慟哭
森の中を馬蹄が疾駆する音が響き渡る。
逃げているのは一騎。獅子を思わせる逆立つ金色の髪を靡かせ、身に着けるは白銀に煌めく鎧。手にする大剣は名工の大業物。
名のある将、いや伯爵位を持つ者か、或いはそれ以上か。
「逃がすな! 彼奴の首には金貨五万枚が懸けられておる! 逃さず討ち取れ!!」
「おおぉッッ!!!!」
追手の数は五十騎はくだらない。懸賞に色めき立つ者達は隊列を伸ばしながらも、逃げる騎馬を追い立て続けた。
やがて逃げる騎馬が森を抜け、前を走る数騎が追い縋り同じく抜けるが、そこに逃げる騎馬の姿はなかった。
先頭の隊長と思しき騎士は、馬首を巡らせながら、ぎしッと歯軋りする。
「ええい! まだ遠くには行っておらぬはずだ! 近くに隠れている可能性もある! 手分けして探しだ……?」
指示を終える瞬間、男の頭上を影が覆う。顔を上げ目を見開いたそこには、崖上から飛び降りてくる騎馬の姿。手にする大剣が唸りを上げ振るわれると、男は馬もろとも左右に一刀両断された。
「たッ、隊長おぉぉぉ!!」
「で、出たぞー!」
「き、金貨五万枚は俺のもんだあぁぁ!!」
恐怖と欲望が渦巻き、混乱状態に陥った追っ手らは、数的有利を活かす事も忘れ個々に飛び込む。しかし彼の猛将にとって、ばらける雑兵など敵ではなかった。
凄まじい膂力から振るわれる大剣は一振り毎に骸を増やしていき、あっという間に七、八人の追手が血の華を咲かせ地面に倒れ伏す。
「と、とても敵わぬ」
あまりの剛力に恐れをなし、もと来た方へと逃げようとする者らを「逃さぬ!」と追撃しようとする猛者。しかしその時。
「おおっ! シュヴァルツ公よ、こちらにおわしたか!」と一人の騎士が現れた。
シュヴァルツと呼ばれた男はピタと動きを止めた。呼び止めたのはこれまた巨漢の騎士で、馬を並べると焦りを孕んだ口調で捲し立てる。
「急ぎこの場を離れるのだ! 追手の数はあんなものではない。見よ!」
男が指差す先、森を抜けた先にこちら側からでも視認できるほどの砂塵が巻き上がっている。大軍が控えているのは間違いない。
「だが、グランツ卿! 養父上が、養父上がまだ取り残されておるのですぞ!」
巨漢の騎士グランツは苦虫を噛み潰したように表情を歪め、しかし毅然と言い放った。
「父上はこうなる事を予見なさっていた。今こうして我らの命がある事こそが、父上の策略なのだ! さぁ、無駄口を叩いている暇はない。ここから間道を抜ければ逃げ切れよう」
「ならばグランツ卿は落ち延びられよ! 私が生き延びずとも、卿がいればシュヴァリック地方はどうとでもなる!」
ガッ! 鈍い音とともにグランツの拳が顔面にめり込む。口の端からゆるゆると伝う血を拭い、グランツを睨むが。
「今、公が死ねば誰が彼奴らの悪業を止められるというのだ!!!!」
憤怒の形相で叫ぶ姿を前に決死の覚悟が伝わる。
「今は耐え忍び機が訪れるのを待つのだ。そして必ずや討ち果たす! それができるのは、我らをおいて、他にはおらぬ」
「おのれ……兄上。おのれえぇぇぇぇぇ!!!!」
ニヴルヘイムの大地に、シュヴァルツの慟哭が響き渡る。




