十 ヴェリア一の伊達男
「リーツマンさん! リーツマンさん!」
ドアをけたたましく叩く音と、鬼気迫る呼び声にラファエルは慌てて執務室から顔を出す。そこにいたのは隣家に住む豪商の老主人で、血相を変えて荒い呼吸を繰り返している。
「どうしたのですか、そんなに慌てて」
「はぁ、はぁ、ど、どうしたもこうしたもない! リーツマンさんの家に強盗が入ったんじゃ! 中にビアンカさんいるんじゃろ!?」
「なんですって!?」
知らせを受けたラファエルは直ぐさま走り出した。
隣接する訓練場を横切る際、この時間まで残っていた部隊員数名がラファエルの様子に危機感を覚え声をかける。
「隊長! 何か問題でも起こったんですか!?」
声を張り上げたのは最古参の隊員、グフタス・アードラー。戦鎚を得物に戦う豪傑だ。
「私の家に侵入者が入った! ビアンカが危険だ、お前たち、一緒に来てくれ!」
「もちろんだ!」
「僕も行きます!」
グフタスに続き、黒い長髪を後ろで束ねた優男、イザーク・フェラーも後に続く。こちらは正確無比な弓矢の名手でその腕前はヴェリア王国随一とも謳われる。
第一部隊の兵舎からラファエルの自宅まではそう遠くはない。全力で向かえば数分で着く距離だ。
「ビアンカ、無事でいてくれ!」
一介の盗っ人如きならばビアンカが遅れを取るはずもない。しかし、胸騒ぎがするのだ。ラファエルは祈る気持ちで暗い夜道を駆け抜けた。
◇
「はぁ、はぁ」
四人の影者の変幻自在な身のこなしの前にビアンカは追い詰められていた。ビアンカとて碧眼の死神と畏れられる猛者だ。しかしこの影者達はそのビアンカをしても手に余る難敵であった。
ビアンカが作りだした暗闇の中でも、影者たちは意に介すことなく巧みな連携攻撃を仕掛けてくる。
間違いなく熟練の強者であり、このような者がなぜヴェリア国内にいるのか。
「俺達四人を相手に大したものだ。流石は碧眼の死神といったところか」
「くッ!!」
鋭い斬撃がビアンカを襲い、それを何とかレイピアで受ける。甲高い金属音が鳴り響き、火花が散った。
ビアンカは四人を相手に勝つ事の無理を悟り、この場を脱する方法を模索する。
無理はできない。お腹の子を守らなければ。
すると敵の一人がビアンカの動きの違和感に気が付き低く笑った。
「くっくっく、そうか。死神はその身に子を宿しているのか」
表情には出さないがビアンカに動揺が走る。
「哀れだな碧眼の死神。だがこれも運命と諦めろ」
二人同時に左右から襲い掛かる影者。
これは躱せない……。
ビアンカの胸中に悔しさと謝罪の気持ちが過ぎった。
ラファエルさま。あなたとの子を守り切ることができずごめんなさい。お腹の中の赤ちゃん…………無事に産んであげられなくて、ごめんね。
ビアンカはせめてお腹は守ろうと、正面からの斬撃を迎え撃った。無論、背後から襲い来る影者には無防備になりながら。
「させねぇよ、変態野郎どもが!」
怒号と共に踊り込んだ影が背後の影者を強烈に蹴り飛ばした。それにより正面から迫る凶刃をビアンカは既の所で受け止めることができた。
「間一髪だったな。怪我はねえか、ビアンカ」
そこに現れたのは影者達の戦闘を切り抜け、次なるターゲットを予測し後を追ってきたフランク・ベルツだ。
「ベルツ騎兵隊長……!」
ビアンカに続き、フランクの姿を認めたリーダー格と思しき男がくぐもった笑い声を上げた。
「ふっふっふ、先の男か。せっかく拾った命をむざむざ捨てに来るとはな。そんなに死にたいというならば、まとめてあの世に送ってくれる」
「笑わせんな。敵前逃亡したのはてめぇ等だろ。今度は逃さねぇ、俺達を狙った理由を洗いざらい吐いてもらうぜ。ビアンカ、お前は兵舎に行って応援を呼んできてくれ」
「ベルツ隊長! 私も戦います」
「お前は今戦える身体じゃねえだろ。お腹の中の子を危険に晒す気か?」
「なぜ……それを」
「へっ! それは俺がヴェリア一の伊達男だからだよ! さぁ、行け。ここは俺に任せろ!」
フランクの言うとおり、お腹を庇いながら相手に出来るような敵ではない。ビアンカはフランクの身を案じつつも、言われた通り応援を呼ぶ事が最善と判断した。
「直ぐに戻ります。ベルツ隊長、どうかご無事で!」
「おう!」
ビアンカが離れた事により四対一の構図で対峙する影者とフランク。
「ふっ、あの女が作り出したこの暗がり。貴様にはさぞ戦いにくかろう」
特殊な訓練を積んだ影者達は暗闇の中でもそれなりに目が利く。自分達の優位に不敵な笑みを各々が浮かべる。
「ばぁか。ヴェリア一の伊達男は暗がりでの体捌きも伊達じゃねえんだよ。それになぁ」
軽口交じりの啖呵を切るフランクに強烈な気迫が篭もる。
「俺の妹分に手を出した事、絶対に許せねぇよなぁ!」




