二十一話 皇太子が来たよ
『父さん、会合は終ったんでしょう?僕はお腹が空いたよ。』と、僕は、父さんに声を掛けたよ。
『うん、そうだね。直ぐに行くよ。余計な事を喋り過ぎたね。』と、父さんは応えてくれたよ。
父さんは、僕の傍らに来たよ。
そこに、僕の知らない人が寄って来て、父さんに話し掛けるよ。
『ファンタン殿、ご無沙汰しておりますな。』
『これは、お珍しゅう御座いますね。モティ様。』と、父さんが挨拶したよ。
『ああ、息子に任していたのだがね、色々とね・・・』と、僕を見るよ。
で、僕はお辞儀をしたよ。その人は僕の頭を撫でてくれながら、
『ファンタン殿のお仲間は、九つの商会でよろしいかな?』と訊かれたよ。
更に、
『実はな、ブランダ商会の替わりをお願いしたい。相談に乗って頂けぬかな?ブランダは、逃げたようなのでな。』とも言われたね。
『では、ご一緒に食事をしながら、お話致しましょう。』と、父さんが微笑みながら言うよ。
父さんがモティ様と言われた方は、僕の肩に手を置かれて、父さんと僕と一緒に建物を出るよ。
・・・モティ様は僕の事が好きなのかな・・・
馬車の脇に、卓を広げて食事になったよ。海の香りがするね。海が近いんだね。
四人の領主様にモティ様も加わっているよ。二つの商会の方々も来られて宴会になったよ。
僕はね、バリアス様の息子のバレル君と並んで食べてるよ。彼は、黒髪の青い瞳だね。僕よりも五つ年上なんだ。素直な優しい子みたいで、仲良くしてくれるかな。
スタナ様や他の領主様たちは、ササビー帝国の対処を相談しているよ。
『今や二十家が纏まるのは無理だな。ケイロスも最初から相談を寄越せば良いものを・・・』と、残念そうなスタナ様の声が聞こえるね。
『ケイロスは、モルドレンか、モルドスに付き合った結果がこれだ・・・』と、バリアス様の呆れた声だね。
僕は、領家の料理長が調理くてくれた料理を、顔を上げずに食べているよ。話し声は聞こえてるけどね。でもね、各料理長が腕比べの如く出してくれる、牛、豚、鳥、魚の各種、煮物、焼き物、汁物料理、色とりどりの野菜、それに果物を添えたお菓子だよ。そこからは目が離せないね。
この料理やお菓子は美味しくて、大感激だったよ。お腹一杯だね。眠くなってきたよ。
母さんも嬉しそうに食べているね。そんな姿を見ながら、椅子で眠ってしまったよ。
しかし、なんだか騒がしいんだ。建物の向こう側で、帝国とか、皇太子とか聞こえたよ。
僕はその、皇太子、で目が醒めたよ。
僕は母さんの陰に隠れると、母さんに伝えたよ。皇太子が来て、僕の事を聞かれたら、伝えてねって言うと、母さんの耳元で言葉を囁いたよ。
母さんはにっこりしてくれたよ。
僕は馬車に隠れたよ。そこで、皇太子を見ることにしたよ。
サザビーの皇太子は、此処に来るまでにも、挨拶をされながら来たよ。
皇太子の装いは厳ついよ。ササビー帝国の平時の兵装なんだね。黒色の制服に金の飾りだよ。
そして、皇太子は、父さんの傍らに来られると、僕の馬車を見て、皆を見回され、言われたよ。
『ほう、こちらは、ご領主の方々も集まられておりますとは、さすが、ファンタン家。ご信頼がお厚う御座いますな。皆様、初めてお目に掛かる。ファイゼル・エステレロ・ササビーであります。来月、戴冠の運びでございます。お見知りおきを。』と言われたよ。
皆も、スタナ様から順次挨拶されていたね。
『もし、宜しければ、食事か、お茶でも差し上げたいと思いますが、お時間はございますか。』と、父さんは訊いたね。
『では、お言葉に甘えて、お茶を頂こうかな。』と言われて、エルザ姉が母様の傍らに用意した椅子に座られたよ。
皇太子様へは、メアリーを給仕に出したよ。
皇太子様はメアリーを見て、しきりに感心されていたよ。
・・・何が気に入ったのかな・・・
皇太子様は、スタナ様の豪華な美しさや、母様の清楚な美しさを、如才なく、褒められていたよ。
そして、皇太子様は言われたよ。
『今日、此方にお伺いした目的の一つに、ファンタン家のご子息に、お会いしたいと思いましてね。お会いできましょうや?』と、座っている方々の顔を見回しながら、最後に母さんを見たよ。
『実は、息子より、皇太子様へと、伝言を預かっておりますわ。お伝えしても?』と、母さんは言ったよ。
『うむ。』と、皇太子様、少々不満そうだね。
『では、申し上げますわ。僕は五歳なので、赤い目の人には、怖いので、会えません。またにしたいです。それから、過ぎたるは及ばざるが如しです。コウシも申しておりましたよ。色々、ご配慮頂ければ有り難いです。』と、母さんは和やかに、皇太子に話したよ。
後ろの、お付きの人が怒ったよ。
『ササビーの皇太子が、わざわざ、会いに来られたのに、会いたくないとは無礼であろう。』
・・・勝手に現れて、会えないから、無礼とは、それは無いよね・・・
『爺、止めよ。底が知れるわ。』と皇太子様。
『ほう・・・。過ぎたるは及ばざるが如しと、言われたか。クックックッ。なるほど。まさに、ファンタンのご子息であるな。コウシは良かった。』
『そうだな。確かにもう、十分、脅しもしたしな。クックックッ、面白いな、先程の給仕といい。』
『うん、グレース殿、ご子息に伝えて頂けるかな。怒りの結末を考える事にすると。気が向いたら、是非に遊びに来て頂きたいとも。我もマリオネットを用意しておこう。では失礼する。』と、立ち上り、去って言ったよ。
さすが皇太子、歩く後ろ姿も美しいよね。
真っ直ぐな銀色の髪が背の半ばで、波打つように美しく揺れていたね。細身の方なんだね。
しかし、目が赤いよね。
・・・是非、怒りの結末を考えてね・・・
僕は、皇太子が、間違いなく帰ったのを見て、馬車から出て、よちよちと席に戻ったよ。喉が渇いたからね。
席に戻ったら、母さんが茶を注いでくれたよ。ーロ飲んだよ。少し、冷や汗も出ていたよ。
皇太子のお顔は美しいはずなのに、まるで蛇が舌を出して、笑っているように見えたんだ。
・・・蛇さんごめんなさい・・・
母さんが聞くよ。
『グレン、マリオネットとは何の事かしら?』
『うん。ある地域の昔の人形の事だよ。メアリーに似ているんだ。』と、簡単に答えたよ。
母も、聞いていた皆も納得したようだよ。
『グレン。皇太子は機嫌良く帰ったように見えたけど、攻めて来ると思うかい?』と父さんが訊くよ。
『うん・・・良く考える、とは言っていたから、何処かで止まると思うけど・・・でもね、怒りが深いよね・・・見てても、とても怖かったよ。』と僕は答えたよ。
『うむ。』父さんは唸るよ。
その後、皆は、飲み疲れたのか、食べ疲れたのか、自分の馬車へ戻って行ったよ。
僕も母さんと馬車に戻ったよ。
母さんは僕の様子を見て、心配して、抱いてくれたよ。
『グレン、大丈夫よ。』と言ってくれたよ。
『母さん、僕は、皇太子様を見て、本当に怖かったんだよ。僕も、父さん母さんが居なくなったら、きっと、怒りで何も見え無くなって、あの様になるんだなって。』と、涙が出たよ。
『だからね、ずっーと無事でいてねって、祈ったよ。』
母さんは、ずっと抱いていてくれたよ。僕が眠るまでね。
―――――― ファイゼル ――――――
馬車と兵を帝国に戻らせている。
・・・兵はニ千連れて来た。我が帝国の香辛料を売ってやったにも関わらず、カンジナビアへ売り渡すとは、これ程、虚仮にされるとは思わなんだわ。
わざわざ、余が捕まえに来たのに
その三つの商会が居ないとは、腹の立つ・・・
『爺、三つの商会はいなかったぞ。どうしてだ?』
『恐らく、組合でも気がついたのでは・・・それで逃げたのでは?』
『ああ、そうだな、馬鹿でもなければ気が付くか・・・探して連れて来い。良いな。』
『はっ。』
『しかし、モティ家の当主が居るとはな。』
『はい。モティの先代が、修復に動いたのでしょう。』
『ふん。そうか・・・』
・・・モティか・・・まあ良いわ・・・しかし、モルドレンの奴らは許るさんからな。搾るだけ搾って、潰してやるわ・・・
『しかし坊主が、伝言とは・・・ファンタンの当主の考えでございましょうか』と、フランツ爺が首を傾げる。
『爺、違うぞ。あれは俺よ。怖いぞ。それに能力がなかなかだな。』
『能力とは・・・』
『わからんか?・・・給仕の女よ、あれは人形だ。』
『えっ、それは・・・真に・・・』
『ああ、あれは坊主がわざわざ見せつけてきた。それで限度を超えるなと、超えればを相手する事になるぞ、とな。』
『限度とは・・・』
『ファンタンは勿論、その仲間か、そんなところだろう。』
『生意気ですな。やはり、捨てて措けませぬな。』と爺が言う。
・・・爺め、顔が怒っておるわ・・・
『爺、怒るな。あれは俺だと言ったろ。手は出すな。』
『・・・』と爺。
『クックックッ。』と、爺を見て俺。
『それより、まずカンジナビアだ。モルドレンの奴らの金を使ってな。クックックッ。』
・・・しかし、ファンタンの坊はおもしろいな、一緒にいたら、楽しそうだ・・・怨みも復讐も忘れてしまいそうだ・・・まあ、今は、あの坊は近よって来んであろうが・・・
―――――― スタナ ――――――
・・・あれが赤い目か、記録にはあったが、実際に見ると怖い目だ・・・こちらに覆いかぶさってくる・・・まさに怨みと復讐の混じり合った目であるな・・・まさかそれが、ササビーの皇太子とは・・・迂闊よ・・・
ファンタンが、怨みや復讐の言葉を言わなかった事は、良い事だ・・・皆の嫌悪が増すだけであろうしな・・・
しかし、他の者はあの目を見てどう思ったであろうな・・・
ファンタンの坊め、隠れておるとはな・・・理由が知れたわ・・・
皇太子も怖いが、坊も怖いわ・・・
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