二十四話 父さんの能力知ったよ
僕と父さんは馬車でアメリアに向かっているよ。
馬車は濃い青色が左下から右上斜め半分上に。左下から右半分の中間の位置斜めに、上が黄色、下が茶色の馬車なんだよ。ウォーター家の色なんだって。だから、馬鎧も青と金を着せたよ。
父さんが言うには、今回はどうしてもウォーターに戻らないといけないんだって。
だから、父さんは馬車の色を塗り終わると一人で行こうとしたんだ。
でもね、母さんからね、母さんもウォーターだし、グレンもウォーターだから、今回、母さんは一緒には行けないけど、グレンには将来、必要かも知れないから一緒に行動すべきだって、強く言われたんだって。
実はね、出発する前に、母さんが、父さんには内緒で、荷を念の為に持って行きなさい、と僕に言ったんだ。
それからね、
『父さんを守ってね』って。
僕は、何から父さんを守るのか分からなかったけど、
『任せておいて。』
と、母さんに笑ったんだ。
母さんは、僕を抱き締めてくれたね。
馬車は僕の馬が曳いているから、街で止まる事なく進んで行くよ。早いよ、八日掛かる所を四日で着くよ。
馬車がフーリンゲンを出て直ぐに、
『グレンには話しておかないとね。』と、父さんは言ったよ。
『父さんの能力はね、先祖返りという能力でね、ご先祖様の記憶を父さんが持っているという事なんだ。ただそれだけで、グレンのように、幼い頃から賢い訳でもなく、普通の子供だったんだよ。その能力も、十歳頃に始めて気が付いたというか、表われたんだね。
それで、父さんに訊いたんだ。そしたら、父さんがそれはウォーター家にとっては一代空いて出て来る能力だから、気にするな、と言われたよ。当然、父さんのお祖父さんも持っていたんだって。だから、グレンの子供にも表れると思うよ。』
と、仕方なさそうに、笑ったね。
『グレンは二十家の地域が、昔、レンティア王国一つであった、というのは知っているかい?』
『うん。古い本に書いてあったよ。一千年程前までは古代レンティア王国と呼ばれた国があって、皆、仲良く暮らしていたって。』
『うん。そうだね。よく知っているね。でもね、その最後の時には古代レンティア王国は二つに割れて争っていたんだ。そして父さんの記憶もその頃から始まるんだよ。その戦いはレンティア王妃と父さんの祖先の側が勝ったんだけどね。当時のレンティア王妃が戦で多くの民が死んだ事で、広大な地域を治めるのを止めてしまってね。今のレンティア家の地だけを保持して、それぞれの地を分け与えてしまったんだよ。その代わり、その地域に誓約を掛けたんだ。無辜の民の命を散らさない他、いくつかの誓約をさせてね。その誓約はとても重くてね。子々孫々まで伝わっていく、血の誓約と謂われているんだ。』
『だから、この二十家の地は誓約の地と呼ばれているよ。そして、二十家の一つでありながら、王妃の地を尊敬を込めてレンティア王国と呼ぶし、唯一、王妃と呼ばれるのは、それが所以だよ。因みに、レンティア家は女系相続が、その王妃から始まったんだよ。』
『父さんの先祖は、その時にアシリアの他に北のカルロス、オクト、ジュント、サバの五地域の領主を与えられたんだ。その地に、ご先祖様が、多くの土地を持っていたからね。でもね、その土地々は荒れてしまっていてね。生活するには、なかなか難しかったんだ。だから、そのご先祖様の数代後の方がねカルロスの地をカルロスに譲られたんだ。しかし、それはあくまでも政の部分でね。土地については、多くの人を使って開墾したり、作物を植えて、収穫して、人々の生活を作られたんだよ。そして、軌道に乗ると、その土地を、そこで働いている人々に分けてしまわれたんだよ。
同じ事を数代後のご先祖様がジュントで、更にその数代後のご先祖様が、オクトでなさったんだ。サバに関しては譲り方が違うんだ。レンティア王妃から譲られたご先祖様が直ぐに、サバに譲ってしまわれたんだ。そして最後はアシリアだね。アシリアの地は他の地域より豊かだったから、後になったけどね。アシリアに譲った後に、父さんが、ご先祖様を真似て、皆に分けたんだ。それも、先祖返りの能力があったから出来たんだけどね。』
『父さんのご先祖の姓は、元々、アスタロトという名だったんだよ。でもね、この名前が気に入らなかったのか、アシリアを譲ったご先祖様がウォーターに変えられたんだよ。作物にはウォーターが必要だからって。何だろね。』
・・・アスタロトだったなんて、怖いぞ・・・
『で、父さんが住んでいた地はね、そのご先祖様がションデ・ブリと名付けられたんだよ。で、今そこに向かっているんだ。』
・・・そうなの、変わった名だね、意味はあるのかな・・・
『それで、何故父さんがションデ・ブリに向かっているかというと、少し、気懸かりな事がアメリアで起こっていてね。それがションデ・ブリにまで来ていないか心配なんだよ。何せ、ションデ・ブリに対する父さんの責任は、消えた訳じゃないからね。』
『父さん、母さんが前に言っていだけど、教会信徒はサバとアシリアにしか居ないって。それは何故なの?』
『ああ、それはね、もともと古代レンティア王国には教会そのものが無かったんだよ。それが、千年前の戦いで、宗教国と戦ったのが原因なんだよ。』
『千年前の戦いは国の中が二つに割れてと言ったけど、当時、セラッソ帝国、今のササビー帝国の辺りに存在してたんだ。それが、今のハロルド家の地域に侵入してきたんだよ。そして、最初は劣勢でね。モティ、ケイロスとカンターの一部、タイラン、ベネッタまで占領されてしまったんだよ。それを見て、モルドレンより南を管轄していた総督が反乱を起こしたんだ。でも、準備が整えぱ、レンティア王国は強かったから、直ぐに、セラッソ帝国をもともとの国境外に追い払ったんだ。で総督の討伐に向かおうとした時だよ。
セラッソ帝国の北東には、宗教国ギルカンというのがあってね。もともと、もっと東に有った国なんだけどね。いつからか、正教会という宗教の指導者が国の指導者になったんだよ。でもね、その数代後の指導者が自分の力を強める為に、他の神様は偽物だって言い出してね。他の地域に布教をはじめるし、別の神様を祀る人々を責めたりしたんだよ。それで、周りの国から嫌われて、追われて、西に流れて来ていたんだよ。
で、争っている西の地域を見て、良い機会と今のサバとその東地域を治めていた、当時の大公領に侵入してきたんだ。なかなか正教会の信徒は精強でね。アシリアの一部まで抑えられてしまったんだよ。』
『それでも、ご先祖様達が、頑張ってその地域を取り返し、更に、ギルカンを滅ぼしたんだ。でもね、信徒をすべて殲滅する訳にはいかないからね。それで、正教会との連携はしない、布教はしないという条件で、住む事を認めたんだ。その地がサバとアシリアなんだよ。でサバの地に本部を認め、新しい教会としたんだ。』
『大公領の西の部分はその大公が正教会を認めて、レンティア王国から離れたんだ。因みに、今のカンジナビア大公国はその大公とは別の一族なんだ。で、その大公国を滅ぼして大きく成ったんだよ。でも正教会は、北方正教会としてカンジナビアの中に残ったんだね。』
『へえー、そうなんだ。』と、僕。
『父さんの家は教会信徒ではないけど、先祖代々、教会に寄付はしていたよ。教会の事を知らないと、何も言えないからね。』
『ギルカンを滅ぼしたご先祖様に始まり、代々のご先祖様は、新しい神宝教会を観察していたんだよね。神様はともかく、集まる人々は、直ぐに派閥を作り、派閥も色々あるんだって、その中で上下関係を作るんだよ。神様が一つだから、その教会の全ての基準が、信仰の深さになるから、狂信的に成り、排他的にもなったんだって。また派閥間の争いやその上下の争いも激しくて、教義もその時々の上の者の考えで変わったって。』
『それを知っていたのかどうかは分からないけど、カルロスの地域を譲ったご先祖様は、自分の農地に、豊穣の神クシと食物の神ウケを祀られてね。祈る事を教えられたんだよ。その一つだけの祈りの文言は、災がこの地に来ませんように、だってさ。不思議だよね。
災いは来ない事が多いから、感謝に繋がる事だろうと考えてね。祈る事は感謝に繋がり、祈りの文言は皆との連帯に繋がり、多くの神様が同居される事は、寛容に繋がる、という事を望んだんだね。少しでも争いを考えない地にしたいって。
その後も道の神ドウ、風の神マタとかを祀ったんだ。それは、ジュント、オクト、アシリアも同じだよ。』
『それと、ご先祖様は神様は祀ったけど、神様のみに関わる人々を置か無かったんだ。神宝教会を見ていたからね。で、皆が、自主的にお世話する形にしたんだよ。』
・・・凄いね、このご先祖様は・・・よく考えられたんだね・・・
『父さんは、ションデ・ブリから離れ、ウォーターも変えるつもりだったから、教会とはもういいかなって、縁を切ったんだ。
千年の記憶で、神様は、実際には人とは関わらないものだと知っているからね。もし、関わっていたとしても、人には分からないんだよ。なのに、神様が望んでいるとか言われると、本当は、あなた方教会の人達が望んでいる事ですよね、って思えてしまうよね。』
・・・父さん、千年の記憶って凄いんだね・・・
『昔も、色々と複雑なんだね。今回の騒動も複雑だけどね・・・でも父さん凄いね。昔の事が覚えていられるなんて、生き字引きだよ。僕の場合はたまに浮かぶだけだから、役に立た無いんだ。』
『そうなのかい。グレンも父さんと同じだと思っていたよ。』と、父さんが僕をみて微笑んだよ。
『騒動か・・・人は普段の時には本性を隠しているけど、騒動の時に本性が出てしまう人々がいるんだろうね。だから、簡単な事が、複雑になってしまうんだね・・・』
と、父さんが呟いて考え始めたよ。
街道を、アメリアの手前で右に逸れたよ。
暫く進んだよ。
農地が広がっているのか見えるよ。今は、収穫が終った後なんだね。遠くまで見渡せるよ。とても広いんだね。
空と大地と作物・・・
『父さん。驚いたよ。争いなんて思い浮かばないほど、美しいよね。小麦とか、お米の収穫前だったら、きっと、馬車と同じ色だね。』
『あはは、分かったかい。父さんの家の紋はこの風景なんだよ。』
『それって凄いね。本当に作物を大事にしていたんだね。』
『だね・・・』
『父さんの御祖父さんも、父さんのお父さんも皆と一緒になって、土を耕し、種を植え、肥料や水をやり、そして収穫していたんだ。勿論、父さんもしたよ。』
と、父さんは嬉しそうに話すよ。
僕はそんな嬉しそうな父さんを見て思ったよ。
・・・何で父さんは、農業から離れてしまったんだろう。皆に土地を分けても、自分の分を持っていても、良かったのでなないのかな・・
『遠くに、家屋が見えるかい?あそこが父さんの生まれた所だよ。』
『随分遠くだけど、何となく見えるよ。』
集落に着いたよ。庭のある家が綺麗に並んでいるよ。道も整理されていて真っすぐだね。
道を進むよ。広場に出たよ。傍らに広い敷地の大きな建物が見えるよ。中央が少し高いんだね
『あの建物で父さんが生まれたんだよ。』
と、父さんは懐かしく見ているね。
一度で建てたと言うより、大きな家を、何度も何度も追加したような、屋根の高さが同じでない、変わった形の建物だね。
馬車を入口の脇に停めて、父さんと中に入ったよ。
玄関らしき部屋の次の部屋は広いね。中には、太い丸い柱が均等に五本、五角形の辺の位置ように天井まで伸びてるね。その柱を背凭れに、座れる台座が設置してあるよ。
柱の向こう側の壁際に受付があって、そこにいる若い女性が声を掛けてくれたよ。
『何か、御用でございますか?』
『組合長にお会いしたいのだけれど、セルロイが来たとお伝え願えるかな。』
と、父さんが話したよ。
女の子は、父さんの顔を見ると、慌てて、下を向いて、そのままの姿勢で、奥の通路へ行ってしまったよ。
『父さん、随分慌てていたね。どうしたのかな?』
『うん、どうしたんだろうね。』
と、父さんは苦笑いするよ。
奥が騒がしいよ。奥の扉が開いたよ。人が次々に出て来るよ。入口に、皆が綺麗に並んだよ。随分と人がいるね。下を向いている人が多いよ。
『ボルゾフさん、皆さん、ご無沙汰しております。お元気でしたか?』
と父さんが声を掛けるよ。
・・・皆が、泣いている気がするんだけど、何方か、亡くなったのかな・・・
二十四話 完




