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ユグドラシル大陸戦記 天翔る碧眼の竜騎士  作者: 風花 香
第一章 戦乱への序曲

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十九 狂気の言霊

 鷹が戻ってから三日後の正午。ラファエルがいるカナン領西端の関所に、精鋭三〇〇騎の一団が到着した。

 その中から、銀鋼(ミスリル)の鎧に身を包んだ黒髪の偉丈夫が進み出る。男はラファエルと視線を交わすと、にこりと微笑んだ。


「リーツマン閣下! 久しいな、遠路遥々よう参られた」

「こちらこそ突然の来訪にも関わらず、元帥自らご足労をお掛けして申し訳ない」


 公の場ゆえ敬称こそ欠かさないが、親しげな雰囲気で会話を交わす両人。

 ラファエルとレオン。二人が友となり得たのは、先の両国における『十年戦争』末期、ビアンカを巡る数奇な出会いがあったからに他ならない。

 二人は剣で切り結ぶ一幕もあったが、ビアンカのカナン王国への怨嗟を断ち切る切っ掛けを与えたのがレオンであり、ラファエルがビアンカへの愛を告白できたのもレオンのおかげであった。

 レオンはラファエルにとって友であり恩人でもある。

 


 ラファエルはレオンと固い握手を交わしつつ、歓迎されていない雰囲気を気取っていた。目の前のレオンからではない。隊列を組む三〇〇の兵士から疑念と敵意が向けられているのだ。

 無論その雰囲気は、ラファエル以外にも伝わっており、短気を起こしやすいローレンは不快を吐露しかねない。


 やはり、か。

 ラファエルは半ば予想していた状況に納得していた。だからこそバール将軍の様子がおかしい時点で、供回り達には言い含めてあったのだ。

 証拠を残さぬマナリアだ。カナンにおいても、黒幕の特定には至っていないのは当然。ヴェリアでもプリスカの証言がなければ、マナリアを黒と断じる事はできなかったのだから。

 カナンにしてみれば、ヴェリアが仕向けたという意見が一定数出るのは仕方ない。


「それにしても」ならばと、ラファエルは機先を制する。

「こうもひしひしと敵意を向けられては、対マナリア戦略の対話がしづらいですなぁ」


 ぎょっとした様子を見せるカナン兵。対して、目の前のレオンは一瞬目を丸くした後、ラファエルの心底を読むかのように、じっとその目を見つめた。

 飄々と暢気な口振りとは異なり、眼鏡の奥のラファエルの瞳は、強い意志と誠実さに溢れている。


「実はな閣下、先日我が国に影者(シャドウ)が潜入し、ジークフリート国王陛下が襲われたのだ」

「……元帥がこちらに向かうとの知らせを受けた時に、まさかとは思いました。杞憂に過ぎればと祈っておりましたが……それで、陛下はご無事なのですか?」

 

 ラファエルの懸念は当たってしまっていた。問いに対して肯定も否定もせず、レオンは続ける。


「兄ジークフリートは王になる以前は大将軍として勇名を馳せ、剣技にも長けたお方だ。下賤な影者(シャドウ)如きに遅れを取るはずもないが、彼奴らは卑劣にも四人掛かりで襲ってきた。兄は二人を討ち取り、一人を捕縛したが……」レオンはぎりっと悔しそうに歯を鳴らした。


「今、カナン王国中から医者を募り治療を行っているが、未だ意識は戻られていない」

「そうであったか」ラファエルは沈痛な面持ちで呻いた。

「我々が何故ヴェリアに対して疑念を抱いているかだが、捕らえた影者(シャドウ)を拷問にかけたところ、自らがマナリアの手の者であるという事。そしてヴェリア王国と共謀し、中原を侵略し制圧した後には、カナンの領土はヴェリアに譲る盟約を結んでいると吐いたのだ」

「見え透いた離間策ですな」ラファエルは一切の動揺もなく一蹴する。


「悪く思わないで欲しい。無論、俺をはじめヴェリアを信じる者は多くいる。だが、先の戦争で親しい存在や家族を殺された者も大勢いる。激情に駆られるのも仕方なき事。なにより」その時、レオンの顔に鬼が宿る。


「俺たちは国王を標的にされた屈辱に打ちひしがれている。到底犯人を許す事などできんのだッ」

「カナン王国の怒り、もっともだ。我々ヴェリアとしても甚だ遺憾に思う」

 燃え滾る怒りを目の当たりにして、ラファエルはこれはいかんな、と警戒しつつ、調子を合わせる。


「ところで、ヴェリア王国でも影者(シャドウ)による襲撃があったので?」


 集団の中から問うたのは、老齢な男だった。ラファエルはその細すぎる髑髏のような老人に見覚えがある。

 カナン王国の大臣を務める、名前は確か、ゴッタ伯だったか。


「ええ、我が国では第一部隊副歩兵長ビアンカ・リーツマンが襲われ、彼女を庇った同じく第一部隊所属のフランク・ベルツ騎兵隊長が瀕死の重傷を負うに至りました」

「これはしたり! ヴェリアでは一介の兵士が襲われただけと申しますか?」


 わざとらしく驚いた表情を浮かべ、猜疑心を顕にする老大臣。揉めるなと言い含めてあったローレンの顔が俄に怒る。


「恐らく、本来狙われたのは私だったのでしょう。ビアンカが襲われたのは、私の邸宅でありましたから」

「ふむ、偶々閣下は留守にしていたわけですな。まあ、いいでしょう。して、此度の案件はマナリアに対する共同戦線を張る為、ですな?」

「如何にも」


 老大臣の顔が醜い皺だらけに覆われ、くちゃりと悦に歪んだ。


「誠に望ましい。ヴェリアがカナンとともに復讐戦に参加してくれるとなれば、実に心強い。マナリアへ侵攻し()()()()を晴らさねば」

「復讐戦? 何を馬鹿な……ッつ!!」

 

 頭の中に反響するゴッタ伯の狂気的な声。しかもそれは発したままの言葉そのものではない。


 (ビアンカ)を危険な目に遭わせたマナリアを許すな。

 弟分(フランク)を死の淵に追いやったマナリアを許すな。

 非道を尽くすマナリアを許すな。許すなッ!!


 ラファエルの頭の中が真っ赤な怒りに染まりかけ、頭を大きく横に振った。


 片手を額にあてがい怒りを逃す為、大きく深い呼吸を繰り返す。

 なんだ、今のは? ゴッタ伯の言葉を聞いた途端、制御不能な程の怒りが湧き上がった。


 ゴッタ伯に目を向けると、視線がかち合う。濁った無感情な瞳がこちらを見据えていた。

 

「そうだ……許すな」

 集団の中から上がったその一言。それを皮切りに三〇〇の兵達が怒りの大音声を響かせる。


「王を死の淵に追いやった外道を許すなッ!!」

「カナンを貶めるマナリアを許すなッ!!」

「祖国を狙うマナリアを許すなッ!!」

「許すなッ!!」

「許すなッ!!!!」

「許すなッ!!!!!!」


 もはや収拾のつかない怒りが渦巻いている。

 おかしい、全てはゴッタ伯の台詞からだ。彼の怨み節を聞いた途端、怒りが込み上げ、カナン兵達は呑み込まれた。まるで魔道の(たぐい)。魔道……。まさか。


 ハッとしたラファエルが目を見開き、老大臣を睨み付けたその時。

「そうか、ヴェリアではビアンカも狙われたのか……」目の前のレオンが怒りに打ち震えながら呟いたのだ。

「レオン!!」ラファエルは敬称を付けることさえ忘れていた。

「リーツマン閣下、マナリア侵攻の助力……願えるか」怒りに染まった瞳がラファエルを突き刺す。

「落ち着け、レオン。協力してマナリアに対するのは当方も望むところ。だが、それは侵略する為ではない。鉄壁の河川防砦群を活かしての防衛戦略、延いては中原五ヶ国による連盟防衛が目的だ」


「そうか、助力は願えぬか」ラファエルの言葉はレオンに届いていない。


「レオン! ジークフリート国王陛下が健在であれば、例え己が狙われたとて国民を危険に晒す戦争に踏み切るか!? 今一度よく考えるのだ!」

「兄、ならば?」レオンの瞳に一瞬正気の色が戻る。

「リーツマン閣下、何を世迷い事を。悪逆皇帝ネフェリシスを討たねば、この憎悪は晴れますまい」


 再び頭に反響する大臣の声。しかしラファエルは身構えていた。

 その台詞か! ラファエルはこの(あやかし)の根源が矢張りゴッタ伯である事を見破った。

 しかし、それを破る術を、ラファエルは知らない。


「レオンよく聞いてくれ。我が麾下に魔法を使役できる者が入った。その者の魔法は傷を癒やす力があり、それによって致命傷を負っていたフランク・ベルツは一命を取り留めた」

「魔法? そのような者が、なぜヴェリアに」

「経緯など詮無きこと。頼む、友として私を信頼してくれるのならば、国王陛下の元へ私とその者を通してくれ。その力があれば或いは助けられるかもしれぬ」


 ラファエルは苦肉の策でこのカードを切った。冷静さを欠いたこの状況では、受け容れられないかもしれない。

 それでもこの怒りを一時的にでも抑え、対話ができる状態にするには、ジークフリートを救えると話すしかない。


「魔法を使役できる者となると、それはマナリアの魔道士に他なるまい。閣下よ、拷問に掛けた影者(シャドウ)の自白に信憑性がでで参りましたな」


 嘲笑うゴッタ伯は明らかに戦争に向かうように仕向けている。間違いなく、マナリアへ内通している。

 実際には内通しているのではなく、本当のゴッタ伯は既にこの世になく、目の前の大臣は変化の魔術による仮初の姿。

 

「ゴッタ伯! 貴様はッ」

「リーツマン閣下、ヴェリアの助力を得ようなどと都合の良い事を申してすまぬ。だが、もはや俺達カナン国民の怒りの炎は鎮火できぬ程に燃え上がっているのだ!!」

「レオン!!」


 マントを翻し、レオンは右手を掲げ号令を掛けた。


「マナリアに攻め込む! 皇帝ネフェリシスの首まで一直線に突き進む!」


「「「「うおぉぉぉぉおおおおお!!!!」」」」


 空気を爆ぜさせる程の歓声が、辺りを包み込む。もう止める術は、ない。


「戦支度は整えてあります。さぁ、ニヴルヘイムへ、死の大地へ参りましょうぞ」


 髑髏が嘲笑う。

 地獄の蓋は開けられてしまった。

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