05.ラ・ゾア
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冒険者すなわち住所不定無職
この不名誉な称号からの脱却に必要なことはただ一つ、依頼の受注と遂行
日々口を糊するため、ギルドという名のハロワに足繫く通い、依頼を物色する
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騎士登用試験。
ゲーム内に実装されているクエスト。
達成するとクラス『パラディン』を取得可能。
内容は獣人拠点に潜入、奥地にあるアイテムを入手し無事帰還せよというもの。
今回の依頼は当該クエストに挑む者の護衛。
任務地はラ・ゾア。
この地の覇権を巡って対立するエルフとオーク。そのオークの拠点、本拠地。
地上に広がる巨大要塞と、地下に広がる洞窟、入り組んだ地形。
エリア全体にひしめくオーク族の戦士。
実装当時多くのプレイヤーがこのクエストに挑み、阿鼻叫喚。道に迷い、オークに撲殺され、ほうほうの体で逃げ帰る。公式フォーラムに苦情殺到。高難易度クエスト。
たいていの奴はここでパラディン取得を諦める。
しかしこのクエストには必勝法がある。
ステルス。
即ち敵本拠地に潜入しながらもエネミーと一切バトルを行わないことが肝要。
少しでも発見されようものなら大量にリンクしたオークに襲われ、一瞬のうちに屠られる。
幸い俺はオークの視覚に感知されないルートを熟知している。
故に余計な戦闘を避けて目的地まで到達し、アイテムを入手、即時帰還可能。
戦闘能力がないことに絶望していた俺でも可能な依頼。うってつけ。
そして同時に別の才があることにも気づいて絶望から這い上がった俺の最初の任務。
………
早速依頼人宅を訪問。
ルドリア王国侯爵家の一つメリュク家。由緒正しい騎士家系。その邸宅。
出てきたのはエルフの少女とその父親らしき壮齢の騎士。
護衛対象と依頼人、リィンベル・フォン・メリュクとランデルフ卿。
…この少女が騎士に?戦闘とはまるで無縁そうに見えるが。それはまあいいとして任務遂行するならもっとちゃんとした護衛をつけるべきでは?
高額報酬の割に売れ残っていたこの依頼には実は裏があった。
ルドリア騎士団内部の対立。宮殿騎士団と神殿騎士団の確執。
………
拠点へ潜入し、道中方向音痴と強烈な気性にさんざんに悩まされながらもうまく戦闘を避け必要アイテムを入手、帰還しようとしたその時、神殿騎士団からの攻撃を受ける。運よく地面に突き刺さる矢。標的は明らかに目の前の少女。
少女は命を狙われている。
宮殿騎士団重鎮の娘、ただそれだけの理由で年端もいかぬ同族を手にかける。
足がつかぬようわざわざ獣人拠点に赴くのを見計らって。
しかしそれほどまでに対立は深刻ともいえる。
両騎士団を率いる二人の王子のいがみ合いが背景にあるとかなんとか。結果内部争い。
迫りくる獣人族に対してすら一枚岩になれない人間族。
ちなみに獣人などという僭称で呼びさげすんでいるが、今俺たちが使用している中つ国共通語(日本語)は獣人発祥だし、流通する金貨だってそう。種の起源もあちらが先。
そもそも人だ獣人だなどという分類だって単なる視点の違い。オークから見ればこちらが獣人。汚らわしい蛮族。
大きな違いはその風貌、風体と、美的感覚のみかもしれない。その他の違いは全て個々人の価値観の相違の範疇に収まる些細なもの。
しかし見た目の違いは根深い対立を生む。いつの時代もどんな世界でも。
同族の敵に襲われ、それでも立ち向かおうとする少女。事情を把握している。
俺に逃げて、と言った。
その小さな体で守ろうとしてくれた。
護衛である俺を複雑な状況に巻き込まないよう配慮してくれたのだ。
強い意志と並々ならぬ決意。その源は何処からか。
こちらの視界に入らないよう、遠方から雨のように放たれる矢。
正体を明かせないあちらの思惑が透ける。
しかしそれはこちらも同様。
王国城壁外の治安維持は神殿騎士団の担当。
よって宮殿騎士団が護衛として表立って出動することなどできない。そんなことをすればそれこそ相手にとっては恰好の餌。攻撃の火種を与えることとなる。
少女はというと、剣を構えたまま動かない。
運よく第二射も外れたが、矢の量は先程の倍以上になっている。
そしてもうすぐさらに殺意を増した攻撃が飛んでこようというのに、少女は盾を取り出して身を守ろうとすらしない。
動けない、か。
決意とはうらはらに。
自分の無力もまた痛いほど痛感しているから。