一話 受難は続くよ
生まれた時には驚いた。目に見える物、全てが白く、ぼやけてる。体も上手く動かない。俺の身に、何が、有ったのか。まして、俺は何処の誰だろう?
考えようとしたんだよ、直ぐに眠気が襲ってくる。
気がつくと、乳を含んで、吸っている。そしてまた、寝ちゃうんだよ。
生まれて、三か月になんだね。やっとね、長く、起きていられるようにもなったんだよ。目が見えるんだね。考え事も出来るんだ。
自分が赤ん坊だって事にね、やっと気がついたんだよ。驚いたね。
もっと驚いたのはね、頭の中にはね、色々入っているんだよ。
地理、歴史、政治、経済、人物、科学、生活、音楽、宗教、哲学、これらの事が何かの拍子で浮かぶんだよ。
ぼくは周りを見回したよ。
並んでいる物の目的、使い方、色とか素材とか、考えてるんだよ。それにも、驚いたよ。変な事考えるんだねって。
この世界の子供はね、これが当たり前なんだって、暫く思っていたよ。
周りに飾られる人形や、縫って作った獣たち、それを見つめていたんだよね。そしたらね、取り寄せ、戻して、消せるんだ。
これはね、きっと魔力だね。頭に自然と浮かんだよ。
とても、とても、楽しくてね、ついつい、散らかし、寝てしまったよ。
それを見た侍女の顔、畏れと嫌悪が浮かんだぞ。
優しい中年の、侍女だったのにね。
それからね、隠れて僕を叩くんだ。
『この、鬼っ子め、鬼っ子め!』とか、何かぶつぶつ言って、毎日、毎日ね。
僕もね、眉間に皺寄せ睨んだよ。でもね。ちっとも気にせず、叩くんだ。
僕もね、一生懸命、眉間に皺寄せ、睨んでやってたよ。
本当はね、とても、とても毎日怖かったんだよ。僕は赤ん坊だからね。
僕の、頭の中、人形で叩くんだ、って浮かぶんだ。
叩くのもね、怖かったよ。だってね、僕は赤ん坊だよ。
ついにね、侍女に、ぬいぐるみをぶつけたよ。何体も何体もね。
その侍女はね、驚いて、部屋から逃げる様に出ていったよ。
次の日から、母さんが来たんだね。それで、ほっとしたのさ。
何も知らない両親は、首を傾げていたけどね。
・・・父さん母さん、ごめんなさい、もう誰にも見せないし、知られないようにするからね・・・
それから僕は、笑えたよ。父さん、母さんも笑ってた。
僕はね、一人息子だよ。父さん母さんはね、僕に優しくしてくれるんだ。僕も父さん母さんが大好きさ。だって、父さん母さんの子供なんだよ。
この世界では誰でも魔力が使えてる。でもね、赤ん坊は使えないんだって。
大人はね、他人には、教える事も、見せる事も無いんだってさ。禁忌なんだね。
僕の魔力は物使い。物を仕舞う能力と、物を操る能力なんだ。いつも、退屈している赤ん坊、ついつい使ったよ、二体、三体動いてる。
でもね、内緒だね。
頭に浮かぶ物や人、そして多くの物事は、この世界では無いんだな、と気がついた。
僕って、普通の子供で、ないんだね。
僕の寝かされている部屋は二階だよ。木の大きな窓が開いている。昼間の部屋は明るいね。
窓からは、煉瓦造りの建物や、木造の、白の土壁に瓦屋根、そんな建物が、連なっているのが見えるんだ。
日に一度はね、僕を抱いて母さんが、外を見せてくれているんだよ。やはり、記憶に有る街並とは、違ってる。
この地はね、アシリア家の領都アメリアと、後に知ったよ。
空にはね、青に薄紫の雲が漂っている。薄紫は魔力の素なんだね。これもね、後で知ったんだよ
僕は、一歳になったよ。
まだ言葉がうまく話せないのさ。話している事は分かったが、まだまだ文字は読めないよ。異界の国の文字、似ている気はするが、分からない。
異界の地の知識など、この世界では、役には立たないよ。
だからね、一生懸命、この世界の事を学んだよ。
両親の、小さいながらも商会が、儲かって、いるみたいだよ。そう、だから色々有るんだね。
古い書物に難しい本、僕の絵本もね、沢山沢山、有るんだよ。珍しい物まであるんだよ。
僕はね、物使いなんだよ。大人しか、持てない厚くて重い本、浮かせて、一枚一枚捲るんだ。
子供はね、覚えが早いんだよ。全てが一度で覚えられる。
僕はね、三歳になったよ。
読み書きに困らなくなったんだよ。難しい本も、古い書物も読めるよ。でもね、知られないようにしているよ。
人はね、理解出来ない物事や、周りと違う人と思考、嫌悪と排斥するんだね。それも、頭に浮かんだよ。
昔に辞めた、侍女の顔、今でもはっきり覚えてる。
神童なんて言われたら、大変だよね、後先も。
父さんのお店は大通りだよ。生活する家はね、少し奥まった住宅街だよ。
同年の子も近所にいるよ。衛士の子のニックに、雑貨店のヴェイドと衣装店のロザリーがね。
三人とは、いつも遊ぶようになったよ。鬼ごっことか、だるまさん、だよ。家の中では、お絵描き、絵合わせ、だね。
その時はね、僕は子供だよ。子供の真似は必要無いんだよ、不思議だね。とても楽しいんだ。だからね、魔力を使いたいときもあるけれど、使わないんだよ。魔力はね、ずるだと、わかったんだ。だからね、禁忌なんだね。
しかしね、大人と居る時はね、ついつい、余計な、賢しらなことを言いそうになるんだよ。気を付けないとね。
父さん母さんは、年に何度かね、南東の街ベネッタまで、販売と仕入に行くんだよ。アメリアより北の地で、織られる布を持って、ベネッタの地で売るんだ。それで、香辛料を購入して来るんだよ。
この香辛料はとても高価なんだよ。また、誰でも買える訳ではないって、実績と信用がいるって父さんが、言っていたね。
それでね、ベネッタ迄、十五日は掛かるんだ。
父さん母さんが、出かけて居る時は、僕がね、店番をするんだよ。三回目だけどね。
店はね、受付と事務所と倉庫だよ。
受付は、見本置きと少量の商品、測ったり、包装だね。事務所はね、帳簿だね。倉庫は広いよ。塩に砂糖、薬草に薬味。そして香辛料。亀や、硝子瓶も扱うよ。金庫もあるんだよ。
倉庫はね、父さんと母さん、僕しか入れないのさ。
だからね、父さんと母さんが居ないときは、倉庫の物は、僕が見るんだよ。何か有ったら、困るからね。
でもね、今回は、半年経っても、父さん母さんは戻らないんだよ。音沙汰も無いんだよ。とっても心配なんだよ。
二か月経った時、店員達も青褪めた。一人、二人と辞めていったんだよ。
八人の雇人。今では二人、だけなのさ。その二人、番頭のキンバリーと侍女のメアリーなのさ。
この二人、僕の事を不憫と思ってくれるんだね。
・・・二人とも、ありがとね。僕が此処を去る時は、ちゃんと、お礼をするからね・・・
僕が五歳になる一か月前だよ。
父さん母さんは、まだ帰らないんだよ。だからね、店の片付けしてたんだ。汚い格好になったよ。
そしたらね、両親の親族と言う、見た事の無い人達、四人がね、何も無い店に勝手に入って来たんだよ。
『グレンの後見は私達がするから、あなた達はもう必要ないわ』と、勝手に言って、去って行ったよ。
僕の事を見もしないんだよ。きっと、僕の事、近所の手伝いの子供だと思ったんだね。
・・・こらこら、去って行ったら駄目でしょう。僕がグレンだよ、人をみた目で判断するとは情けない・・・
『グレン様、如何致しましょう?あの方々が親族とは?初めてお会い致しましたが・・・』とキンバリー。
メアリーも心配そうに僕を見たよ。
・・・僕はまだ五歳になっていないんだよ・・・僕に聞かないでおくれ・・・
仕方ないから、キンバリーに聞いたよ、
『キンバリー。何故、今頃、後見なんだろうね?もっと早く現れても、良かったのではないかい?』
キンバリーもメアリーも僕の言葉に驚いて、目を白黒させている。
『・・・五歳になりますと、後見にも本人の了解が必要になります。しかし、洗礼に同伴すれば無条件に後見人であると見なされます・・・』と、気を取り直したキンバリー。
洗礼は教会と領家による魔力の確認でもあるんだってね。
・・・父さんも母さんも居ないんだよね、だから行かなくても良いよね・・・
『なるほど。親の消息が不明になって半年、まして、洗礼の時期・・・それで皆で現れたんだね・・・この家でも欲しいのかな?クックックッ』と、可笑しくなって、笑ったよ。
その笑い声を聞いて、二人はまたも驚いているね。
『僕が、此処に居るのはね、父さんと母さんの消息が分ればと思ってのことだよ・・・雇った護衛も戻らないとは・・・困ったな・・・そろそろ、探しに行かないとね・・・無事だと良いな。』と、僕は呟いたんだ。
僕の言葉が聞こえた二人が、目を見合わせる。
『キンバリーもメアリーも長い間ご苦労だったね。感謝するよ。これは少ないが、これからの生活の足しにしておくれ。』と、金版を五枚づつ渡したよ。五枚あれば十年は暮らしていけるんだ。
『・・・よろしいので・・・』とキンバリーが驚いている。
『ああ、店があれば、まだまだ働いて貰えたのだけれど・・・こんな事になって済まないね。』と僕が言う。
メアリーも、とっても感謝してくれたよ。
『キンバリー。済まないが、最後に商業組合までお願い出来るかい?店と家を処分しようと思うんだ。キンバリーが欲しいなら安く譲って上げるけど・・・ごたごたが起きそうだから、止めた方が良いと思うよ。どうするかい?』
『・・・私は隠居しようと思っていますので、店は必要ないかと・・・』と、キンバリーは直ぐに応えたよ。
『そうだね。僕の親族とか言っている人達にいちゃもん付けられるだろうからね。メアリーも、あの親族とは係わりにならないよう気を付けるんだよ。』と微笑んだよ。
それを聞いたメアリー、戸惑いながらも頷いたよ。
メアリーとは店で別れたよ。
『お元気で・・・』と泣いて、くれたんだ。
・・・また、会えるかな、メアリーこそ元気でね・・・
商業組合での商会の、店舗と自宅の土地・建物の売却委託は無事に終わったのさ。父が不測の事態に備え、指示書を用意し、組合担当者に話をしてくれていたからだよ。
手続中にキンバリーが聞いてくる。
『グレン様、この後は如何なさるおつもりですか?』
『うん。僕は父と母の消息を確認しに、ベネッタまで行こうと思うんだ。』
『お、お一人でございますか?』
『そうだよ。僕一人でね。クックックッ。』
『それは・・・あまりにも無謀ではありませぬか・・・護衛は如何されるのですか?』
『キンバリー。大丈夫だよ。僕はこの通り知恵憑きだしね。内緒だけど魔力も使えるんだよ。』と、クックックッとまた笑ったよ。
『それに、子供に護衛などつけたら、危ないだろう。一人の方が、余程安全なのさ。』
キンバリーは驚いているよ。
・・・キンバリーは、安心してくれたかな・・・
キンバリーとは商業組合の建物の前で別れたよ。キンバリーは同道出来ないことを謝っていたのさ。名残り惜しそうに、僕の後姿を見てくれている。
・・・キンバリー、元気で長生きしておくれ、また会おうね・・・
いま直ぐに、出発と云うわけにはいかないね。準備も必要だよ。
この世界の街々は、いくつかの広場を用意しているんだよ。商会や旅行者、工匠組合員の為なのさ。
僕もそんな広場にテントを張り、泊まってみるよ。何事も経験は必要だね。
出立はまだまだ先だね。店舗の様子も見ておきたいしね。
・・・何かあったら、処理はしないとね。飛ぶ鳥、後を濁さず、と言うからね・・・
これでも、僕はね、焦っているんだよ。少しでも早く向かいたいのさ。だって、遅れたら間に合わないかも知れないんだよ。
でもね、落ち着いて、考えたんだよ。
しっかりと、準備が必要だってね。まだ、欲しいものが手に入っていないんだよね。これが無いと、旅には出れないからね。
なんせ、僕は、五歳なんだよ。
今は夕方だね。夕食を調達しないとね。広場の周りに屋台が有るよ。
此処はアシリア家の領都だよ。工匠組合は大きいのさ。仕事も沢山有るんだよ。それを請け負う組合員。組合に登録しないと、仕事は受けられないのさ。だから組合員も多いんだ。その組合員が利用するのは屋台だね。安価な屋台も多いんだ。そんな多くの屋台が広場の周りに並んでる。
僕は、一人で買い物は初めてだよ。僕は四つの屋台で二つずつ、九個の料理と三つの汁物を購入したよ。子供が奮発して買える程度の値段だね。
僕は空いている長椅子に、三つの料理、二つの汁物を広げると、一つを取って食べ始めたよ。それは硬いパンにソーセージと野菜を挟んだ手軽な食べ物だね。
・・・五歳の僕には硬いし大きいな・・・子供の顔程あるんだよ・・・
硬いパン、ゆっくりと汁に漬けて飲み込んでゆくよ。時間が掛かるんだ。それにお腹も一杯になったよ。
買った料理二つと、汁物一つ、覆いのまま置いているよ。僕は、周りをぼーっと眺めていたよ。
・・・皆が、僕を見ている気がするのは気の所為かな・・・
すると、後ろより声が掛かったよ。男の声だね。
『依頼は何だ?』
僕は言われた事が判らなかったんだよ。
それでね。声を掛けた三十代、男の方を見たんだよ。身なりは質素だが清潔だね。顔も嫌味は感じられないよ。
『何だ。知らないのか?』と、男が言うよ。
『料理と汁を包みのまま、置いておくのは、これで依頼を受けて下さいと云う印だぞ。』
・・・へえー、そうなんだ・・・
一話 完