九話 ゴルシアと焼き鳥
レンティアとゴルシアの国境を越えたよ。ゴルシア領内は丘陵が続くんだね。主要街道は広くはないが見晴らしは良いね。盗賊が、隠れ襲う場所は限られているから、昼間に移動しても安心だね。レンティアとゴルシアの境には、印があるだけだったよ。きっと、仲がいいんだね。
レスタスは通過しただけだよ。急いでいるからね。巻き込まれるのは、遠慮したよ。
馬車はゴルシアの牧草地を抜けて行くよ。近いのはスルの村だね。そろそろ、お腹が空いたよ。五歳の僕でも食べられるのが有るといいな。
スルの村が見えたよ。南へ向かう主要道路は、ゆっくり右に、左に曲がりながら穏やかに下っていくよ。門はなく、気がついたら集落の中だね。村の端の広場に、馬車を停めたよ。他に馬車は二台だね。
・・・どこかで見た気がするよ。気をつけないといけないね・・・
広場に隣接した屋台は、一つだけだね。良かったよ、有って。
僕は馬車を降りて、屋台に向かうよ。屋台からは、煙が上がり、良い匂いがしているよ。鳥の串焼きだね。若い、十代半ばのお姉さんが一人で焼いているよ。
『お姉さん、くださいな。』と、僕は頼んだよ。
『はいな。坊、一人?』と、お姉さん。
『付き添いは馬車に居るよ。』
『そうだよね。一人のわけはないか。』と、笑っているよ。
『焼けたよ。』と、お姉さん。
『有難う。』
僕はお代を払って、近くの長椅子に座って、食べ始めたよ。
『どう?美味しい?』と、隣に座ったお姉さんが聞いてくるよ。
『うん、柔らかいし、とても美味しいよ。特別な香りと味だね。』と、僕は答えたよ。
・・・香辛料と甘いお酒だね・・・
お姉さんが、
『・・・でしょう。』と、嬉しそうだよ。
お姉さんが、僕の馬車を見ているよ。どうしたのかな?
『ねえ、坊はあの赤い馬車で来たの?』と、お姉さんが聞いてくるよ。
『そうだよ。』と、食べ終わって、白い乳を飲んでみたよ。初めて飲んだよ。酸っぱいんだね。
なんだか、お姉さんはがっかりしたみたいだよ。
『お姉さん。半年位前に、あれと同じ馬車を見たかな?』と、僕は何となく聞いてみたよ。
・・・この乳をもっと買っていこうかな・・・
『うん、道を下って行ったのは知っていたけどね。戻って来たのは気が付かなかったよ。戻って来た時はいつも声を掛けて貰っていたからね。多分、戻って来ていないんだよね・・・何か有ったのかな?』と、お姉さん。
『ねえ、坊の馬車と同じ模様だけど、関係あるの?』
『うん、その馬車は僕の両親の馬車だよ。戻って来ないから、探しに来ているんだよ。』と。
『そっか・・・小さいのに偉いね・・・でも、大丈夫?』とお姉さんが褒めてくれて、心配もしてくれたね。
『僕には付き添いがいるから、大丈夫だよ。』と笑ったよ。
『お姉さんは、僕の父や母を知っているの?』と聞いてみたよ。
『うん、お姉さんの父さんが亡くなって、困っていた時にね、香辛料を分けてあげるから、それで肉を焼いて売りなさいって言ってくれたのよ。』と、お姉さんが応えてくれたよ。
『その・・・此処は私達が商売してはいけない場所だから、一度に沢山上げられないでごめんねって、いつも少しづつ分けてくれたの。それも後で知ったんだけど、本当に安い金額で分けて貰っていて・・・焼き鳥も人気になって、生活も楽になって、とても感謝しているんだ・・・』と、嬉しそうに言ってくれたんだ。
『優しい人達だから、元気でいてくれるといいんだけど
・・・』と、お姉さんが祈ってくれたよ。
『有難う。』と、僕は答えたよ。
父さんも母さんも、良いことをしているんだね、
さすが、父さん、母さん、だと思ったね。涙がにじんだよ。大人の様に考える事は出来るけど、僕は五歳だからね。
朝だね。空気が爽やかだね。
夜に出るのは、不味いと思ったんだ。何故なら、見張られている気がしたからね。だから、広場で一泊したよ。父さん母さん待っててね。今すぐ行くよ。
二台の馬車は、もう出たみたい。
屋台のお姉さんは、朝が早いね。僕はお姉さんに挨拶をしたよ。
すると、お姉さんに、ゴルシアの領都ゴライアを通るなら乗せて貰えないかと頼まれたよ。
仕入れかな?僕はゴライアを抜けて行くから、乗せて上げる事にしたよ。
領都ゴライアはゴルシア領の中心に位置するよ。父さんと母さんも泊まったかな?
馬車は街道を進むよ。丘陵地帯を抜けて、平地だね。田畑が広がるよ。お姉さんはゴライアには時々行くんだって。この馬車は乗り心地が良いって、驚いていたよ。今は母がゴライアに行ったんだけど、帰りが遅いから、心配なんだって、お姉さんが話してくれたよ。それはとても心配だね。
夕方だよ。馬車はゴライアに着いたよ。検問はなかったね。街は煉瓦の道に、煉瓦の建物が続くね。この街の広場は街の外れだね。僕は馬車を広場に停めたよ。スルの村で見た馬車も居たよ。当たり前だよね。
お姉さんは仕入れ先に行くと言って、広場を出ていったよ。お姉さんに、仕入れ先で泊めて貰えるから、一緒にと言われたけど、僕は広場が気が楽だからと遠慮したよ。
僕の所為で、何かあったら、済まないからね。
この国の香辛料組合のズーレン商会は東の街ゴレンに有るよ。挨拶しなくて良いのは嬉しいな。僕は馬車の中でゆっくりするよ。
特に、何も無く、朝を迎えたね。お姉さんが戻ってきたら、挨拶をして出発するつもりだよ。
あの二台の馬車はもういないね。見張られていると思ったのは気の所為かな。
朝の早い屋台もあるね。柔らかいパンを買ったよ。パンは古いと風味が変わるからね。焼き立てを買ったよ。スルの村の酸っぱい乳と焼きたてのパンと薄く切った肉で、朝食を済ましたよ。
すると、お姉さんが戻って来たよ。直ぐに、元気がないのが分かったよ。
『お姉さん、どうかしたの?』と、僕は聞いたよ。
『母が、焼鳥の事で、領主館に連れて行かれたままなの。』と、心配そうに、答えてくれたよ。
僕は考えたよ。
・・・王宮?焼鳥?香辛料かな・・・ここの領主様はどんな評判だったかな・・・うん、大丈夫・・・
『お姉さん。領主様の館に行こうよ。僕も、一緒に行くからね。多分、香辛料の事だと思うんだ。』と、提案したよ。
『行っても大丈夫?・・・捕まったりしない?』と、お姉さんが心配するよ。
『お姉さん。大丈夫だよ、僕もお姉さんも子供だよ。この地の領主様は優しいと聞いているから、子供を弑るような真似はしないと思うよ。それに、僕の付き添いはとても強いんだ。僕達を捕まえる事は出来ないよ。』と、僕は安心させるように、お姉さんに、微笑んであげたんだ。
領主館に馬車で来たよ。
僕とお姉さんは馬車から降りて、衛士様の前に立ったよ。キンバリーとメアリーも、僕の直ぐ、後ろにいるよ。
そして、門の衛士さんに、話をしたよ。
『衛士様、この方の母様がこちらに連れて来られていると聞いております。おそらく、我が家がお分け致しました薬味が理由と思われますが、その事はこちらの母様は御存ないことでございます。ご説明は僕が致しますので、こちらの母様をお返し頂けませんでしょうか?』と丁寧に、キンバリーに聞きなから伝えたよ。
『僕は名前を申し上げませぬが、それは、大事になりませぬように、との配慮でございます。その事は馬車にてお察し下さい。』と、キンバリーが耳打ちしたようにしたよ。
『少々、お待ちを。お伝えしてまいりましょう。』と、一人の衛士様は馬車を見て、館に入って行かれたよ。
もう一人、衛士様が残っているね。
『大丈夫?』と、お姉さんは心配そうだよ。
『うん、大丈夫だよ。』と、笑って答えて上げたよ。
一人の男が慌てて来たよ。衛士様ではないね。衛士様と話しをしているね。衛士様は止めているが、振り切って来たよ。
『おい、お前ら付いて来い。』と、言われたよ。
衛士様を見たよ。衛士様が頷くよ。
・・・仕方ない・・・
馬車に乗って、入口横の馬車停めまで行ったよ。そして、僕達四人は、馬車を降りると、その男に付いて行ったよ。




