三十話 印を見たよ
朝起きたよ。父さんも母さんもイレーネも居たよ。
朝食を食べながら、父さんが話してくれたよ。
『この地は誓約の地だからね。領主は誓約を受ける宣言をするんだよ。これは形式だけどね。
そして、その後に、この地の民にも新たに誓約を受けさせるんだ。今まで、誓約の下で生活してきた民は問題ないけど、誓約に反してきた人々にも誓約の下に戻る機会を与える場になるんだ。しかしそれを望まない人々には印をつけ、この地を去らせるんだ。』
『父さん母さん、そんな事が出来るの?』と、僕は訊いたよ。
『うん。この世界は魔力を使っている世界だからね。皆が知らないだけで、魔力は使われているから。あの紫の雲がある限りはね。』と、父さんが教えてくれたよ。
『で、三日後に誓約の儀をする事に決まったよ。この街には今日中に通知するらしいよ。他の街のアンセムとかには、明日だね。その時に新しい街の名前も発布するんだよ。それと誓約の儀の前後一日は、民の悔恨、回帰の期間だね。』
『父さん母さん、もし僕に、紫の光りが射したらどうしたらいいの?』と、僕は不安になって訊いたよ。
『グレンは大丈夫よ。』と母さんが言うよ。
『でもね、僕はね、ケイロスで鉱山の人を打ったし、グラの村でも、アーチンソンの山賊を打ったんだよ。打ったのは、キンバリーとメアリーなんだけど、やらせたのは僕でしょう。だから、その人達の命を削ったかもしれないんだ。』と、僕は必死に言うよ。
『グラの村の事は聞いて居ないわよ。』と母さんが怖い顔で言うよ。
『その事は、アンセムで色々あったから忘れていたんだ。広場で、イレーネを初めて見たときに、グラの村で一緒にいた女性の討伐者さんに似てるなと思って、それでグラの事も思い出したんだ。』
『・・・討伐者がいたの?』と、母さん。
『うん、夜、アンセムの街に向かっているときにね、街道で出会ったんだ。一人で討伐させられる事になったって怒っていたよ。だから、手伝って上げたんだよ。そしたらね、その山賊達がアーチンソンとか言って、女性討伐者さんを襲う為の依頼とか言って笑っていたんだよ。だからね、組合に協力者がいるんだねって、討伐者さんと話したんだ。』と、説明したよ。
父さんと母さんが困った顔をして見合っているよ。
イレーネは別に考え事をしているね。
難しい顔をして父さんが訊くよ。
『グレンは、組合の事はどうしたらいいと思う?』
『うん、イレーネの件も有るから、裏にいるのはパール商会で間違いないと思うよ。でも、この地からはパール商会は追い出されると思うんだ。だから、パール商会がこの地に入ってくるにしても、暫く時間を稼げると思うんだ、だから見て見ぬふりでいいと思うよ。それに、その討伐者さんはアンセムでもおかしな依頼を受けたから本部に抗議するって言っていたけど、変わった様子がないよね。当然だよね。支部が勝手にする筈ないからね。パール商会の件は本部の誰かの指示だと思うよ。』
『グレン。イレーネの件って何?』と、また母さんが、僕を睨むよ。
『イレーネ、ごめんよ。つい口を滑らせてしまったよ。母さん、イレーネの事だから、僕が勝手に喋れないよ。』と、母さんを上目使いで見たよ。
『あっ、そうね。勝手に喋ってはいけないわ。』と、母さんが少し慌てたよ。
『グレース様、坊に話しておりますので、当然、お二方に知って頂く事は問題有りません。私からお話し致しましょう。』と、イレーネが言ってくれたよ。
イレーネが、三人の顛末を詳しく話して、父さん母さんに詫びていたよ。
父さん母さんも情報を流されていた事には何も言わなかったね。商人は情報が命みたいな処があるから、取られるのを承知で動くから気にしなくて大丈夫だし、あの三人には期待もしていなかったから、と言っていたよ。ただ、逝く様な事になるとは思ってもいなかったらしく、気落ちしていたよ。
『パール商会の事は、スタナ様も怒って居られたよ。だから、領主連名で、相応の説明と詫びを入れなければ接収し、新しく作るとでも言ってもらったらいいと思うけど・・・』
それを聞いた父さんが頷いて、考えているね。
『坊は、アーチンソンの事は知っていますか?』とイレーネが訊くよ。
『う―ん、聞いた事もなくて、何かなと思っていたんだよね。イレーネは知っているの?』
『はい。セルロイ様もグレース様もご存知の事と思いますが。アーチンソンは国というか、豪族の名前で、ササビーの東、チャンギーの北の山を幾つか越えた深山にある豪族たちの地の事なのです。で数年前から、アメリアに、そこの一つの豪族の姫が討伐者として活動していると噂はありました。ただ、誰も実際に会った者はいないらしく、噂のままになっておりました。噂では大剣を使い、上級者であるとの話でしたね。』
『ふーん。そうなると、間違いないよ。僕が会ったのはその姫さまだね。大剣背負って致し、腕も上級者以上だったよ。』
『となると今は故郷に戻ったかな。』と僕は言ったよ。
父さん母さん、イレーネも頷いたよ。
『あっ、そうだ。父さん、もし僕が、紫の光に射されたら、どれくらい射されているの?』
『一年と言われているよ。』と、父さん。
『結構、短いんだね。』
『うん、本来は領主がしなければ行けない事だからね。』
『フーランにいたら、光は射しているの?』
『アシリアの街や村にいる時だけだよ。』
『そっか、よかったよ。ではフーランに居ればいいんだね。』と、僕は、ほっとして、言ったよ。
父さん母さん、イレーネは苦笑しているね。
『グレン。シンドリーさんの元の家に集まっている人々は何をしているんだい?グレンは何かするのかい?』と、父さんが訊くよ。
『父さん、あの人達は今の混乱した街の中で、信徒を増やせると思って活動しているんだよ。だから誓約の儀が行なわれれば、淘汰されると思うよ。
それに、僕が何かしなければ行けないと思うのは、父さん母さん、エルザ、エリス、イレーネ、のファンタンやウォーターに係わる事だけだよ。他は何もする積もりはないよ、だって僕は子供だし、子供でいたいからね。領主様とかが処理する事だよ。でも、知っている事と知らない事ではいざという時に遅れてしまうからね。それで確認しているだけだよ。』と父さん母さん、イレーネを順番に見たよ。
『そうよ。グレンは、今は子供でいてね。どうせ、すぐ大きくなってしまうから。』と、母さんが笑って言ってくれたよ。
・・・大きくなれるかな・・・
その後、父さんと母さんは、イレーネによろしくねと言って部屋を出ていったよ。二人とも昼食は戻れないからと言ったよ。
僕は、アーチンソンの事を知りたいとイレーネに言ったんだ。すると、もしかしたら広場に出身者が居るかも知れないから、気長に探すしかないと言われたよ。
『襲おうとした衛士の事はどうするの?』とイレーネに訊かれたよ。
『うん、確かに、質が悪いよね。パール商会と繋がっているみたいだしね。だから、儀式が終えないとね。どうなるかも分からないしね。』と僕は答えたよ。
僕は、儀式と回帰の期間が終わるまで、パレス館から出ない事にしたよ。ファンタンの息子に印が表れたら困るよね。それを見られたら父さん母さんに申し訳ないからね。
それに、広場をふらふらしていて、襲われるかも知れないから、君子危うきに近寄らず、だよ。
儀式が始まる二日間は、イレーネと剣の稽古をしたよ。イレーネの剣がどんどん早くなるよ。
儀式の朝だね。とても緊張するよ。父さん母さんが、僕がそわそわしているのを見て笑っているよ。
父さんと母さんは、領主と一緒に、参加しなければいけないけど、グレンはどうするって訊かれたよ。
『ううん、僕は、イレーネと此処にいるよ。もし、印が表れたら、直ぐに、フーリンゲンに戻るからね。』って言ったよ。
父さんと母さんは苦笑すると、何も言わずに、仕度をして出かけて行ったよ。儀式だから、正装だね。父さんも母さんも、ファンタンの赤を基調に、金と銀の飾りの衣装だね。
九つの刻に始まると、誓約を読み上げ、下にある事を宣言するんだって、それから、民の誓約の下にある者、外れている者の選別を依頼する文を読むから、それから、四分の一の刻の後に、選別が起こるんだって。その時に鐘を鳴らすはずだね。
まさにその時がきたよ。どきどきだね。鐘を音が聞こえるよ。イレーネを見たよ。イレーネに光はないよ。
そして、イレーネは僕を見て言うよ。
『坊、光は射していないわ。良かったわね』と、笑ってくれるよ。
僕とイレーネは、急いで大広間を見下ろす中二階の踊り場に下りたよ。そして、大広間を見たよ。
紫の光が射すというか、人の周りを覆っているように見えるね。紫の光が濃い人と薄い人がいるね。薄い人はその場で、黙祷しているね。そういう人の光は、益々薄れていくよ。そして、消えるんだね。濃い紫の光の人は、パレス館を去るか、部屋に戻って行ったよ。
『イレーネ、怖いね。これが良いとか悪いとかの前に、選別が人に見られるのは怖いね。』と僕は思った事を言ったよ。
『坊もそう思ったの・・・ただ、濃い人には、多かれ少なかれ、殺気が見えたわよ。でも、一人の人は恐らく、誰かを狙っていたのではないかと、とても強かったわ・・・』
『そうなんだ・・・』
それから、一刻程で、父さん母さんが戻ってきたよ。さすがに緊張して入ってきたよ。
そして、僕とイレーヌを見て安堵していったよ。
『グレンもイレーネも良かったわ。』と安心すると、着替えに行ったよ。
普段着で戻って来た父さんが言うよ。
『宣言が終わって、選別が始まったんだよ。すると、広場にいた人々の多くが紫の光に包まれたよ。薄い人も、濃い人もいたよ。薄い人は、慌てて祈り始めて、光が消えた人がほとんどだったよ。でもね、濃い人たちの集まりがいてね。衛士の中にも濃い者がいたよ。それが、濃い人々へと合流し、騒ぎ始めてね。更に街の中からも合流してね。一時はどうなるかと思ったけど、各所から衛士たちが集って来てね、制圧したんだよ。その衛士を指揮していたのが、ニックの父さんでね。光っていなくて良かったよ。それで衛士の人々たちが父さんや母さん、それにパレス館に泊まっている人達を警護して来てくれたんだ。』
『領主は、驚いていたよ。工匠組合の幹部も濃い人々のなかにいたからね。それとグレンを拉致しようとしていた、だみ声の衛士も濃かったよ。役人も何人かいたみたいだよ。ただ、商業組合の人間は居なかったね。家に居るか逃げていれば、今は分からないけどね。』と、父さんが言ったよ。
『グレンはそういう人を見たの?』と母さんが訊くよ。
『イレーネと中二階の踊り場から大広間を見たよ。うん、光が射すと言うより、包まれるって感じだね。薄い人はその場で祈っていたよ。でも、濃い人達は、直ぐに、どこかに行ってしまったよ。』
『イレーネが言うには殺気の強い人がいたって・・・』とイレーネを見たよ。
『はい、濃い光は気にしていませんでしたが、さすがにあきらめてはいましたが、殺気は出ていましたね。坊を見て、私を見ましたけど、目的ではなかったようで、直ぐに出ていきました。広場に行ったのではと気がかりでしたよ。』
『うん、確かに、ニックの父さんがずっと目で追っていた男かな?』と父さんが言ったね。
『ふーん、でも、誓約の地なのに、あれだけの人の数になっているなんてね・・・』と母さんが言ったよ。
・・・意図的だろう・・・
三十話 完




