二十 レイヴンの成長
ラファエルがカナン王国へ向かった一方、ビアンカはプリスカを伴って、翼竜のレイヴンが暮らすトゥラースの森へ訪れていた。
経緯としては、マナリア出身のプリスカに翼竜を見た事があるか尋ねたところ「見た事はないよ。私が暮らしてたのはニヴルヘイム大陸の南側で、翼竜が棲むガンガルディア山脈は北の果てだからさ」と存在の有無については平然と肯定した会話に遡る。
「ガンガルディア山脈……」ビアンカは初めて聞くその名を反復した。依然ラファエルが言っていた魔の山というのもだろうか。
するとプリスカは口元に手を広げ、あ、と開口する。
「そっか、ヴィーグリーズ大陸の人は竜が実在するって知らないんだっけか。あはは、禁忌ばっか犯して私、殺されちゃうかもな〜」
「禁忌?」
「うん。マナリアの魔道士が国外に逃亡する事もそうだし、竜の存在を他国に教える事もだめ。まあもっとも、『マナリアには竜がいます』って言ったところで誰がそんなの信じるのって話じゃない? マナリア国内ですら滅多にお目にかかれないのに」
「でもプリスカは見た事はなくても、存在する事に疑問はないのね」
「だって私はほら……アナスタシアが軍部の偉い人だったから。そういう話もちらほら聞いてたよ」
「そういう話って?」
「ガンガルディア山脈には飛凶族っていう竜を駆る一族がいるらしいんだけど、どうやらその飛凶族と友好関係を結んで傭兵として雇う事に成功したって」
「じゃあ……マナリアには、竜騎兵がいるということ?」
「又聞きだけど、恐らくそう。竜騎兵に関しては機密事項だから、マナリア国内でも知る人は少ないよ。実戦投入はまだされてないって話だし」
それが事実だとしたら中原諸国にとって間違いなく脅威となる。未知なる竜騎兵という兵種が、どの様な戦術を採るのか。
ビアンカは自ずと神話に登場する英雄、竜騎士ソラリスの項を思い起こした。
天空を支配せし竜騎士ソラリス。声高に突撃の号令を発し、地を往く魔獣を滑空突撃にて打ち倒す勇壮な姿。
幼い頃から憧れた竜騎士が敵にいるという恐ろしさに、ビアンカの表情が露骨に曇る。
「だけど、未だに実戦に使われないってことは、きっと軍団としての運用が難しいって事だよ。だからそんな心配そうな顔しないでよ、ビアンカ。それより、なんで急に竜の話?」
「実は、私とラファエル様とで翼竜を飼っているの」
「えっ!? ち、ちょっと待って!! どどどゆこと!?」
「実は数ヶ月前…………」
◆
鬱蒼と茂る森の中を慎重に進み、レイヴンの暮らす場所へと向かうビアンカとプリスカ。
「楽しみだなぁ。私とも仲良しになってくれないかなぁ」
レイヴンを育てていると話してから、プリスカはずっとこんな調子だ。ころころ笑うその姿に、ビアンカも自然と笑みが溢れる。
「プリスカは動物と遊ぶ事が好きだと言っていたものね」
「うん! 動物って純粋でとってもかわいい!」
「あ、ちょっと待ってね」
馬の脚を止めると、ビアンカは辺りを見渡した。近くにレイヴンの気配はないことを確認し、大きく息を吸う。
「レイヴン!」
凛と透き通る発声が森に響き渡ると、間を置かずに二人の上空、木々の葉の裂け目から巨大は飛影が姿を現した。
「うわぁ!」
感嘆の声を上げるプリスカの目の前に両翼を大きく広げたレイヴンが降り立つ。嬉しそうに嘶くレイヴンに「暫く来られなくてごめんね。少し見ないうちにまた大きくなったね、レイヴン」とビアンカが優しく語りかけた。
「凄い凄い! 本当に翼竜だね! レイヴン、はじめまして、プリスカだよ。私とも仲良くしてね」
子供のように目を輝かせるプリスカは、初見ならば恐れてもよさそうなものを、全くそんな素振りを見せない。レイヴンにもプリスカの真心が通じたのだろう。成長してギョロリと鋭くなった瞳でプリスカをジッと見据えると、もう一度翼を広げ、大きく嘶いた。
「ふふ、こちらこそよろしくね、だって」
「えへへ、やったぁ! それにしても、今のビアンカのレイヴンを呼ぶのかっこ良かったなぁ。まるでソラリスが戦場へ向かう時みたいで、なんだかゾクゾクッてしたよ」
レイヴンがビアンカのお腹に首を伸ばし、愛でるように鼻先を擦り寄せた。
「レイヴンも兄妹が生まれてくるの楽しみにしてるんじゃない?」
傍目に見ても分かるくらいに大きくなったお腹。レイヴンとお腹の子、奇しくも二人の子を同時に授かった奇跡を、今改めて感慨深く思う。
プリスカが言うように、聡いレイヴンはお腹の子が生まれてくるを待ち侘びているのかもしれない。
「楽しみね、レイヴン」
鼻先を優しく撫でると、レイヴンは心地よさそうに目を細めた。
「それにしても、レイヴン大きいねー! こんなに大きいのにまだ赤ちゃん、なのかな?」
「それはわからないわ。さっきも話したけど、レイヴンを連れ帰る前、巨大な竜がいたの。もしかしたらその竜が母親で、レイヴンは咥えられて運ばれてたんだと思う」
「突然消えちゃったッて言ってた竜ね。そもそも竜がこっちの方まで飛んでくるのも変だし、色々不思議な事も多いね。でも考えてもわからないから考えるのやめちゃお」
プリスカはけろっと笑った。可愛らしいプリスカの雰囲気に、ビアンカは幼くして亡くなった妹の姿が重なって見えた。
「おー…………い」
ビアンカ達が来た方向から誰かの呼ぶ声が聞こえる。
「レイヴン、行っていいよ」
聡明なレイヴンはそれだけで意図を察し、その場から姿を消した。そしてややあって、ビアンカ達の元へやって来たのは第一部隊所属のイザークであった。
「あっ! ビアンカ、プリスカやっと見つけた」
「イザークどうしたの? 夕刻までには帰ると伝えていたのに」
「オレンジジュースの差し入れとか?」
両手を差し出して冗談を口にするプリスカ。イザークは眉根を下げ、困り顔で二人の顔を交互に見つめる。
「そんなわけないでしょ。カナンに向かっていた総督が戻られたけど、大変な事態になったみたいだ。それで二人にも召集がかかった。一刻も早く戻ろう」
大変な事態と聞き、軽口を叩いたプリスカの表情も引き締まる。
「わかったわ。すぐに戻りましょう」




