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二十八話 母さんが来たよ

目が覚めたのは夜中だね。応接間に行ったよ。父さんはいなかったけど、姉さんがいたよ。驚いたね。


長卓の上に簡単な食事があるよ。それを見たら、お腹がとても空いている事に気づいたよ。

姉さんが、僕を見て言ってくれるよ。

『この食事は坊の分よ。だから食べていいのよ』って。

『姉さん、吃驚したよ、どうしたの?』って、食べながら訊いたよ。


『うん、皆で広場に戻って、食事を食べて貰ってたのよ。で皆が食べ終った頃に、宿に戻ろうとしたの。そしたら、パレス館の人が声をかけてきてね。ファンタン様からのご伝言ですと言われたわ。

息子は疲れて眠ってしまったので、息子の代わりに話をしなければいけないが、息子は私より優れている。だから、息子が何を言いたいか、間違えるかも知れない。故に、大変に申し訳ないが、警護の傍ら、側にいて貰えると嬉しい。私はまだ手が放せないので、言伝で失礼した。勿論、私も息子も、あなたを雇用させて頂く事を望んでいる。セルロイ・ウォーター・ファンタン、と言われて、ここにいるの。』と、少し、はにかんで言われたよ。


僕は、さすが父さんだね、僕の気持ちを汲んでくれるよね、って思ったよ

『では、僕たちと一緒にいてくれるの?』

『ええ、組合には出れないからね。雇って貰えると聞いた時は嬉しかったわ。坊はそう言ってくれたけど・・・坊と当主は違うから、当てには出来ないと思っていたから、でもセルロイ様の話を聞いて、この親子は心が通じていると思ったら益々雇って貰いたくなって。来たのよ。』


姉さんは、イレーネって言うんだって、二十六歳だって言ったよ。鎧は男用しか持っていないから、楽な衣装にしているんだって。

楽過ぎると思うけど。気にしないんだね。


『そう、良かったよ。そうだ寝る前に風呂に入らないと・・・』と立ち上がったよ。

『一緒に入って、洗ってあげてもいい?』と真面目な顔で言うよ。

『いいけど、母さんとしか入ったことないんだ。母さんに怒られないかな・・・』と、ちょっと心配な顔になったよ。

『坊は五歳でしょ。私は二十六だから大丈夫よ。』


僕は五歳だから一人だと、上手く洗えないんだ。

だから、姉さんが綺麗に、洗ってくれて、満足だよ。また洗ってくれるといいな。姉さんも僕が湯船で溺れないように膝に乗せてくれて、嬉しそうだね。

子供はいないと言っていたけど、生んだことはあるのかな。


朝になったよ。

父さんは一度戻ってきて少し寝ていたね。でも、朝にはいなかったよ。領主が変わるっていう事は大変なんだね。


僕とイレーネは朝食を待っているよ。イレーネは一般的な護衛者の服装だね。扉の開く音がしたよ。声が掛からないね。イレーネは剣を掴んでいるよ。扉ににじり寄っていくよ。


『グレン、母さんよ。元気?』と声がして扉が開いたよ。

『母さん、何でこんなに早いの?吃驚したよ。』と、僕は母さんに抱きついたよ。


母さんが僕を抱き上げて、話してくれるよ。

『ジョン爺に行って、船を出して貰ったわ。一大事だから、遅れる訳にいかないのよ。とても早く着いたわ。これもグレンのお陰よ。それと、馬車も、夜走れるように、明りをたくさんつけてもらったの。』

『父さんには会ったの?』

『ええ、会って来たわ。少し、話したわよ。』


母さんはイレーネをじっと見ているよ。イレーネは目を伏せているよ。

『グレン、あの人にお風呂で体を洗ってもらったの?』と、母さんが僕を見たよ。

『うん。二十六歳だから、大丈夫って教えてくれたよ。』

『ええ、良かったわね。』と母さんが微笑むよ。

『これから、あの人が乳母になってくれるのよ。』

『えっ、乳母って?』

『グレンの側に居て、母さんの代わりにグレンを守ってくれる人よ。メアリーでは無理でしょう。乳母は母さんの代わりに乳を飲ませてもくれるのよ。今のグレンは飲まないけどね。でも、吸ったり、触れたりしていいのよ。勿論、母さんのもね。グレンは恥ずかしがって母さんの乳を触ったりしないけど、普通の子供はするものよ。だって母さんだからね。安心するし、落ち着くの。それは、母さんも乳母も一緒よ。忘れないでね。』と母さんが、頬ずりしてくれるよ。

母さんの言ってくれた事は大切な事だって気がしたよ。とてもうれしかったから。


『今も、イルマンでいいのかしら?』と母さんが言うよ。

イレーネが驚いているよ。

僕は母さんにそっと言うよ。

『イレーネだよ。』

『そう。イレーネって言うのね。元気そうで何よりよ。心配してたのよ。あの三人と一緒にいても碌な事にならないってね。』

『えっ、母さんは知ってたのイレーネが女の人だって?まして変装していたのによく分かったね。』

『当然でしょう。一年のうち、四か月は一緒なのよ。仕草とか表情とか、口に入れてるとか。でも目と鼻それに耳は変わっていないわ。』

更に驚いているよ。イレーネは。


『あの三人は気がつかないでしょうけど。あの三人だけなら頼んでいないわ。いくら紹介でもね。イレーネがいたから頼んだのよ。剣の腕ならイレーネ一人で十分なのよ。三人はイレーネを連れてきた礼の代わりよね。もしくはイレーネに対する撒き餌ね。』

『撒き餌って?』と、僕は訊いたよ。

『グレンだって、あっちこっちでお金や物をばら巻いているでしょ。でも、一切、無駄なお金になっていないわ。その人たちは、喜んでグレンの頼みを聞いてくれるでしょ。商人として当然よね。』

『そうかな?』

『そうよ。グレンのお陰で細工師の人々も来たしね。』と、母さんが片目をつぶるよ。

『イレーネ、来てくれてありがとう。たすかるわ。それとグレンに子供らしさを教えてあげてね。私は、少し忙しくなるからお願いね。』

『こちらこそご夫人、ありがとう御座います。』なんだか泣きそうだねイレーネは。

『夫人は駄目よ。グレースでいいわ。』


母さんは僕を下ろすと言ったよ。

『ごめんねグレン、母さん行くわ。父さんが待ってるから、それと今日のお風呂は母さんとよ。待っててね。』

『うん、母さん』

母さんは、二人に手を振ると、部屋から出て行ったよ。


イレーネはまた暫く泣いていたよ。だから、イレーネに後からくっついてあげていたよ。


昼食は部屋で食べたよ。

それから、馬車を借りて出たよ。馬車は、ロザリーの家の庭に止めさせて貰ったよ。

僕はイレーネと手を繋いで歩いているよ。

『イレーネ。僕はね、いつも一人で歩いていてね、こうして手を繋いで歩くのはとても嬉しいよ。イレーネの左手は柔らかくて暖かいね。』

『そうなの・・・』と、イレーネの声が、途中で止まったね。

『うん、母さんは愛してくれるけど、忙しいからね。』

『それにね。僕は母さんより年の上の女の人が怖いんだ。昔、乳母かな侍女かな、わからないけど、生れて、目が見えるようになった頃にね、その人に、鬼の子って言われて、暫く叩かれていたんだ。だから、今でもそんな人が怖いんだ。でも、イレーネは大丈夫だよ。』と話しながら歩いたよ。

『坊・・・苦労しているのね・・・』と、吃驚した顔で僕を見るよ。


ニックの家の近くに来たよ。

ニックの入口が見える、他の人の家の玄関を、黙って借りたよ。

ここなら見られないでいられるかな。

『あそこだよ。シンドリーさんの昔の家だよ。不思議なんだ。人の出入が多いんだ。普通の民家とは思えないんだよ。僕は子供だから、知り合いがいないから、イレーネなら、見覚えのある人がいるかなって思ったんだ。』


『坊は、いつもこんな事をしているの?』と、イレーネが怖い顔で言うよ。

『友達と、遊べていた時は何も起こらなかったからね。父さん母さんが帰って来なくなってだよ。僕は一人だよ。まず、父さん母さんの消息を確かめなければいけなかったからね。

それには、自分が何をしなければいけないか、その中で、最初にやらなければいけない事は何か、次に、何故こうなるか、そして誰が得をするか、を考え始めたよ。だって、待っていても、誰も解決してくれないからね。』

『坊、それはそうだけど、子供のすることでは無いわ。悲しいわ。』と、イレーネは目を見張ったまま言うよ。


『でも、仕方ないんだよ。僕は鬼っ子たから、父さん母さんが元気でないと僕は鬼になってしまうからね。』と、言ったよ。

イレーネは、僕の言った事が分からないようだね。首を傾げているよ。


『で、ここでは、どの様な人達が集まったり、出たりしているか、だよね。イレーネ、見ていてね。クックックッ』と、笑いが出たよ。

変わらず出入りが多いよ。男の人も、女の人もねえ。一刻程いたよ。三人一緒で五組の出入りだね。十分に見たから、バレス館に引き上げることにしたよ。


帰る馬車の中で、イレーネは黙っていたよ。僕はイレーネを見たよ。でも何も言わないね。ソレは困ったね。何故、何も言わないのかな。


パレス館に戻って、部屋に入ったよ。

僕は応接間の真ん中の椅子に座ったよ。

イレーネは入口の壁際の椅子に座るよ。目を伏せたまま何か考えているね。

イレーネは何も言わないね。


『イレーネ、はっきり言っておくよ。此処に居るつもりなら、僕に隠し事は駄目だよ。相手は大きいからね。一人で何とかしようなんて無理だし、邪魔になるよ。それに迷惑だからね。ウォーターやファンタンだけでも駄目なんだ。多くの領主の協力もいるんだよ。』と、僕はイレーネをじっと見たよ。


『坊。しかしこれは私の・・・』とイレーネがいい掛けたよ。

『イレーネ、僕は見た目は子供だよ。しかし、頭は大人なんだよ。父さんも母さんもそれは知っているよ。だから、僕に、子供らしさ教えるようにって言ったけど、子供扱いすると言う事ではないよ。』

イレーネは驚いているけど、何も言わないね。仕方ないね。


『イレーネ、僕の能力を見せるよ。』

僕はメアリーを出したよ。

イレーネが目を見開いたままメアリーを見ているよ。

僕は、メアリーに偃月刀を握らせると、ゆっくりと片手で回させたよ。それから、軽く、イレーネに打ち掛からせて見たよ。イレーネが慌てて剣の鞘で弾くよ。


『グレン、室内で振らせるのは良くないよ。』と、父さんの声が聞こえるよ。

父さんが、扉を開けて部屋に入ってきたよ。

僕は、慌てて、メアリーを仕舞ったよ。

『父さん、手が空いたの?』と、僕は訊くよ。

『うん、母さんが来てくれたからね。母さんもひとまず、夕方には手配が終わるって。だからグレンの様子を見に来たんだよ。少し険悪だね。どうかしたかい?』と、父さんが、穏やかに僕とイレーネを見たよ。

イレーネは剣を掴んだまま、呆然としているね。


『父さん、イレーネの仲間の三人は衛士だよね。それから僕を襲おうとした人達も衛士だよね。そして、シンドリーさんのもと家も、衛士の家だよね。』

『そうだね。だから、シンドリーさんはどちらか分からないと云うことだね。』


『うん、それで、今日イレーネを連れて、シンドリーさんの家に出入りする者を見に行ったんだ。で、イレーネにも見て貰っていたんだよ。でも、イレーネは僕に言わないんだ。母さんは、イレーネは乳母だからって。それで僕に子供らしさ教えてやってって言ったんだ。多分、僕の事を普通の子供だと思っているみたいだから、僕の能力を見せたんだ。

父さん、父さんも、あの赤い目をみたよね。僕は、ああは成りたくはないんだ。皇太子は、まだ収まって居ないよ。きっと、邪魔になる、カンジナビアを打ちに行くよ。分かるでしょ。赤い目は憎悪と怨み、復讐の目なんだよ。だから、僕は父さん母さんを害する者を止めないと、ああなってしまうのは分かっているんだよ。だから、僕の邪魔・・・』


『グレン。それ以上言ってはいけないよ。』と、僕の話しを遮るよ。

『グレン、言葉は剣であり、力だよ。言い方に気をつけないと駄目だよ。』と、父さんが怖い顔で言ったよ。

『・・・分かったよ。父さん、気を付けるね。』と、僕は下を向いたよ。父さんの言いたい事が分かったから。

『じゃあ、父さんがイレーネと話しをするよ。』と、何時もの、穏やかな父さんに戻って言ったよ。


二十八話 完



 

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