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ユグドラシル大陸戦記 天翔る碧眼の竜騎士  作者: 風花 香
第一章 戦乱への序曲

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十七 連盟を結ぶ好機

 ビアンカは兵舎に備えてある寝室にプリスカを案内した。小さな机と椅子、それに簡易ベッドがあるだけの質素な部屋だ。

 にも関わらず、プリスカは「わぁっ!」と、感嘆の声をあげ、笑顔を弾けさせた。


「ここなら窓がないから入り口以外からの侵入はありえない。けど、そんなに嬉しい?」

「うん! だってマナリアを出てから、お金ないから、毎日野宿だったもん。寒いし、変なおじさんにどっか連れて行かれそうになったし、とにかく大変だった!」

「野宿って……あなたみたいな女の子が危険すぎるわ。でも、無事でよかった。後で暖かい毛布を持ってくるから、ほしい物があったら気兼ねなく言って」

「ありがとうお姉さん、えっと……ビアンカさん、だっけ?」

「はい。ビアンカ・リーツマンと申します。ビアンカと、呼び捨てで構いません」

「それじゃあ、お言葉に甘えて。ビアンカ、とても綺麗な瞳だね。あなたが噂の碧眼の死神?」

「はい……そのような蔑称で呼ばれる事もあります」

「蔑称だなんて。ヴェリア王国に碧眼の死神と呼ばれる狂戦士がいるって、他国にまで恐れられる勇名だよ。でも、女の人だと思ってなかったし、女性を褒める言葉としてはありがたくないかもね〜」


 けらけらと笑ってみせるプリスカ。

 ビアンカはその異名で呼ばれ、恐れられ、忌み嫌われた時の記憶を想起した。


「以前の私は、確かに狂戦士だったかもしれません。カナン王国への憎しみを糧に、人を斬って斬って斬り続けていたのですから」

「ふーん。ビアンカはなんでそんなにカナン王国を憎んでたの?」

「私が十歳の時、カナン王国との戦争で故郷の村と家族を失いました。その時に抱いたのです、カナンは悪魔だという憎悪を」

「家族を殺されたらそりゃあ、ね。それで……今はカナンを憎んでないの?」

「……はい。結論から言えばカナンは悪魔などではありませんでした。もちろん、家族を殺めたカナン兵を許す事はできませんし、彼等は残虐でした。だけど、それだけでカナンという国を一括りにして悪魔と断ずる事はできません。カナンにも尊い命があり、私達と変わらない営みがあると知り。いいえ、教えられ、私のカナンへの憎しみの怨嗟は断ち切られたのです」


 ビアンカの言葉を聞いたプリスカに哀愁が漂う。ビアンカはそんなプリスカの胸中を察していた。

 口数の少ないビアンカが言葉多めに語るのは、プリスカには自分と同じ道を歩んで欲しくない、そんな思いから。


「私も孤児だったのですよ。だから、孤独に温もりを与えてくれた人はとても尊くて、大切な存在だということは身を持って知っています。プリスカがこれまで生きてきた一八年間、それが幸せだったと感じるのなら、今回の一件だけでアナスタシアが魂を売ったと断じる事は……」

「大丈夫。わかってるわ」プリスカは言葉を被せた。

「だけど……どちらにしてもマナリアの軍事行動を容認するわけにはいかない。そして、それに加担するあの人も止めなければならないもの」


「そうね……。差し出がましい事を言ってごめんなさい」


 ビアンカが顔を伏せて詫びると、対象的にプリスカはぱあっと晴れやかな笑顔を浮かべて、ビアンカの両手を取った。


「ううん、私なんだか嬉しいよ! ビアンカも私と同じ孤児だったなんて。私の気持ちをわかってくれる人に初めて会ったから。だから……さ?」


 頬を赤らめもじもじと上目遣いにビアンカを見つめるプリスカ。そんなプリスカを可愛らしいな、と見つめながら「なに?」と優しい眼差しを向ける。


「ビアンカの事……お姉ちゃんだと思ってもいいかな?」


 ますます顔を赤らめるプリスカ。

 余り感情を面に出さないビアンカが両目を見開き驚いた。


「はい。私でよかったら、喜んで」


 と、快く応じたのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ラファエルは国王ヘイムフリートに謁見し、この度の影者(シャドウ)による襲撃、また裏で糸を引くのは魔導帝国マナリアである事を報告した。

 正に青天の霹靂。聞き終えたヘイムフリートは、玉座が熱された鉄板であるかのような勢いで立ち上がった。


「マナリアがこのヴェリアを狙っているというのか! しかし、その影者(シャドウ)がマナリアの手の者だと分かっているなら即刻糾弾し、国際社会に吊るし上げようではないか」


「陛下、残念ながらマナリアの狙いが正にそれなのです。犯人はマナリアで間違いありませんが、確たる証拠を残していません。敵対行動と見做され、その牙を向けてくるでしょう」


「むう、ならばリーツマン。総督としての其方の意見を是非聞かせてくれ」


「甚だ遺憾ではありますが、ここは波風を立てない方が得策。マナリアの狙いはここヴェリアだけに留まらず中原全土です。各国もマナリアの脅威を感じているはずですので、連盟を結ぶ好機でもあります」


 その戦略を聞いたヘイムフリートの顔が綻んだ。暴虐であった前王、兄のアンドレアスとは似ても似つかないこの王は、下の者の話をよく聞ける人間である。自らが傑出した才覚を有するわけではなく、能臣を活かす事に長けている。


「敵の策略を逆手に取り、横の結び付きを強めようと言うのじゃな? 中原で割拠する我々が手を取り合えば、強大なマナリアにも対抗できると」


「長年敵対していた我々とカナンが和平を結んだ事により、中原の争いは絶えました。マナリアは中原の我等を南方小国群と蔑んでおるようですが、その実態は各々が強力な兵団を擁する国。マナリアに自らの策が悪手であったということ、思い知らせましょう」


「うむ! 儂は能力の無い人間じゃが、国王として外交の駒には幾らでもなる。リーツマン、必要あらば遠慮なく儂を使ってくれ」


「有り難きお言葉。陛下、事態は火急を要する故、早速一つお願いがございます。ギルディア王国、ソト王国、サーガイア王国に陛下から手紙を出して欲しいのです。外敵マナリアがここ中原を狙っている故、連盟を結びこれに備えたし、と」


「カナン王国が含まれておらぬようじゃが、良いのか?」


「カナン王国には私が直接呼び掛けようかと思います。沿岸防備は我々とカナンの役目。ジークフリート国王陛下に一度会い、戦略戦術を煮詰めてこようかと思います」


「あい、わかった! 三ヵ国への連盟呼び掛けの件は任せるがよい」


「ははっ、では私の方も準備に取り掛かります」


 ラファエルは一礼し、謁見の間を後にした。

 しかし、事態はラファエルが想像しているよりも遥かに深刻であった。

 この時のラファエルはまだその事を知らない。

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