十三 プリスカの頼み
「魔法少女……」
ビアンカはプリスカの言葉を復唱する。目の前の幼気な少女が起こした奇跡のような力に、ただ唖然とするしかなかった。
「ねー、お願い聞いてくれるのー? 話してもいいのー?」
「と、取り敢えず」ラファエルが口を挟んだ。平静さを保とうと眼鏡のブリッジを押し上げる。
「フランクを自宅に送り届けさせてくれ。話はその後に聞こう。グフタス、イザークが医師を連れて来たらベルツ家に向かうように言ってくれ。その後その娘を第一部隊の兵舎に案内するんだ」
「は、はあ……了解しましたぜ」
グフタスも目の前で起こった出来事に理解が追い付いていない様子だ。フランクを助けてくれたプリスカだが、グフタスの目にはその得体のしれない力に対する畏怖の感情が窺える。
「そうだよねー。先ずはその男前さんを安静にする事が先決だよね」
「理解してくれて感謝する。では行ってくる」そう言うとラファエルは意識の無いフランクをおぶった。
「ラファエルさま、私も一緒に行かせてください」悲痛な面持ちでそう願い出るビアンカ。ラファエルは眉を顰めた。
「気持ちはわかるが、ビアンカも怪我をしているんだ。医師を待って手当てを優先しなさい」
「私のは掠り傷です。ベルツ隊長のご家族にお詫びしたいんです。どうか」
こうなったビアンカは相当に頑固だ。ラファエルは一つため息を吐き「わかった。着いてきなさい」と同行を認めた。
夜でも比較的人々の往来の多い繁華街を通りフランクの自邸へと向かう二人。軽傷のビアンカは周囲に気を配り、襲撃に備える。今ラファエルとフランクを守れるのは自分だけ。自ずと蒼光を帯びた眼光が鋭さを増す。
「ビアンカの怪我は本当に大丈夫なのか?」
「あ、はい。ベルツ隊長が私を庇ってくださったおかげで、私は無事でした」
「そうか。よかった」
目尻に皺を寄せて微笑むラファエルに対して、ビアンカは固い表情のまま曖昧に頷いた。フランクの命が助かったといってもその罪悪感が消えるわけではない。
「フランクの事で気を病んではいけない。あいつはあいつでビアンカの事を妹のように思っているんだ。フランクからすればビアンカを助ける事は当たり前の事なんだよ」
「ベルツ隊長が、私の事を?」
ラファエルはこくりと頷いた。
「本来ならば私が助けに駆け付けなければならなかった。あいつが目を覚ましたらどんなわがままでも聞いてやる覚悟で礼をせねばならんな」口元に微笑を浮かべ冗談っぽく言うラファエル。
「はい。私もベルツ隊長のお願いを何でも叶えたいと思います」ようやくビアンカの顔にも笑みが溢れたのだった。
ベルツ邸へ到着したラファエルがドアをノックすると、中から女性の「どちら様ですかー?」という確認の声が上がった。
「レイニーだね? 夜分遅くに申し訳ない。リーツマンだが、訳あってフランクを介抱している。開けてくれるかな」
すると間髪入れずドアが開けられ、目を丸くした銀髪の見目麗しい女性が表に出てくる。彼女はレイニー・ベルツ。フランクの姉だ。
「リーツマンさん? フランクを介抱って、え? まさかその子リーツマンさんより先に酔い潰れちゃったとか?」
ラファエルとフランクが親しい間柄故、姉であるレイニーとも親交が深い。ラファエルの酒の弱さを知っているレイニーは、今回に至っては的外れだ。苦笑いを浮かべラファエルが説明しようとすると、横に立つビアンカがレイニーに向かって深々と頭を下げた。
「レイニーさん、申し訳ございません! ベルツ隊長は襲撃を受けた私を庇い、大怪我を負ってしまったのです。私の不甲斐なさ故にベルツ隊長を危険に晒してしまい、なんとお詫びすればいいか」
聞き終えたレイニーは驚愕するとビアンカの両肩を掴んだ。顔を上げたビアンカは厳しい叱責を覚悟したが。
「襲撃を受けたって、ビアンカさんは大丈夫なの!? 怪我してない? あっ! ここに切り傷があるじゃない! 待ってて、今包帯を持ってくるわ」嵐のような勢いで捲し立てると凄まじい速さで包帯を手に戻り、ビアンカの治療をするレイニー。
「あ、あのレイニーさん、私は」
「いいのよ、ビアンカさん。フランクはあなたを守りたくて自らそうしたんでしょ? ベルツ家の名に恥じない立派な最期だと思う」
「レイニーさん、ベルツ隊長は……」
「いいの、あの安らかな顔はやるべき事をやり切った顔だわ」
「えーと、レイニー? あのー、フランク死んでないんだけど……」何故か申し訳なさそうなラファエル。
「え? そうなの?」
「ああ、一命は取り留めたんだ。安静にすれば良くなるとの見立てもある」
聞いたレイニーがラファエルにおぶられているフランクの顔を覗き込む。
「やだ! すやすや寝てるじゃないこの子! 総督の背中でぐーすか寝るなんて何考えてんの!」頭を一発小突きフランクを引きずり降ろすレイニー。
二人はすっかり居た堪れない気持ちになっていた。
「それじゃあ、リーツマンさんわざわざ届けてくれてありがとうございました。ビアンカさんも気に病まないでね」
「あ、レイニー! 後で医師が来るよう手配しているから、一応診てもらってくれ」
「何から何までありがとうございます。あ、お茶でも飲んでいきません?」
「い、いやこの後は所用があるから」
「そうですかぁ、残念。それじゃあ、おやすみなさーい」
閉められたドアの前で硬直するビアンカ。まるで本物の嵐のような女性だと、ビアンカはレイニーに驚くとともに、その快活さに羨望するのだった。
◇◆◇
「待たせてしまったね」
兵舎へ到着したラファエルはグフタス、イザーク、そしてプリスカへ順に目を向ける。ラファエルは早速本題に入った。
「さて、プリスカ。君はフランクを助ける代わりにお願いを聞いて欲しいと言っていたね。まずは話を聞かせてもらおうか」
待っている間に貰ったのであろうオレンジジュースを飲みながらプリスカはくりりとした瞳を瞬かせた。
「うん、男前さん助かってよかったね。て、このオレンジジュース美味し……。ああ、お願いっていうのはさ、私の手助けをして欲しいんだよね」
ズズズッと音を立てて氷だけが残ったコップを名残惜しそうに覗き込むプリスカ。ふと、隣に立つイザークに目を向けると「ロン毛さん、ジュースおかわり」と語尾に音符が付きそうな調子でにっこりと笑う。
イザークは「あ、はい! 直ぐに……持ってくるね」と年齢不詳なプリスカに対し、口調に悩みながら応じた。
コップにジュースが注がれるととても嬉しそうに飲み始めるプリスカ。
「手助けをして欲しいとは具体的にはどういう意味かな?」
「その前にさ、あなた達、私の素性が気にならないの? プリスカって名前と突然現れた可愛い女の子って事しか分からないでしょ?」
「大切な仲間を助けてくれた君にあれこれ詮索するのは無礼かと思ったが、プリスカからそう言ってもらえると助かる。君は魔法少女と名乗ったが、出身はもしやマナリアか?」
「隊長さんご名答。そ、私はマナリア帝国の魔術部隊に所属していた魔法使いよ。ピチピチの十八歳で、得意なのは回復魔法。趣味は動物と遊ぶ事。好きな事は笑うことで、好きな物は〜、たった今この国のオレンジジュースになったかな」
一八歳と聞いてビアンカは内心驚いた。見た目はどう見ても十歳そこそこくらいにしか見えない。小さくてあどけなくて、とても可愛い女の子といった感じ。
「じゅ、一八歳……」
イザークも同じように驚いたようで、こちらは露骨な反応を示す。それに対してプリスカはジト目でイザークを睨んだ。
「あー、ロン毛のお兄さん。今レディに対して失礼な事思ったでしょ?」
「い、いや! 思っていないよ!」
「ふーんだ! ちょこっとばかし身体の成長が追い付いてないだけなんだから!」
舌をべーっと出して悪態を付く様を見て、精神年齢も追い付いていない、という言葉をイザークは喉元でぐっと堪えた。
「まあいいや、じゃあここから本題に入るわね。お願いっていうのはさ……私にはマナリアに魔法を教えてくれた師匠がいるんだけど」
そう切り出したプリスカの表情は、これまでに見せていた明朗なものではなくなっていた。
「その人を殺すのを手伝って欲しいんだー」
決して暗い口調ではない。しかしどこか虚無的な調子でプリスカはそう言うと、オレンジジュースをズズズッと飲み干した。




