盗賊の息子ってマジですか?
魂の管理者とやらに異世界に転生させられた。
生まれた場所は、かなりこぢんまりした集落のボロ屋だ。
衛生観念などあるはずもない、藁のような植物が敷かれたベッド上で、俺は産声を上げた。
と言っても、生まれてすぐから記憶があったわけじゃない。
ちゃんと自分が何者が認識できたのは、3歳になった頃だ。
言葉も当然日本語じゃないが、子供の脳は素晴らしい。
3年も経てばなんとなく理解できるようになった。
だが、今俺はそれどころではなく、猛烈に悩み焦っている。
ここは盗賊の集落だ!
このことを知ったのは3歳になってすぐのことだった。
数日間集落に大人の男達がいないと思っていたら、男達が歓声を上げながら帰ってきたのだ。
革の鎧を着て腰には剣を差し、鎧には明らかに血が乾いたものと思われる赤茶けたこびり付きが。
怪我を負ったのか、包帯代わりにボロ布を巻いた者も。
そして、馬が引く荷台には、手首を縛られた女子供達!
その顔は皆、絶望を通り越し、表情が抜け落ちていた。
俺は母親に手を引かれ、先頭にいる馬に乗ったいちばん上等な装備を身に付けた男のもとへ連れて行かれる。
そして…母は言った。
「お帰りなさい、バルボア。アベル、お父さんにお帰りなさいは?」
「…お父しゃん、お帰りなさい…」
ハードな人生の始まりに眩暈を覚えながら、父バルボアへの挨拶を絞り出した。
バルボアは無精髭の間から歯を剥き出して凶暴な笑みを浮かべながら馬から降り、
「おう、ステラ帰ってきたぞ。アベルも漸く喋れるようになってきたな。」
と言った。
「ステラ、女どもを仕切ってメシと酒を用意させろ。男どもは宴会だ。アベル!お前も来い。土産話を聞かせてやる。」
「バルボア、アベルにはまだ分かりませんよ。」
「いや、コイツは俺と違った頭が良さそうだ。いずれコイツらを率いる存在になる。今から盗賊の何たるかをしっかり叩き込んでやる。」
と言うや、俺をヒョイっと肩に乗せ、集落の中央にある大きめの屋敷へ向かった。
屋敷はこの集落にしては珍しく、基礎が組まれ、
床板が敷かれている。
壁は木の柱と土壁となっており、格子の入った高窓が何箇所か設置されている。
出入口は、引き違いの木戸となっていて、お世辞にも建て付けが良いとは言えないが、この集落ではいちばん上等な作りであることに違いはない。
バルボアが上座と思われる場所に座ると、俺はその左隣に座らされ、男達はめいめいに座る。
するとすかさず、女達が酒の入った簡素な素焼きの瓶を並べ、若い男達が年嵩の男達に注いで回る。
意外や親分の盃に酒が注がれるのは最後だ。
儀式的な意味か、毒殺を防ぐためかわからないが、この世界ではそういうものらしい。
皆に酒が行き渡ると、バルボアは盃を持って立ち上がった。
「みんな、よくやってくれた。比較的大きな集落だったから無傷とはいかなかったが、それを見越しても余りある成果が得られた。この成功に感謝を、負傷者には癒しを、死者には弔いを込めて、乾杯!」
「「乾杯!」」
全員が杯をあけると、幹部連中がバルボアに酒を注ぎにきて宴会が始まった。
この世界は圧倒的に男尊女卑のようだ、男が宴会をする間、女は酒や料理を用意するだけ。
親分が女を侍らすこともなく、男だらけの大宴会は続いた。
俺は、料理と水を口にしながらぼんやりと宴会の様子を眺めていたが、バルボアが言った乾杯の口上の中でなんとなく気になったことがあり、バルボアに聞いてみることにした。
「お父しゃん、だれか死んだの」
「ん?どうしてだ?」
「お父しゃん、〝死者には弔いを〟って言ってたから。」
「…アベル、よくそんな難しい言葉がわかったな。」
俺は一瞬(しまった!)と思ったが、平静を装うと、バルボアは続けた。
「カイとカイルが死んだ。囲まれたカイをカイルが助けに行って2人とも殺された。仲の良い親子だったからな。カイルの妻のスイナは身重だったはずだ。俺が支えてやらんとな。」
バルボアは、途中から自分に語りかけるように呟いた。
辺りが暗くなり、縁もたけなわとなると、若い男は1人、また1人と抜けていった。
どうやら、今日の戦利品の若い女に手をつけるようだが、まだ3歳の俺にはどうにもできない。
宴会の最中に聞いた話では、若い女は集落の男の妻となり、子供は奴隷商に売り捌くらしい。
俺は、何という野蛮な世界に転生してしまったのか。
魂の管理者は、魔法があると言ってたけど、誰も使ってないし。
そんなことを考えているうちに、3歳児の体は睡魔に襲われて、いつの間にか寝落ちてしまった。