06.メリュク侯爵家
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男児を所望した騎士の父。葛藤しつつそれでも我が子を騎士とすべく育てる
それを肌で感じつつ成長する一人娘。父の無念と願いを悟り、胸に秘め、少女は決意し奮闘する
しかしその覚悟の裏にこびりついて離れない影
騎士団の確執。共感、呼応、そして落涙。新たなる旅立ち
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今目の前にいる少女、こいつは少し前の俺と同じ。
己の無力の痛感、そして絶望。
固い決意を胸に行動しようとするもそれは脅威に身を投じるのと同義。
そして繰り返される無力。絶望。
この地に降り立った頃を思い出す。
戦闘能力皆無という絶望、しかしそんなことMMORPGでは許されない。
力こそ正義、その入手こそ使命。
そう決意し戦闘の場に赴き、再び直面する絶望。
そんな中俺は幸運にも絶望から這い上がった。
熱心にやり込んだこのゲームの深い知識。
PCとしてのアドバンテージ。
幸運にも何かを持っていた。
そしてそのことに気づけた。
それは絶望を覆い隠し、勇気をくれた。
しかしそもそも大多数派であろう持たざる者側であったならば?何かを手に入れる前に力尽き、のたれ死んでいただろう。
こいつはまだ何も持っていない。力なり経験なり。だから動けない。
一方決意だけは固い。これが厄介。こうして場違いな戦場に赴き、不必要な危険に巻き込まれる。しかしそうせざるを得ない。
決意の源は父親の期待に応えようという思い。
第三射目が飛んでくる。
この時俺は何を考えていたんだろう。
この娘に自分で身を守らせねば退くことも叶わない、そのため説得が必要だったことも事実。
だがそんなこと実はどうでもよかった。本当に力になってやりたかった。目の前にいる過去の自分に対して。
気付くと俺は雨のように降り注ぐ矢から少女を守るようにその間に割って入り、盾となる。そして叫ぶ。
お前の気持ちはよく分かる。お前に欠けているものが分かる。
それは勇気をくれ、行動を可能にするもの。
それはすぐには手に入らない。だがいつかそれを手にする日が必ず来る。
だからそれまでは頼れ、周囲に、力に、経験者に。
俺に。
俺に頼れ!守ってやる!
着弾する矢をことごとく無力化しながら、無心で打つ演説。
その時のこと、その後のことはよく覚えていない。
記憶にあるのは少女の頬をつたう一筋の涙のみ。
………
気付けば見知らぬ天井。しばらくしてその寝室に入室してくる卿。
拠点入口付近まで撤退することに成功した俺たちは、報を受けたランデルフ卿の計らいで派遣された迎えの宮殿騎士に保護される。と同時に疲れきって意識を失った二人は、そのままメリュク家まで搬送され、現在ベッドの上、という流れらしい。
神殿騎士団の蛮行を謝罪する卿。しかし事前の察知がなかったわけではない。
それでも娘を送り出さなければならなかった。父も葛藤し、覚悟していた。
そして事前の察知は界隈の人もまた然り。だから売れ残りの依頼なのだ。
知らぬは俺一人。
すでにあれから三日が経過していた。少女の安否も不明。
「あの子があんなに熱心に他人のことを話すなど初めてのこと、助けていただいたこともあって貴殿に信頼を寄せている様子」
そうか無事だったのか、よかった。
だが信頼?道中何度悪態をつかれたか分からんぞ。
「事情はお話した通り。貴殿には悪いことをした。私も目が覚めました。この辺りが引き際でしょう。私はあの子を自由にしてやりたい。己の願望を娘に押し付けてしまった。あの子を苦しめてしまった。父親失格です」
「迷惑ついでは重々承知。その上で、あつかましくも貴殿にお願いしたきことが…」
………
旅立ちの日。
出発前のリンの最初の一言「別に助けてほしいなんておもってないから!」
その後ひとしきり罵詈雑言を浴び、最後の一言「でも、まあ一応あの時のお礼は言っておくわ」
分かりやすいツンとデレ。我らの出発にふさわしいやり取り。
つい先日まで何もできなかった自称冒険者の無職。
初任務を終えたばかりの駆け出し、甲斐性なんてものとは無縁。
そして新たに始まる二人の旅。