二十五 ヴェリアの援軍
獰猛な闘気を発散させるペドロサは明らかに先程までと纏う空気が変わっていた。飄々と人を食った口調から打って変わり、今のペドロサは火山が噴火したような有様だ。
狂犬。そう呼ばれる所以がこの姿なのかもしれない。
一瞬たじろいだレオンだったが、そこは百戦錬磨の武人。怒れる狂犬を前にしても臆することはない。
「なるほど、ここからが本領というわけか。確かに凄まじい闘気だが」
言い終わらないうちに迅雷のような踏み込みでペドロサに襲い掛かるレオン。
殺れる!
怒髪天を衝いたペドロサは闘気こそ凄まじいが、隙が生じているようにも見えた。
しかしレオンの確信の一振りは甲高い金属音を響かせ、ペドロサの薙刀に阻まれた。
直後、強引に振り切られた薙刀はレオンの剣を弾き返し、そのまま鎧を掠める。まともにくらえば、頑強な銀鋼鎧ごと、両断されそうな一撃。
怒りを起爆剤にしたペドロサの膂力は飛躍的に上がっており、受けたレオンの掌がびりびりと痺れる。
大振りにも関わらず、返しの速いペドロサの薙刀がレオンに襲い掛かろうとした時、主の危機を察したレオンの近衛兵数名がペドロサに斬り掛かった。
「レオン様をお守りしろッ!!」
「邪魔だ雑魚共がぁ!!」
しかし助けに入ろうとした兵士達は、ペドロサの凶刃の前に一刀で斬り捨てられてしまう。
その圧倒的な狂気と覚醒した力の前に、ペドロサの周りから優勢だった気配が押し戻されるのをレオンは感じていた。
強者としての勘が今のペドロサが手に負える相手ではない事を告げる。
「くっくっく、狂犬卿はザッハーク要らず、手間要らずで凶暴化できて便利じゃのう」
文字通り高みの見物。見晴台上からペドロサの狂乱振りを見下ろす魔道士ゲルルが、賞賛というよりは嘲る口調で笑った。
狂犬卿。その異名も本人には到底聞かせられない蔑称である。
ペドロサが魔道士をよく思っていないのと同様に、このゲルルも猪のようなペドロサを蔑視していた。しかし個人の武で戦況を覆す、その圧倒的な力は認めざるを得ないところ。
「さて、目の前の戦いに集中する狂犬に代わって、わしが戦場を俯瞰して見るか。んん?」
ゲルルの目に映ったもの。それは一際速い騎馬が三騎、ペドロサとレオンの元に駆け付けようとする姿だった。
「ふむ、レオン公を説得するつもりか? しかし、儂が近くにいる限りそれも無駄というものよ」
足掻く虫を嘲るように、ゲルルは残忍な笑みを浮かべるのだった。
◇
ペドロサの薙刀から、どろりと血が滴る。一振りで三人を両断する圧倒的な武力を目の当たりにし、レオンも近衛兵も迂闊に飛び込む事ができない。
「ククッ、甘えなぁ。雑魚が何人来ようが俺は討ち取れねぇよ。それになぁ、ウチの参謀を舐めてもらっちゃ困るんだわ」
「なに?」
不敵に笑うペドロサに不穏な空気を感じたレオンは戦場の彼方へ目を向け、そしてその正体に気がついた。
砂塵を巻き上げこちらに殺到しようとしているのは、参謀長セリオ・ロカが率いる増援だ。あの増援が到着すれば、戦況はもはや覆らないだろう。
「わかったかぁ? まごついてたら、結局全滅するのはてめぇらなんだよ。もっともーー」
ペドロサが一気に加速した。それはレオンの反射速度を凌駕する程の踏み込み。あわや懐に入り込まれる寸前でレオンは反応し、ぎりぎり直撃は避けた。
腹部を一文字に斬り裂かれ鮮血に染まるレオン。深手ではあるが動けないほどではない。
レオンとしては直撃を回避できただけでも奇跡と思えるような、それ程に驚異的な一撃であった。
「大将のお前の首を刎ねてこの戦いは終わりだがなぁ! そんでもってマナリアに刃向かったカナン王国は老若男女問わず惨たらしく殺してやる!!」
「そんな事は絶対にさせん! ぐっ!!」
愛する祖国を蹂躙させるなど、決して許せるものではない。
ペドロサの連撃を辛うじて捌くレオン。しかしとても手が出る状況ではなかった。
「実力がなければ何も守れやしねぇよ」
深手を負っているレオンの捌きが追いつかなくなる。すかさずペドロサの薙刀がレオンに襲い掛かろうとした瞬間、高速で飛来する何かがペドロサを掠めて彼方へ消えていった。
「うぉっと! 何だ? どいつの仕業だ!?」
あわや射抜かれかけたペドロサが一瞬怯んだ。
その一瞬の隙に駆け付けた三人の騎士が、レオンを守るように立ち塞がった。
その姿を認めたレオンが狼狽の声を上げる。
「まさか、ビアンカか!?」
鮮やかな金髪を一本に結い上げ、軽装鎧を纏ったその女性騎士は紛う事なきヴェリア王国のビアンカ・リーツマンその人であった。
もう一人は戦槌を得物にした筋骨隆々の初老の男。更にもう一人は双戟を構える精悍な若き騎士。レオンは見知らなかったが、それは第一部隊所属のグフタス・アードラーと、その養子ローレン・アードラー。
レオンはこの時初めて、あの所属不明の部隊がヴェリア王国の援軍であったのだと知った。




