二十一 侵攻を阻止せよ
馬を飛ばして王都へ戻って来たビアンカ達は、城の門兵にすぐさま登城を促された。
謁見の間にて国王ヘイムフリート以下、軍事総督ラファエル、宰相ルナシャーン・ハインリッヒ、更に招集可能だった部隊長数人が顔を揃える緊急ぶりは明らかに異常事態だ。
「遅参申し訳ございません。第一部隊副歩兵長、ビアンカ・リーツマン罷り越しました」
「同じく第一部隊、イザーク・フェラー」
「お、同じく第一部隊所属のプリスカ・メルクーリです」
緊迫した空気が漂う謁見の間。そこにある全ての目がプリスカへと向けられる。半ば予想はしていた反応だったものの、プリスカは思わずたじろいだ。
「はて? 第一部隊にビアンカ以外の女性隊員がおりましたかな?」
若き宰相、ルナシャーンが問う。プリスカは自らが答えるべきなのか判断がつかずおろついてしまう。
「彼女は件の影者襲撃の折り、深手を追ったフランク・ベルツ騎兵隊長を魔法の力で救ってくれた、マナリア出身の魔道士です」
「なんと! マナリアの魔道士!」ラファエルの説明にルナシャーンをはじめ、その場にいる諸将が驚愕する。
一際不安そうな表情を浮かべるプリスカを、ビアンカは励まそうとしたが、それより早く「大丈夫、大丈夫だよ」と小声でイザークが囁いた。
きょとんとイザークの顔を見つめ上げたプリスカだったが、その言葉に勇気を得て「うん!」と表情を引き締めた。
「彼女は故あってマナリアを追われ、第一部隊で庇護した。すなわち今はマナリアの魔道士ではなく、ヴェリアの貴重な魔道士です。不要な敵意など向けぬよう願いたい」
それを聞いた国王ヘイムフリートは大きく首肯する。
「リーツマンが申すのだ。何も心配は要らぬのだろう。プリスカ・メルクーリと言ったな? ヴェリアの為、尽力してくれ。さて、リーツマンよ、いったいカナンで何があったのだ? 教えてくれ」
ラファエルはカナンで起きた出来事を粛々と語った。
◆
「私が赴きながら由々しき事態となり、弁明の余地もございません。ですが今は兎に角、迫られたこの状況を打開する為、全力を注ぎましょう」
「マナリアに攻め込もうなどと、何たる短慮。王が危機に貧しているとはいえ、その判断はあり得ませんぞ」
「しかも捕らえた影者の言質を控えもせず殺してしまうとは……。その判断を下したのは、本当にあのレオン公なのか?」
ルナシャーンが憤りを見せ、解せぬと眉根を寄せるヘイムフリート。
二人の怒りと疑問はもっともであり、ここに集った全員が、カナン王国の判断に理解が及ばないといった風である。
確かに、ただ怒りに飲まれ復讐戦に臨むというならば、心情こそ理解できても愚かな決断という他ない。
しかし、あの場においてラファエルが感じた違和感。ラファエルは視線をプリスカに向ける。
「プリスカ、君に問いたい事がある。魔法の中には言葉を介して対象を操るものがあったりするか?」
「操るっていうのとはちょっと違うんだけど、言霊を引き金にして判断力を失わせる呪術ならあるよ」
「正にそれだ。カナンの宰相ゴッタ伯が、幾度も発した『憎悪を晴らす』という言葉。その台詞を聞いた途端、レオン公をはじめカナンの将兵全員が、まるで怒りの渦に飲み込まれるように荒ぶったのだ」
ラファエルも頭の中に反響した、どす黒い怨嗟の声を聞いている。あれには抗い難い謎の力が働いていた。
「そのゴッタ伯って人もたぶん本物は死んでる。総督の前に現れたのは変化の魔術を使って化けた魔道士だと思う」
ラファエルはそれについても合点がいく。あのゴッタ伯の禍々しさは、裏切ったからでも操られていたからでもなかったのだと。
「その呪術を破る術はないのか? レオンは私の説得に、一瞬だが目を覚まそうとしたように見えたのだが」
「その人にとって影響力の強い人の言葉ほど呪いの言葉を解く事ができる。あ、ザッハークはその呪術の名前ね。でも、再びザッハークをかけられたら抗いきれない可能性が高いよ。後は、術者を殺すかだけど、魔道士も狙われるのは承知だからそれも難しいと思う」
場の雰囲気が重苦しいものに変わる。
「それでは八方塞がりではないか。プリスカ殿、他に手立てはないのか?」
ルナシャーンが縋るように問うが、下唇を噛み締め、悩ましい表情を浮かべるプリスカは閉口してしまった。
「そのザッハークという術。影響を及ぼす範囲は術者と対象との距離も関係しているのではないか? 恐らく、術者の声が聞こえる範囲」
沈黙を破り、口を開いたのはやはりラファエル。プリスカは目を丸くして驚いた。
「やっぱり流石だね。そう、ザッハークの条件は直接声を聞かせなければならないこと。術が破れたら掛け直す為に、術者は大抵近くにはいる。でも、どうしてわかったの?」
「万が一にも殺される可能性があるあの場に、ゴッタ伯に扮した魔道士がやって来ていたのが決定的だった。卑劣な奴等が目の前までやって来て術を掛けるというのがな」
「して、いかがする総督。カナンがマナリアを攻めれば、必ず報復がくる。今のうちに沿岸防備を厳重に固め備えるべきでは?」
ルナシャーンの考えに、ラファエルは眼鏡のブリッジを押し上げながら首を横に振った。
「いや、沿岸防備を固めたとて、カナン軍が壊滅しようものなら防衛などできようはずもない。ここは我等もニヴルヘイム大陸へ渡るが妙手」
「馬鹿な! それでは我々も宣戦布告するも同然。マナリアの思う壺ではないか!」
場が一気に騒然とする。長机に両手を叩き付け席を立ったのは古参の第六部隊長。
ラファエルに絶対の信頼を寄せる国王ヘイムフリートも、額に汗を浮かべ表情を険しくする。
「それはもう避けられぬ。マナリアの中原侵攻を阻止する為には、両国が一切の隙なく守る事が肝要。それが分かっているからこそ、マナリアはカナンを誘い出す謀略を仕掛けているのだ」
「総督の言う通りだと思うよ。本来、証拠を残さないマナリアが、カナン王国に対してだけはあまりにも手抜かりだもん。ここで見殺しにしたら、それこそがマナリアの思う壺じゃないかな」
プリスカもラファエルの言に同調し意見を述べた。
「だが、これはマナリア侵攻が目的ではない。あくまでもカナン軍を救出する事が狙いだ。レオンに掛けられた術を破り、被害を最小限に食い止め撤退する」
「しかしそうは言うが、敵の懐に飛び込んで被害を出さずに撤退するなど至難の業ではないか? そもそもレオン公と懇意であったリーツマン総督の言葉でもザッハークが解けなかったのだ。一体誰が説得をする?」
問いを受け、ラファエルの視線が部屋の入り口付近に立つ三人に向けられた。則ち、ビアンカ、プリスカ、イザークだ。
「この作戦の成否は君たちに掛かっている。今から言う事をよく聞いてくれ」




