二十四 マナリアの狂犬
薙刀を振り下ろす刹那、ペドロサは僅かな閃光を視界の端に映し、咄嗟の判断で回避行動に移った。
まさにその直後である。
辺り一面を照らす閃光が煌めいたかと思うと、上空で空気の膨張に伴う爆発と衝撃波、そして轟音が響きわたったのだ。
◇
その爆発を軍後方で目の当たりにしたマナリア第八軍団の参謀長セリオ・ロカはただならぬ事態を察し狼狽を隠せないでいた。
「何だ今の爆発は!? 魔法か? 魔術部隊は同伴していないぞ! とにかく、ペドロサ様の後退を支援します。予備騎兵は前線に出向いてください。混乱する味方を鎮静し態勢を立て直すのです」
「セリ坊!」
セリオが指示を出したのとほぼ同時に、ペドロサが放っていた伝令がやって来た。
「右にある湿地林に伏兵がいた。数はよくわかんねぇけど、騎馬隊がうちの右翼の横っ腹に突っ込んできやがったんだ!」
「伏兵だって? その前に、セリ坊はやめてくださいと常々言っているはずですが?」
「そんなこと言ってる場合じゃねえ、今の爆発もたぶん敵方からだ!」
「セリ坊はやめてください」
「わ、わかった、わかったから指示をくれ。セリぼ……じゃなくて、セリオ参謀長が指揮とらねぇと、誰が軍を動かすんだ」
「ペドロサ様もですが、皆さんも戦うばかりではなく、少しは指揮官らしい事も覚えてくださいね!」
荒くれ者の多い第八軍団において、如何にも優等生なセリオは異質であると同時にブレーンとして居なくてはならない存在であった。
セリオも軍の中ほどに身を置き、前線へ進軍するのだった。
◇
爆発を間近に受けたマナリア、カナンの両軍であったが、その対応には大きな違いが生まれた。
マナリア軍の兵士達が、身を伏せて回避行動を起こしたのに対し、カナン軍の兵士達は構うことなく乱戦を継続したのだ。
得体のしれない爆発を意に介さず、その隙に逆襲に転じたカナン軍の攻勢は、期せずして爆発そのものが作戦のように映り、マナリア軍を大いに混乱させた。
その光景に舌打ちしたのが、カナン軍に潜伏しているマナリアの魔道士、ゲルル・ゾグマだ。カナン軍の覚悟、それにザッハークによる洗脳が死戦を可能とさせてしまっている。
「そもそも、なぜ敵方に魔法を使える者がいる? いずれにせよ、カナン軍はもちろん紛れ込んだねずみも皆殺しにしてくれる!」
◇
「こりゃ魔法による爆発だよねぇ! 魔術部隊は連れてきちゃいないよ。一体どこの誰の仕業だ?」
さしものペドロサも驚きを隠せない中、右から駆けてくる騎馬隊が、右翼とぶつかることなくすり抜けるように戦場を横断する。
爆発とカナン軍の猛攻、更に騎馬隊の横撃を喰らうと思い込んだマナリア軍右翼は、恐慌状態に陥り全く対応できない。
「ああん? 中央の俺を狙う気か? 舐めてくれるねぇ。うぉっと!」
状況の把握が追い付かないペドロサに体制を立て直したレオンが斬りかかると、ペドロサはそれを既の所で受け止めた。
「キミたちは随分冷静だよねぇ、あの大爆発に怖気づきもせず全員が立ち向かってくるなんてさぁ!」
「冷静なものか……俺達の怒りが貴様等を殺す事以外に目を向けさせないだけだ。カナンの怒りを買った事を後悔しろ!」
先程よりも攻勢を増したレオンに対し、戸惑うペドロサの薙刀は精彩を欠いている。
ペドロサは思う。
やはり爆発も騎馬隊もカナン軍ではない。カナン軍に呼応した中原の何れかの国だ。
ちぃッ! 奴等のおかげでこっちの前線は崩壊寸前。巻き込まれる前に後退したいが、このしつこいイカれ野郎が厄介だ。
だが待て? マナリア以外の国でなぜ魔法を使役できる者がいる? ましてや南方小国群如きに魔法を研究するだけの財力も知恵者もいるとは思えない。
考えられるとしたら裏切り者のシュヴァリック共和国が関わっている?
「迷いは剣に出る。貴様の台詞だったな」
「ぐあッ!」
レオンの横薙ぎに払った剣がペドロサの顔面を掠めた。直撃こそ避けたペドロサの右の頬が裂け鮮血が滴る。
レオンは辺りを見渡した。
各所で味方が敵を押し返し、更に所属不明の騎馬隊が敵を追い散らしている。先の爆発から戦況は明らかにカナン軍有利に傾いており、ここで自らペドロサを討ち取ることができればこの戦場での勝利は確実なものとなるだろう。
「さぁ、決着をつけるぞ」
顔を押さえて背中を向けるペドロサに強烈な気迫をぶつけるレオンだったが、その後ろ姿に違和感を覚える。嵐の前の静けさとでも言おうか。佇むその背中からは憎悪にも似た闘気が迸っている。
「くっくっく」
ペドロサが笑った。そして振り向いたその顔を見て思わずレオンは半歩退く。
狂気に歪んだ表情。異様に長く見える舌で頬から滴る血をべろりと舐める。
「誰に向かって言ってんだ? 雑魚の分際でよぉぉぉ!!」
怒り狂い吠えるその様は正に狂犬であった。




