二話 木工師に会ったよ
今は夕方だね。空は茜色から紫色に変わる頃だよ。
僕は、広場の屋台の側の長椅子で、男の人と、食事の少額依頼の事で話をしているよ。
『これでどれ位受けてくれるのですか?』と、僕は聞いたよ。
卓の上には包装のままの、屋台で買ったつつみが二つと汁物一つ。
『そうだな。依頼にもよるが、半刻程の買い物とかだな。』
『では半刻程の話し相手でも良いですか?』
『ああ、それなら受けるぞ。食べながらでも良いか?』と、男の人は嬉しそうだね。
『ええ、どうぞお食べ下さい。』
僕は応えたよ。
『ではお聞きしますが、本来、工匠組合を通さなければ罰則があると聞いておりますが、それは大丈夫なのですか?』
男の人は、食べる手を止め、まじまじと僕を見るよ。でもね、また食べ始めながら答えたよ。
『・・・ああ、金銭での受託は工匠組合を通さなければ罰則はあるが、食べ物での少額の依頼は良いことになっているな。』
『先ほど、買い物と申されましたが、私では買い物は出来ませんか?』
『十二歳を過ぎないと売ってくれないぞ。子供を犯罪に関与させないと云う建前だな。坊では無理だな。』
・・・そうか僕では物が買えないのか、其れは知らなかった・・・
『僕の様な、見た目、良家の子女でも駄目ですか?』
『ああ、良家の子女なら尚更だ。普通なら、侍女なり、お付きが買いに行くだろう・・・』
・・・ふーん、そう云うものか・・・
『あなた様は何を専門とされておるのですか?』
『俺は、木工師だな。最近は仕事が減っているから、取り合いでもあるな。まあ、やりたい仕事は、ほとんど無いけどな。』
『僕でも依頼はできますか?』
『・・・ああ、前払いと仕事の内容次第だな。』と男の人は僕を見たよ。
『内密の依頼はどうするのでしょうか?』
『うん、指定依頼だな。組合に内密と云う訳にはいかないぞ。どうしてもの時は、商会に頼むんだな。指定依頼で二割増し、商会直接で五割り増しだな。』
・・・それは良いことを聞いた・・・
『人形と作り物の馬が欲しいのです・・・何処か頼めるところ、知りませんか?』
僕は、一番気になっている事を聞いたよ。
『どの程度の造り物が必要だ?』男の人は、相変わらず食べているね。
『実物と同じ大きさで、動かせる物を・・・』
『からくり人形の類か?』
『はい。』
『俺のを譲ってやろうか。馬は十頭、人は二十体ある。金は有るのか?高いぞ・・・造るのに、時間が掛かっているからな。』と男の人が言ったよ。
『はい、金は大丈夫です。』
『商業組合には入っておられるのですか?』
『いや、作るのは俺の趣味だ。商売はしていないぞ。出来た物を譲るのは、工匠組合にも関わりは無いな。』
『今から見に来るか?』男の人は満足そうに僕に聞く。
丁度、男の人は食べ終わったようだね。
辺りは、日が落ちて、濃い紫色だね。
・・・この男の人なら大丈夫かな・・・
『是非、お見せ頂きたいです。』
『では、行くか・・・』
男の人は広場から、北に歩き出す。領都の北は、工区となっているんだよ。
歩いて半刻だよ。男の人はね、一つの門を入ったよ。広い敷地の中を、平屋に向って行くんだな。
『此処だ。』と男の人が言ったよ。
男の人は両開きの玄関の鍵を開け、扉を開けて、中に入って行ったよ。僕も男の人に続いて入って行くよ。
部屋に明かりが灯ったよ。
・・・なんと、なんと・・・貴族の馬車行進だ、実物と思えるね・・・
通路の左側、金銀黒、白赤青の馬鎧の派手な馬十頭。それらに曳かせる、赤青黄、緑紫白色の珠や石で飾った派手な馬車。その反対側、馬車を眺める、仮面姿の舞踏会さながらの、高価な衣装の男達、と派手なドレスの御婦人達。全てで二十体、今にも動きそうに飾ってある。
『どうだ坊?気に入ったのは有りそうか?着ている衣裳は、少々変わっているがな。』と男の人が聞いてくる。
『・・・はい。どれもこれも、真に見事な造り。選ぶのに困ります。どれでも宜しいのですか?』
『ああ、気に入った物を。好きなだけ譲ってやる。』
金版十枚で馬二頭、男一体、女一体、男の子一体を譲って貰ったよ。男の人は、亦来い、壊れたら無料で直してやる、と上機嫌で言ってくれたよ。馬も人形も、宙に仕舞ったよ。流石に男の人も驚いていたね。
・・・よかった・・・これで、僕一人で、出かけられるよ・・・
次の日に、ファンタンの店舗に行ってみたよ。売却予定の札が商業組合の名で貼ってある。暫く隠れて見ていたよ。
商業組合職員を連れた両親の親族と言っていた者達が現れたよ。店舗の札に苦情を述べている。更に、後見者を蔑ろにするのか、とも言っているね。
商業組合職員の反論する声が聞こえるよ。
『店舗の売却依頼は、商会から正式な依頼であり、書類も整っている。後見者と言われるが、その、後見される者は何処に居られるのかな?』
それだけ言うと、組合職員は行ってしまったね。
憤満遣る方ないと言わんばかりに、文句を言っていた一族の者達が歩きだす。
・・・皆揃って何処に行くのかな?追ってみるよ・・・
彼らはやがてパール商会の建物へと着くと、建物の中へ入って行く。
・・・ふーん、これはこれは、我が親族の方々は馬鹿なのかな・・・
パール商会を離れて、工区の外れに来たよ。工作所が並んでいる、その一軒に刀の模様が掲げられているね。
木工師の方から、教えて貰ったから、男と女の人形の武器や防具を買いに来たよ。
・・・ここも、商店ではないのかな?・・・
硝子の引き戸を開けて入ってみるよ。直ぐに受付の台だね。
『すいません。どなたかいませんか?木工師の方の紹介で来ましたが・・・』と僕は声を掛けるよ。
奥から、中年の方が出てきたよ。
『・・・呼んだのはお前さんか?』
『はい。木工師さんに言われたんです。人形の武具ならここで買えって。』と僕は言う。
『ああ、人形のか。ならいいぞ。こっちで見ろ。』と、奥へ入れてくれたよ。やはり、趣味なんだね。
奥の部屋の壁には武具が掛けてあり、手前に防具が並んでる。
『凄いですね。どれでも良いですか?』
『ああ、好きなのを譲ってやる。ただし、刃は付けていないぞ。でもな、持ちはよいぞ。』
『はい、勿論、刃はいりません。』
僕は赤の柄の偃月刀、長剣二本に短槍二本、鎧を三つ、金版十枚で譲って貰ったよ。
鎧はキンバリー用の赤一つ、右半分が白、左半分が黒のメアリー用。そして、子供用の銀色だよ。
主人は大層喜んでくれたよ。また来いって言ってくれたよ。
次には三件左隣の店に言ったよ。ここは衣装だね。やはり扉を開けて入ると。直ぐに受付だね。
その工房の主人は女性だよ。そこで、衣装を見せて貰ったよ。衣裳は金銀黒、青赤白が乱舞する舞踏会仕様だよ。驚いたのは馬の衣装も有ったんだ。
それと、内緒だけど、僕の衣装もあったんだよ。女性のご主人は、笑っていたが、何も言われなかったよ。それはとても有難いね。
金版十枚で色々買えたよ。ここのご主人も、大層喜んでくれたよ。僕も十分にお礼を言ったのさ。
それから、店の倉庫に言ったんだ。
売却の札は有るけれど、まだ、入れるんだよ。
そこで、まず女の人形に、偃月刀を握らせて、動かしてみたよ。突き、払い、上げ、下げ、返しに振り回し。
うまく、動かせたよ。
馬を馬車にも繋いで、引いてみたりしたんだ。
男の人形を御者台に乗せて、馬を操ってみたりもしたよ。直ぐに慣れたよ。
僕はね、男の人形に、キンバリー、女の人形にメアリーと名前を付けたよ。身分証も必要だからね。商会のが使えるからよ。
これなら僕でも旅が出来るよね。旅立つ支度が済んだよ。
・・・良かった、良かった、これから頑張るよ・・・
二話 完




