一六 高まる戦いへの気運
全てを話し終えたプリスカは一つ大きく息を吐き出した。
「とまあ、そんな訳で私はマナリアを出て来たってわけ。もう本当に超々悔しくって! ムキーッて感じよ。絶対にあの女は許さないんだから」
怒りつつも明るく感情を発露させるプリスカを見て、ビアンカはそんなわけない。と心情を推し量っていた。
同じく孤児だったビアンカにはわかる。プリスカにとってそのアナスタシアという人はかけがえのない大切な存在だったはず。
プリスカの話した内容が全て真実ならあまりにも残酷な話であり、その胸中は想像するに余りある。
もちろん、気丈に振る舞う彼女に対してそんな事は口が裂けても聞けないが。
「話はわかった。だけどプリスカ、申し訳ないが君の頼みを聞く事は少々難しいな」
悩ましい表情を浮かべるラファエルに対して、プリスカは首肯する。
「分かってる。ヴェリア王国の軍人さんにこんな復讐紛いの手伝いをしてもらえるはずがない。だから少しお願いを変えるわ。私をヴェリア王国軍に入れてくれない?」
「君を?」ラファエルは眼鏡の奥の目を丸くした。
「我々としては魔法を使役できる者を登用できる事は嬉しいが、君はそれでいいのか?」
「うん、一緒に戦ってくれる仲間がいれば心強いわ。それに、これはアナスタシア一人を殺してお終いって話じゃない。マナリアを、あの悪魔の国を倒さなければこの世界に真の平和は訪れないわ」
「マ、マナリアを倒すって、あの超大国を?」
イザークが明らかに臆した様子を見せるのに対し、プリスカは笑ってみせた。
「あれぇ? ロン毛のお兄さん、もしかして巻き込み事故に遭った気でいる? 残念だけど、もうヴェリア王国も他人事って訳じゃないよ」
「え? それはどういう意味だい?」
「今回そこのお姉さんを襲撃した影者、奴等はマナリアの暗黒教団が放った刺客だもの」
これにラファエルを除く三人は驚愕した。既にマナリアの魔手がヴェリア王国に伸びていたとは。
「へぇ、隊長さんは驚かないんだね」
「マナリアが中原に手を伸ばす事は予想していた。だが、まさか初手からこうも卑劣な手段を用いるとは思わなかった」
「何だってマナリアはビアンカやベルツを狙ったってんだ!? 戦争前に俺等の戦力を削る為か?」
がなり立てるグフタスに五月蝿そうに耳を塞ぐプリスカ。
「それが理由ならまだ真っ当で可愛げがあるかもね。隊長さんは分かってるんじゃない?」
「大義名分を得るためだろう」
「暗殺者を仕向ける事が大義名分に繋がるんすか?」
「喧嘩をする時、なぜ挑発するか。それは相手から手を出させる為だ。殴り掛かる理由があってもそれを正当化する証拠がなければ、悪いのは先に手を出した方だ」
「そんなまどろっこしい真似しなくても真正面から挑んでくればいいんじゃないんすか? 奴等は大国ですよ!」
「幾らマナリアが大国といっても、世界情勢から爪弾きにされるのは本意ではない。あくまでも防衛的侵攻、そう見せる事がマナリアには重要なんだ。中原を橋頭堡とし、ヴィーグリーズ大陸侵攻の足掛かりを得るまでは、な」
「やっぱ隊長さんがいると話が早いね。要は自演だよ。奴等は決して証拠を残さない。今回死んだあの影者も身柄がわかる物は何も持っていないはず。私がいなかったら、その正体は謎のままだったはずだよ」
全くもって唾棄すべき内容であるが、理に適った戦略でもある。どこだってマナリアのような大国と事を構えたくはない。
確たる証拠がない以上は日和見に徹するのが自国を守る手段。同盟に応じる事もできない。
マナリアと敵対したシュヴァリック連合も、同じ理由で仲間を募れず困っているに違いない。
「そういう事かよ。ざけやがってクソがぁ! 望み通りやってやろうじゃねえか、ベルツの仇取ってやるよ!」
額に青筋を浮かべて憤るグフタス。最年長でありながら部隊一の単細胞は話の内容をいまいち理解していないようだ。
「ムキムキのおじさん話聞いてた〜? ムカつくの分かるけど表だって行動できないんだってば」
孫娘ほど歳の差があるプリスカにほとほと呆れられる始末。
「グフタス、そういう事だ。私達が躍起になる事をマナリアは望んでいる。マナリアに疑いの目を向ける事、敵意を見せる事を奴等は首を長くして待っているんだ」
「それじゃあ隊長、俺達は黙って指咥えてるしかねえって事ですか?」
「いや、この機に横の繋がりを強めていく。マナリアの矛先は我々だけに向けられるものではない。カナン王国然り、ギルディア王国然り、中原諸国は同じような謀略を仕掛けられているだろう。相互に連絡を取り合い、マナリアが攻め寄せた際には一致団結し戦う。古来から続く防衛条約を今こそ再認識し、事に当たるんだ」
「その上でシュヴァリック連合とも結び付きを強めれば、マナリアの南と西を押さえる事ができますね」
ラファエルの戦略にビアンカが同意を示す。
「私は陛下に今回の襲撃と今後の展望について話をしてくる。ビアンカはプリスカに部屋を用意してやってくれ、この兵舎のどこを使っても構わない」
「はい。かしこまりました」
「グフタスとイザークは念の為、護衛についてくれないか? あの影者、まだ潜伏しているかもしれない」
「もちろんだ」
「了解しました」
ラファエルが眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。奥にある普段は穏和そうな瞳が鋭い光を宿していた。
「この作戦は決して引け腰ではない。マナリアと全面戦争する態勢を整えるものと心掛けよ。ビアンカやフランクを狙った帝国を、私達は決して許さない」
ラファエルの憤怒の決意に一同揃って頷いた。
どんなにマナリアが強大だとしても、仁義を外れ祖国を狙ってくるものに対して引く意思は微塵も無い。
戦いの気運はここにいる数人から高まろうとしていた。




