高僧の一人語り
「もし、其方ら碧眼の死神を存じておるか?」
とある酒場で盛り上がる席に、一人の変質者、もとい高僧が現れた。
酒のよく回った荒くれ者数人は、突然の問い掛けにゲラゲラと笑いだす。
「碧眼の死神ぃ? そんな奴は聞いたことがねぇなあ」
「あっひゃっひゃっ! おい、爺さん。冷やかしならとっとと失せな。さもねえと、その高そうな錫杖を圧し折っちまうぞ」
「バァカ、折るくらいなら売るっての!」
威圧的な下卑た笑いにも一切動じる事もなく、編笠を深く被った老僧は淡々と物語る。
「大河川ローデル川を隔てた南の大大陸ヴィーグリーズ。その大陸の北方、肥沃な穀倉地帯が広がる地域を中原と呼ぶ。中原には五つの国が割拠しており、その中にヴェリアという小国が存在する。このくらいは知っておろう?
整備された街道は近隣諸国へと伸び国交も盛んで人々の往来も多い。また北を流れるローデル川の権益を一部握っており、領内東にある鉱山からは資源の採掘にも恵まれ、小国でありながら基盤の整った治世の安定した国である。
しかしそれも極々最近の話であり、十年にも及んだ隣国カナンとの戦争は国内を疲弊させ領民を大いに苦しめたのは記憶に新しい。
当時の国王は領土を跨る鉱山権益を独占しようと目論み、カナン王国に突如として侵略し周辺の領土を制圧した。
それを皮切りに人身売買や虐殺といった蛮行が横行すると、これにカナン王国は激怒。報復としてヴェリア領内の村も戦火に晒され、結果として互いの憎悪がぶつかり合う戦争へと発展したのだ。
ふぅ、ちょっと一口水を飲ませてくれ。……ぐぇっ! こりゃ酒じゃろ、儂は下戸じゃに。
その焼かれた村の一つに一人の少女がいた。彼女は両親を殺され、必ず守ると誓った妹の命すらカナン兵に奪われた。
村が業火に包まれる中で奇跡的に生き延びた少女だったが、生きる希望を失い、そのまま命を手放そうと目を閉じたその時、少女の前に一人のヴェリア軍将校が現れたのだ。
男は彼女に手を差し伸べるとカナンを決して許さず妹の仇を討てと説き、深い憎悪と怨嗟を刻み付けるとともに、生きる意味をもたせた。
復讐の炎を宿した少女は鍛錬を積みヴェリア軍の兵士となると、数々の戦場でカナン兵を葬る優秀な軍人へと成長する。
彼女の特異な能力と鬼神の如く荒ぶるその姿に、戦場でまみえたカナン軍兵士の間で、ヴェリアには碧眼の死神がいるという噂と異名が広まった。
地に蔓延る魔物を滑空突撃にて蹴散らし、空を覆う魔の眷属を紅蓮の炎で焼き尽くす。蒼光煌く眼光は夜闇を跳ね除け、無双の武を奮いながら、竜の咆哮は大陸中に轟く。おぉ、それは天空を駆ける麗しき竜騎士ソラリス。
ああー、ここは神話の一説じゃぞ。
碧眼の死神、彼女はソラリスの生まれ変わりなのではないか、と儂は睨んでおるのだが……。とはいえ前述した通り、ヴェリアとカナンは既に和平を結び、互いの蟠りは解けている。復讐に取り憑かれた少女もある出来事を切っ掛けにその鎖から解き放たれ、今は幸せを謳歌しているという。無粋な与太話はここまでとしておこう」
男達はとっくに老僧の話を聞かず、その場にいる事さえ忘れているようだった。
ユグドラシル大陸戦記 天翔る碧眼の竜騎士




