ニ 育まれる愛
「ただいま」
我が家へと帰ってきたラファエルを出迎えたのは魚の焼けた香ばしい匂いと、色とりどりの野菜や果物で華やかに彩られた食卓。そして「おかえりなさい」と微笑む妻、ビアンカだった。
今でこそ普通に出迎えてくれるようになったが、結婚したての頃は「ご帰還お待ちしておりました」と深々と頭を下げられていた事を思い出した。そこから考えれば、だいぶ家庭に馴染んだということかなと、ラファエルは微笑を漏らす。
「とても美味しそうだ。いつもありがとう」
「今日は魚屋さんでとても良いお魚を勧められまして。焼き上がったばかりですので、どうぞ温かいうちに召し上がってください」
「ビアンカも夕食はまだだろう? 一緒に食べよう」
「はい」
向かい合う形で食卓につき、目の前のご馳走に二人で舌鼓をうつ。
「葡萄酒も用意しています。お飲みになられますか?」
「ありがとう。じゃあ白を貰おうか」ボトルから小気味良い音を立てて注がれる葡萄酒。ラファエル自身酒はあまり強くないが、愛する妻との会話を楽しみながら傾けるグラスは格別のものがある。
「ビアンカもどうだ?」
「いえ、私は」
「そうか、酒は苦手だったな」
ラファエルはグラスを傾け中の透明に近い液体をゆるりと口に含んだ。酸味と程よい渋味、鼻から抜けるフルーティな香りが心地良い。
「ビアンカは今日はどんな一日を過ごしたんだ? 聞かせてくれ」
「今日は町の人たちに何か困った事はないか、要望などないか声を聞いて参りました。概ね不平不満の声は聞かれず、皆さん活気と活力に溢れていました。あ、そうだ。これをご覧ください」
ビアンカは思い出したように窓辺に飾られていた小瓶を持って来た。小瓶の中にはやや萎れた小さな一輪の花が刺さっている。
「この花は?」
「町で小さな女の子に貰ったんです。パンみたいにふわふわの手にぎゅっと握られた花を差し出す姿がとても可愛くて」
心底嬉しそうに告げるビアンカの様子にラファエルの胸を温かさが満たす。
「ビアンカは本当にこどもが好きなんだな」
「はい。あの笑顔を見るととても幸せな気持ちになります。子どもはとてもかわいいです」
「ならば、自分の子どもならばきっとそれ以上に可愛いのだろうな」
ビアンカの綻んでいた表情が虚を突かれたように固まる。きょとんと見開いた虹彩の違う瞳がラファエルを見つめた。
照れ臭そうに鼻の頭を掻く仕草をしつつも、眼鏡の奥の瞳に真剣を湛えるラファエル。
そしてゆっくりと口を開いた。
「私が君を守ると誓った時、そこには君との間に育まれる未来も含まれている。ビアンカ……私とのこどもを産んではくれないか?」
「ラファエルさま……」
色白なビアンカの頬にほんのりと朱色が差す。
ややあって、ビアンカは彼女らしい静やかな微笑みを浮かべたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日、ビアンカは夢を見た。ラファエルと自分。二人手を繋ぎ穏やかに散歩をしている夢だ。その二人の間に小さな子供が割って入る。ラファエルとビアンカの手を離させると、子供は左手をラファエルと、そして右手をビアンカと繋ぎ、ぶんぶんと大きく振って楽しそうに歩く。優しく微笑むラファエル。満面の笑みを向ける……顔はわからない子供。只々、幸せを感じていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ハッと目を覚ますと、まだ外は暗闇に包まれている。隣ではラファエルが静かな寝息を立てていて、当然だが二人の間に子供の姿はない。
自身のお腹にそっと手を添える。もちろん、そこに生命の息吹を感じる事はなかったが、ビアンカの中で確信に近い思いが芽生えていた。




