十一 フランク・ベルツVSシャドウ
ラファエル達が全力で現場へと向かっていると、前方からエプロン姿に剣を携えたビアンカが駆け寄ってくるのが目に入った。
「ビアンカ!」
「ラファエルさま!」
胸に過ぎった不安が現実にならなかった事に一先ず安堵したラファエルだったが、エプロンには無数の切り跡があり、ビアンカの身体からも僅かではあるが出血が見られる。
更にビアンカの鬼気迫る表情は事態の深刻さをまざまざと物語っており「無事で良かった、状況は?」とラファエルは直ぐさま問い掛けた。
「ベルツ隊長が私を逃がす為に襲撃者と戦っています。敵は只者ではありません。急ぎ応援を!」
「フランクが? グフタス、イザーク、急ぐぞ。ビアンカは無理をするなよ」
「はあ、はあ、はい……申し訳ありません」
お腹を押さえてビアンカは上がった息を整えようとする。自らもフランクの元に駆け付けたいが、三人に付いていくことができない。
このくらいで息が上がるなんて……。
ビアンカは我が身に訪れる変化を感じずにはいられなかった。
影者達と対峙したフランクは遮蔽物を上手く利用して敵の連携攻撃を分断しながら闘っていた。
ビアンカの手料理が並べられていたテーブルに椅子、ラファエルが日夜読み耽っているであろう大量の書籍が並んだ本棚。それらを全てなぎ倒し、投げつけながらの闘いだ。
隊長、家の中ボロボロにしてスンマセンね。弁償もしない予定ですが、許してくださいよ。
人並外れた視野の広さを持つフランクならではの芸当であり、数の優位を活かせない影者たちに苛立ちが募る。
「ちょこまかと小賢しい奴め」
フランクは戦いの中でも冷静に状況を分析していた。
数の不利は否めず、影者達の強さは一筋縄でいくものではない。
敵を全滅させる事はまず無理だ。ならばこの場での勝利とは何か?
最善はこのまま時間を稼ぎ、増援が駆け付けるまで奴等をこの場に留め置く事だ。さすれば少数で潜入している奴等は撤退を余儀なくされるだろう。
だがなぁ、それだけじゃ足りねえ。奴さんの目的、裏で糸引いてる奴の情報を掴まなきゃ、寝覚めが悪ぃだろう? つうか、腹の虫が収まらねえ!
「いい加減に諦めろ!」
痺れを切らした一人の影者がフランクに正面から斬り掛かる。
その瞬間、フランクの瞳がギラリと光を帯びた。
「待ってたぜ。てめぇが挑んで来るのをなぁ!」
フランクはそれに合わせて真っ向から受けて立つ。
冷静なフランクの眼力は四人の実力を正確に見切り測っていた。
四人の中で一番の格下はこいつだ。こいつを戦闘不能にして捕縛すれば、あとは煮るなり焼くなりして情報を絞り取れる。
フランクの怒涛の攻勢を前に防戦を強いられる影者。しかし格下とはいえ手練には違いない。フランクの斬撃を紙一重で防ぎつつ影者が一瞬の隙を突いた。
間隙を縫って飛んできたのはフランクの喉を寸分違わず貫く突き。しかし。
「その攻撃は読めてんだよッ!」
フランクはギリギリまで引き付けた上でその攻撃を躱した。
この暗闇でフランクのその動きは、対峙する者にとっては正に消えたようなものだった。
狼狽した影者の動きがほんの一瞬止まる。
フランクはその隙を逃さない。暗闇に煌めく銀閃が横に流れた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
振るわれた剣は両足を膝の下から切断し、噴き出る血しぶきの音と絶叫が室内にこだまする。
「おのれッ!」
仲間の一人がやられ一瞬動揺を露わにした二人の影者だったが、そこは流石の戦闘巧者。左右からの連携によりフランクを追い詰めに掛かる。
しかしフランクは見ていた。連携に僅かにズレがあるのを。
フランクが懐から何かを取り出す。ここまでの戦いでフランクが見せたのは剣による正攻法のみ。つまり敵はフランクが搦手を使うとは思っていない。
フランクの手元から何かが投擲される。机を蹴り、右側上空から迫る影者の喉にソレは突き刺さった。
「がッ!!」
もんどり打ち後方へ倒れる影者の首から棒状のナイフが生えている。しかし左から迫るもう一人は意に介す事なくフランクに斬りかかった。
迎撃するフランクだが、敵の方が動作に入るのが早い。
わかってんだよ。右の奴は引きつけ役で、お前が本命だろ? だとすりゃお前が狙うのは一撃で命を刈り取るここ!
研ぎ澄まされたフランクの集中力は、首を狙った閃光のような一振りを皮一枚で見切ってみせた。
そして躱すと同時、振り終わりの態勢の影者の胸を逆袈裟に深々と斬り裂いた。
瞬く間に難敵三人を仕留めたフランク。後はリーダーと思しき影者一人だけだ。
だが、事はもう一つ同時に起きていた。
フランクが斬り上げたのと全くの同時。背中を鋭い痛みと灼熱感が襲ったのだ。全身の筋肉が強ばり力が抜けそうになる。しかしフランクは強靭な精神力で耐え、ここで止まるなッ! と振り向きざまに剣を横薙いだ。
「うおぉぉッ!!」
その一振りは宙返りをしたリーダー格の影者には当たらず空を切る。
「ほう、あの状況から攻撃に転じるか。もう一刺し深くいけば終わりだったが……いや、どちらにしろか」
「クソが……めんどくせぇ刺し方しやがって……がふッ!」
吐血するフランク。その傷は間違いなく臓腑にまで達し損傷させていた。
「お前の強さはわかった。だからこそ致命の一撃を与えるには攻撃した際の隙を突くしかないと思っていたぞ」
「んだと……部下の命すら捨て駒かよ」
「お前を仕留める為なら安いものだ。さぁ、すぐに楽にしてやろう」
「くそったれ……」
暗闇に冷たく光る剣刃が頭上からフランクを刺し貫こうかという時、階下から駆け上がってくる複数の足音が響いた。
「ここまでか。だが、後始末は済ませねばな」
そう呟くと男は、喉を穿かれ即死した以外の仲間二人にクリアナイフを放った。
二本の透明の刃は、うつ伏せに倒れ苦しむ二人の延髄を正確に穿く。
そして影者は窓枠に手を掛け、フランクを冷徹に見下ろすと「貴様もどちらにせよ致命傷だ。さらばだ、ヴェリアの伊達男よ」と言い残し、闇に溶けるように消えて行ったのだった。




