『今は赤い目の瞳は黒い。次は赤になる。そして銀だ。銀の瞳になると、能力は更に強くなる。昔は魔神と呼ばれた。銀になると、理性はない。ただの破壊欲だけだ。相手を選らばない。ただただ、破壊の行為だけだ。やがて倒れはする。周りの者はただ倒れるのを待つしかない。二十家の地の、血の誓約は本来、魔神を抑える、地の誓約だった。それは今でも発動すると言われている。しかし、皇太子には生まれ地が異なる故に、効力は無い。戻すなら、赤になる前の、今しかない。
戻せるのは同じ知恵憑きでも、同じ郷地だと言われる。俺は知恵憑きではないから、郷地が何かはわからない。また、戻し方も分からない。しかし、坊なら分かるかもしれない。』
『何故、僕ならと?』
『坊は、感が鋭い。姫もそうだった。俺の気配を感じられるのは、知恵憑きだけだ。俺のような者は他にもいる。知られたくないなら、異様な気配には、近寄らない事だ。』
『俺が教えてあげられるのはこれだけだ。紫の光は絶対ではない。詳しければ躱す事は出来る。だから、念の為、もう行ったほうが良い。』
僕とイレーネは立ち上ったよ。
おじさんはイレーネの剣を見たよ。
『その剣は神奉の剣だ。またの名を信徒帰しの剣と呼ばれている。この地では良いかも知れないが、中央、東では忌み嫌われる。見せないほうがいい。』と、ぼそっと言ったよ。
イレーネは吃驚しておじさんを見ているよ。
僕は言ったよ。
『おじさん。ありがとう、お気をつけて。』
おじさんは、頷いたよ。こちらを見なかったね。
僕は、イレーネの手を掴んで馬車に向かったよ。
馬車の中だよ。最近、作って貰ったんだ。一般的な目立た無い色取りだよ。白に、縁取りが薄い灰色だよ。窓枠も、扉も薄い灰色に塗ったよ。いつも、借りる訳には行かないからね。
イレーネは溜め息をついたよ。僕を見ないで言うよ。
『坊は、この剣の事を知っていたの?』
イレーネは衝撃を受けたみたいだね。
『僕は、母さんから多くの本を貰ったんだよ。その中に古い本というのが有ってね。剣使いの型の変遷が乗っていたよ。イレーネの剣使いの型が東に有るんだって事は知っていたけどね。剣その物の事は乗っていないから知らなかったよ。』
『この剣は代々、家に伝わっている剣なの。勿論、剣の扱い方や型もね。家は信徒だから、神奉の剣士、信徒帰しの剣の事も聞いた事はあるの。家は、正教会の剣使いだとは思っていたけど、これが信徒送りの剣とは思わなかったわ。信徒送りの剣は、暗殺者の剣なのよ。それも、異端の者達をしまつする為ね。』と、イレーネは苦笑したよ。
『・・・何か良い剣を探さないと・・・』と、イレーネは呟いたよ。
パレス館に戻ったよ。部屋の応接間に入ったよ。
父さん母さんが居たよ。
『遅かったね。何か有ったのかい。』と、父さんが聞くよ。母さんも心配顔だね。
父さん母さんに、広場で有った事を話したよ。アーチンソンの人に会った事、アーチンソンの姫様の事、赤い目の事、ササビーの皇太子の事、そして、イレーネの剣のことだね。父さん母さんも知らない事で驚いていたよ。
『明日、スタナ様が来られる事になってね。グレンにも話がしたいって。いいかな。』
『僕は構わないよ。』
『父さん、イレーネの剣を探したいんだ。良い所あるかな。それも内緒でなんだけど。』
『母さんが、テツクさんに打ってもらったのがあるから、暫くそれを使ったら。もし、合わないのなら、後で、テツクさんに打って貰ったらいいわ。』と言って、寝室に言ったよ。
『これよ。』と、三本持って来たよく。
長剣一本と中剣一本、中剣より少し短い剣が一本だね。
『母さん、なんで三本もあるの?』
『実はね、テツクさんが言うには、キンバリーのは刃が付いていないから、いざという時のために用意しておいたって。でもね、グレンにはね、持たせたくないから、黙っていようと思ったけど、イレーネが使うなら良いわ。』
母さんは、中剣をイレーネに渡したよ。
イレーネが中剣を握るよ。
『あの、本当に良いのでしょうか?』
と、鞘から抜いた刀の刃を、光に翳し、じっくり刃紋を見て、紙を出して、紙の上から刃を触れ、そして、振り心地を試していたイレーネが言うよ。
『素晴らしい打ち具合いと、バランスがとても良いです。それと、鞘の仕立ても、素晴らしいです。黒にも見える深い赤に塗られた鞘の本。それに嵌められた革の細工と、金と銀に赤い石。とても美しいです。キンバリー殿の剣がとても羨ましかったのです。これを頂けるのは本当に嬉しいです。』と、にこにこと剣の鞘を撫でているよ。
『グレンはいいわよね。』と、母が言うよ。
『うん、僕は刃が付いていると、怖いから。』
『じゃ、父さんと母さんで、残った二本を装飾として、それぞれ使うわ。どれも、柄も鞘も見事よね。芸術品の位よね。』と、母さん。
『うん。確かに凄いね。テツクさん達は。皆が欲しがるよ。』と、父さんが、長剣を翳しながら言ったよ。
刃紋と鎬の葉の彫りが綺麗だね。
変わった日の午前だよ。
パレス館に領主が集って来るよ。まず、イルノア家の当主ケントス様だね。次にゴルシア家のユーリー様とベルン家のバリアス様だよ。
そして、最後にレンティア王国の王妃スタナ様だよ。
領主の方は、暫く、話し合いをしていたね。
それから、父さん母さんと僕が呼ばれたよ。
『ファンタン家当主にご夫人、それからご子息。この度は色々大変であったな。まあ、アスタロトの血でもある。縁も有るからな。』スタナ様が言われるよ。
父さんは頭を下げるよ。
『で、工匠組合については、ファンタン家の提案を、ここの四家、それからフーリン家とモティ家からの了解は貰ってある。工匠組合本部に対して、六家連署で文を送る。残りの家には、組合に同封の文を出したと通知する。それを今日付で送付する。が、おそらく返事はないだろうと思われる。故に、十五日後の接収で準備をしておく。ファンタン家にこの報告して置く。』と、スタナ様が代表の、六家合同会議で、正式に通知されたよ。
それで、ファンタン家の用は済んだよ。
ただ、貴賓の間から退室した時に、スタナ様が、後程訪ねられるからよろしくお願いしたい、とスタナ様の衛士長らしき方に、耳打ちされたよって、父さんが言ったよ。
・・・きっと、厄介事だね・・・
三十一話 完




