表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

序章

僕は、あの日銃を手にした。

父親を殺すために―――



「……あ、そういえば」

と、ふと思い出したように彼女が口を開く。

「私もね、一つだけ覚えてるんだ。……ううん、違うかな。忘れてたんだけど、思い出しちゃったのかもしれないけど……」

「何?」

「お母さんが死ぬ前に教えてくれたことがあって……。それが『人殺しは悪いことだ』っていうことと、『誰かを殺せば自分も殺されることになるから気をつけなさい』っていうことだったの」

「…」

「……おかしいよね。普通そんなこと言う親なんていないと思うし、それにお母さん自身が殺人者だったわけだし。……だからずっと、あれはきっと何かの比喩なんだと思ってた。だけど今にして思えば、そういう意味じゃなかったのかもしれないなって思うの」

「…じゃあ、どういう意味?」

「それは…」

彼女はそこで一旦言葉を切ると、僕の目を見つめながら言った。

「……ねえ、私達ってどうなっちゃうのかな」

僕は答えられなかった。


僕達がこれから先どうなるのかなんて、誰にも分からないからだ。

もちろん、僕自身にも。


「……ごめんね。変なこと言っちゃって。気にしないで」

と、彼女が笑顔を作って言う。

僕は黙ったまま彼女の手を握った。

そのまましばらく沈黙が続いたあと、突然彼女が大きな声を出した。

「あっ!」

驚いてそちらを見ると、彼女はベッドの傍に置いてある自分のバッグに手を突っ込み、中から何かを取り出した。

それは一枚の写真だった。写真には二人の人間が写っている。

一人は彼女だ。そしてもう一人は、僕よりも少し年上に見える男だった。

「これ、私のお兄ちゃん」

「へえ……」

「かっこいいでしょう? 自慢のお兄ちゃんだったんだよ」

そう言って笑う彼女につられて、僕も微笑む。

「どうしてこんな写真を持ってきたの?」

と訊くと、彼女はちょっと恥ずかしそうな顔をしながら答えた。

「あのね、最後にこの写真を見ておきたかったんだ。」

その言葉を聞いてハッとした。


そうだ。

こうして一緒にいられる時間は長くはないのだ。


「そっか……」

「うん。でも、やっぱりもってきてよかったかも」

「どうして?」

「だって、なんかこう……思い出がよみがえる感じっていうのかな。すごく懐かしかったもん」

「そっか……」

僕はもう一度同じ相槌を打ち、それから言った。

「ねえ、それ貸してくれない?」

「ん?……いいけど、どうして?」

「記念だよ。思い出として残しておくためのね」

すると彼女は嬉しそうに笑い、「いいよ」と言って写真を渡してくれた。

僕はそれを丁寧に折り畳んでズボンのポケットに入れた。それから二人で他愛のない話をした。


いろんなことを話したけれど、結局最後はいつも同じ話題になった。

「ねえ……」

「うん?」

「……また会えるよね?」

彼女は泣き出しそうな声でそう訊いた。

僕は答えることができなかった。

本当は会いたい。できることならいつまでも彼女と過ごしていたい。

だけどそれはできない相談なのだ。

「お願い……。約束して……」

消え入りそうな声で懇願する彼女を前に、僕はようやく決心がついた。

そしてゆっくりと口を開いた。

「分かった……。必ず戻ってくるよ。絶対にね」

「本当!?」

「ああ。約束するよ」

「ありがとう!……待ってるからね!」

彼女はそう言いながら僕に抱きついてきた。

まるで別れを惜しんでいるかのように――

僕はそんな彼女の身体を強く抱きしめ返した。

それからしばらくの間、僕らは何も言わずにお互いの存在を確かめ合った。

やがてどちらともなく離れると、彼女は寂しそうな笑みを浮かべて言った。


僕は病室を出るとき、一度だけ振り返った。

窓の外では相変わらず雨が降り続いていた。

僕は胸の中で呟いた。

さよなら、と。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ