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二十五話 石碑を見たよ

僕と父さんは、父さんの生れ地ションデ・ブリの、その生れ家、今では組合本部の会議室にいるよ。

半円形の外側に向かうに従い高くなっているよ。その正面に居る僕たちは皆から見降ろされているんだね。初めてだから、吃驚したし、とても恥ずかしいね。


僕たちが来た時は、十ある支部の、全体会議の最中だったんだって。発言は支部長だけど、参加は十五以上なら誰でも出来るんだって。だから、たくさんの人がいるんだね。


会場の職員らしき人々が、とても立派な飾りのある椅子を二つ持って来て、置いていかれたよ。他の椅子とは、いかにもって感じで違うんだけど。


父さんより、三十歳は上に見える、肩までの白髪で顔に深い皺の刻まれた方が、随分離れた所から言われるよ。

『セルロイ様、この様な場所で見下ろす形になり、誠に申し訳御座いません。』

『大丈夫ですよ。皆さんに会えてとても嬉しいですよ。そうだ、折角お会い出来たのだから、一人一人にご挨拶したいな。ボルゾフさん、いいかな。グレンも。』

と、父さんが言うよ。

『うん。』と、僕は言ったよ。

・・・うん?ボルゾフさんが絶句しているけど、どうしてかな・・・


『畏れおお御座います。』

『セルロイ様・・・』

『もったいない・・・』

『その様な・・・』

・・・もったいないって・・・

不思議な声があがるよ。

父さんは立ち上がると、僕を見て微笑んだよ。そして歩き始めるよ。僕も慌てて、立ち上がって父さんの後を追うよ。


父さんは手前の方から声を掛けていくよ。

父さんは、人の名前を忘れていないんだね。

しっかり、その人の名前を呼ぶんだよ。そして、僕を紹介し、その人に合った話をするんだよ。誰それは元気か、とか、誰それにアメリアで会ったら、話をしておくよ、とかね。

すると、相手の人は、知って頂いているって本当に嬉しそうに、応じられるんだよ。

そんな父さんは凄いよね。

僕は、初めまして、か、こんにちは、しか言えなかったよ。


最後に、回りに立っている職員の方々と挨拶をしたよ。皆、若いよね。それでも、父さんは名前を呼んで、その人に合った話をしたよ。

やはり、その若い人たちも喜んでくれていたね。

父さんと僕は、挨拶も済んで、壇の椅子に戻ったよ。


後で、父さんは、よく人の名前を覚えていられるね、って聞いたら、二十年近く、傍に居てくれた人たちとその家族だよ、忘れる筈ないからね、だって。


『セルロイ様、今我らはアメリアに入る事が出来ませぬ。アメリアの門の衛士が、アメリアへ入るには、教会への入信が条件だと言うのです。勿論、誰一人、仕方がないから入信すると申す者はおりません。しかし、アメリアに入らねば必要な物資が手に入りませぬ。そこで、大変に、心苦しいのですが、フーリンゲンまで使者を出し、セルロイ様に・・・』

とボルゾフさんの声が途中で小さくなり、消えるよ。

何だか、とても心苦しそうだよ。参加者の方も下を向いておられるね。父さんに頼むのがいけないと思われているのかな?


『ボルゾフさん、それに皆様、私セルロイは、ファンタンになったとは言え、それは、私個人の我が儘なのです。ウォーターである事に変わりありませんよ。ですから、頼って頂くのに躊躇は要りません。ご遠慮なしでお願いしますよ。出来る事であれば喜んでさせて頂きますから。』

と、父さんが微笑んで言うよ。

『ふー。』と、声が聞こえるよ。

父さんの言葉を聞いた皆様が、ほっとされたのがわかったよ。

さらに深く頭を下げられ、感謝の言葉を述べらているよ。


・・・父さん、さっきから益々、拝まれているよ・・・そうか、この地域では、父さんは拝まれるんだね。父さんが信仰の対象だと言うのが、やっと、分かったよ・・・


僕は、父さんの顔を目をぱちくりしながら見たよ。

それを見た父さんが僕の頭を撫でながら、小さな声で言ったよ。

『母さんには内緒だよ』って。


『で、今至急に必要な物は有りますか?』

と、父さん。

『セルロイ様、不足しておりますのは、塩と肥料なのです。』と、言われたよ。

『塩と肥料か・・・確かに塩漬けで、大量に使うからね。』

と、父さんが僕を見るよ。

『父さん。塩は何れくらいいるの?』

と、僕は訊くよ。

父さんはボルゾフさんを見るよ。

ボルゾフさんが答えるよ。

『はい。塩は通常品で、大袋でニ百、肥料も当面分で袋でニ百程・・・』

父さんが、また僕を見るよ。

『塩はヤーパン製で三十、肥料は三百、母さんに持たされたよ。』

『うん、さすがに母さんだな。助かるよ。』

と、父さんが微笑みながら、僕の頭を、また撫でてくれたよ。


皆で、ぞろぞろ倉庫にいったよ。キンバリーも馬車から下りて来させたよ。一緒だよ。

で、僕は、大袋の塩と肥料の袋をキンバリーが出したように操作したよ。袋が、次々に積み上がっていくよ。

それを見ていた方々は声が無かったよ。

荷を出し終わると、見ていた皆様が合掌しながら、礼をされていたよ。


で、塩と肥料の替りに小麦を貰ったよ。これも母さんの指示だよ。それを聞いて、父さん、さすが母さんだねって、感心していたよ。

僕も、さすが母さん商売人だね、って思ったよ。


『これから、アメリアへ行って、その事情を確認してきますよ。大丈夫です。衛士が二度とその様な事を言わないように、アシリアの領主に申し上げてきますから。誓約を忘れているのですね。』と、父さんはその場の皆様に伝えているよ。


僕は、アメリアに行く道に馬車を出したよ。更に、多くの人が増えて見送ってくれたよ。勿論、深いお辞儀と合掌でね。

僕は父さんを見たけど、父さんは僕と視線を合わせず、真面目な顔をしていたよ。

・・・父さん、拝まれるのが、嫌なんだね。僕も、拝まれたら逃げるよ・・・


『父さん、僕たちは、アメリアに入れるのかな?』

『どうだろうね。行ってみれば分かるけどね。うん?ファンタンの旗はあるかな?ファンタンの旗を掲げれば入れてくれると思うよ。』と、父さんが言うよ。


馬車がアメリアの街の門に近づいて行くよ。門の回りに多くの衛士さんが配置されているね。

御者台にはキンバリーを座らせているよ。

『うん、では、あそこで止めようか。』って、父さんが言うよ。

『うん、わかった。』


馬車を進めていくよ。衛士の方々が前で遮ったよ。で、馬車を止めたよ。

『おい、お前らは、誰だ?』と衛士の一人が言うよ。

『信徒の証を見せろ。』別の衛士さんが言うよ。


『うん?・・・あなたこそ、何故止められる?信徒の証とは何かな?誰の指示かな?』と父さんが返すよ。

周りにいた衛士の方々がファンタンの旗を見て、馬車の色取りを見たよ。

それに気がつかれた方々は顔色を変えたね。

でも止めた方々は気付かないよ。


『おい、降りて此方にこい。そこの坊主もだ。』

『お、おい止せ。』

『そうだ、構うな。通せ。』

小声で言っているのが聞こえるよ。

『何言ってるんだ、咎められるのは俺達たぞ。』

『信徒でもない者を入れるな。』

『いいんだ、通せ!』と、別の衛士の方が怒ったよ。


『私はセルロイ・ウォーター・ファンタンです。今から広場に向かう。あなたたちが咎められるのであれば、あなたたちに指示した者、またアシリア家の者に来るように言ってくれるかな。誓約は、死んでいないよ、と言っていたとね。』

『グレン、行こうか。』と、父さんが僕を見て、笑ったね。

『うん、父さん。』


馬車の前を遮っていた者達が、嫌々、横に開けたよ。

その人たちの顔が悔しそうに歪んでいるね。

僕は、馬車を広場に向けて進めたよ。広場は閑散としているね。広場の端、父さんの指示する場所に馬車を停めたよ。


その少し離れた所に人の大人の幅で倍の高さの四角柱の石碑があるね。

父さんは石碑を見て、溜め息を吐いたよ。

僕は、初めて、石碑があるのに気が付いたよ。

・・・在ったかな・・・


使われていない文字が書かれているよ。その上には家紋だね。四面すべて同じだね。

僕がその石碑を見ていると、それに父さんが言ったよ。

『グレンは読めるかい?』

『うん、・・・この地は、誓約の下にある限り、彼の者及び彼の者の血を受け継ぐ者が治める事をよしとする・・・かな。』

『・・・よく読めたね・・・』

と、父さんの顔が驚いているよ。

『古代表意文字だよね。家にある難しい書物の中の一部を読む為に勉強したんだよ。』

『そ、そうなんだ・・・』

『あの石碑の一番上の家紋はアシリア家のだよね。』

『ああ、そうだよ。』

と、父さんの顔が厳しくなったよ。


『父さんこれからどうするの?』

『アシリアの当主が来るのを待つよ。』

と、父さんは静かに言ったよ。


広場に馬車を置いて一日たったよ。広場に少し人が集まって来ているね。

その間に、父さんは何人かの人と話をしていたね。

・・・何をしているんだろう


父さんと、夕食を食べに屋台に行ったよ。屋台の数も随分と減っているよ。街中では、教徒が見回っていて、一般の人といざこざが起きているって。寄った屋台の人が心配していたね。

でもね、噂が広まったんだって、この街の教徒は誓約を守るから住んでいられる、もし誓約を破れば、唯一住んでいられるこの地を追われ、二十家の何処にも居られる場所はない、と。すると、ぴたりと騒ぎが止んだって、屋台の人が驚いていたよ。


日が一日過ぎて、昼近くなったね。

もう屋台に行けないね。広場に人がどんどん集まって来ているよ。まるでアメリアの全ての人のように思えるくらいだよ。

衛士の一団が人を掻き分け馬車に向かってくると、馬車を取り巻いたよ。その一団の衛士達は馬車に背を向け立っているね。

『父さん・・・』

と僕。

『グレン、怖いかい?』と、父さんが訊くよ。

『うん、人が集まると、何が起こるかわからないから、とても怖いよ。』

『うん、それは普通だからね。でも父さんがいるから大丈夫だからね。』

と、父さんが、微笑んでくれたよ。


父さんは、広場や通りに集まっている人の様子を見て、

『父さんは、馬車の上から皆に話し掛けるから、隠れているんだよ。』と

、言ったよ。

僕はびっくりしたね。

父さんは馬車の屋根に上がると話し始めたよ。

『皆さん、私はセルロイ・ウォーター・ファンタンです。少し、話を聞いて頂けますか・・・』

広場や通りのざわついていた人々が、拍手を下されたよ。そして静かになったよ。


『ありがとう。では、話をさせて頂きます。。今、アメリアの街は半年前に比べ、変わってしまった事はご存じだと思います。

私は先祖返りの能力を頂いております。それは先祖の記憶を保持しているに過ぎないのですが。しかし、単なる言い伝えであるか、事実の伝承であるかは判断は出来ます。また、この能力をお持ちの方が多数おられる事は存じております。その方々も血の誓約は事実の伝承である事をお認めでありましょう。

この地を含め、二十家の地には千年の昔より、誓約が結ばれ、その力が今でも続いております。その事はアシリア家を含め二十家が、誓約の下にその地を領有している事を承知されている筈です。


かの二百年前、モティの地はムトールの地でありました。ムトール家の当主は誓約を忘れ、執政をムトールのご夫人が摂られていたようです。特に、失政があった訳ではありませんでした。それでも誓約の下にはありません。その状態は三ヶ月、石碑が現れ、家紋がモティ家に変わったと伝えられております。その地の領有はモティ家に移り、石碑は姿を隠しました。つまり、この街の誓約が破られた事が、この表われた石碑で、事実となった事をお伝えせねばなりません。そして、ここに居られる方々はその事実を確認される事となりましょう。この石碑の家紋をご覧になっておいて下さい。』


領主の屋敷の方向が騒がしいよ。

皆も領主の屋敷の方を見ているね。

人を掻き分け、広場に誰かが来るよ。

教徒の服なのかな。剣を下げた一団がアシリア様と一緒に来るよ。

アシリア様とその一団は馬車に相対する位置、広場の真向かいに陣取ったよ。


『ウォーターか、ファンタンか、知らぬが、他の民を扇動し、この地が欲しいのか、この地は儂の地だ。お前ごときに、とやかく言われる筋合いでないわ。香辛料も塩も、お前のは要らん、必要ないわ。。これからは全て儂が好きなようにする。さっさと去れ。さもないと、科人として引っ立てるぞ。』


・・・どうしたのかな?すっかり顔つきが変わられているよ・・・






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