00.IGL
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MMORPG『アルテマ』
剣と魔法のファンタジー。麗美かつ壮大な世界観。仲間との冒険と絆
ロールの概念。IGL(インゲームリーダー)の存在。ギミックの数々
装備を整え、戦略を練り、今日も未踏のダンジョンへ
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面妖な樹木生い茂るとある森。
ダンジョン化したその森を進むは冒険者四人と一人のパーティ。
「リンベル、解ってるな?」
「わかってる」
「タンクは道中の先導並びに接敵時の盾役が仕事だ」
「何回も聞いた」
「よし、パラディンのお前は…」
「あ、見つけたわよ、あいつがこの森の主ね、ついてきなさい!」
「待て、勝手に戦闘を開始するな」
戦闘準備も整わぬうちから眼前のエネミーに対してつっかけ、待っているのは案の定手痛いしっぺ返し。
森の主、ボスエネミーの周囲に張り巡らされた無数の罠が発動する。毒針に侵され、巨大食人植物に捕食されるリンベル。
「やだ、真っ暗、べとべとしてる、ここ、どこ、リト、どこにいるの」
…こいつはパーティの盾役としての自覚が皆無だ。
エネミーと見れば手あたり次第突っ込んでゆく。
他メンバーの準備などお構いなし。一瞥もくれない。
そのくせ俺が視認できる範囲にいないととたんに金縛り状態に陥る。
全く世話の焼ける奴だ。
結果を十分に予測した上で行動に移すよう徹底的に教育せねば。
「回復魔法ヒール、Tier2」
刹那、超特大回復魔法がリンベルめがけて放たれ、案の定植物に妨害される。
「エマ、そんな高Tier魔法を開幕からぶっ放すな」
「甘いわね、毒の治療は最優先なのよ」
「タンクが敵視を十分に稼いでからにしろ」
「この程度の立ち回り、ヒールワークの基本だわ、覚えておきなさい」
体力の回復と毒の治療は全く別系統の魔法。
未だそういった初歩的な知識すら理解できていないとは。
全く厄介なメスガキだ、後で分からせる必要がある。
…正確には過去に幾度となく分からせてきた筈なのだが。
ともかくヒーラーとしての立ち回り云々含め後ほど再指導だ。
「お宝、お宝、ボクのお宝盗みまくりだにゃ」
「そこ、盗むのは後だ、まずエネミーにデバフをばら撒け」
「わかったにゃ」
「ローグの仕事は多岐にわたるぞ、優先順位を見極めろ」
「わかったにゃ(でもまずは先立つものにゃ)」
主の取り巻きとして無数に湧いて出た植物系エネミーに対して、得意の敏捷性で接近しては金品を強奪し撤収を繰り返すその存在。
マウは目先の光物に目がない。考えるより先に手が出る。
手癖の悪さだけでいえば宇宙に通用するかもしれん。
ことローグというクラスにおいてそれは役割の一つでもある。
だがこいつは状況かまわずエネミーからの強奪を第一としている節がある。
真っ先にすべきはデバフを撒きエネミーを弱体化させること。
その上で比較的安全なタイミングを見計らって盗むなりしろと何度も指示しているのだが。
「精霊魔法ファイア、Tier2」
目の前の取り巻きエネミーたちが爆炎に包まれ一瞬で蒸発する。
「おま、、すぐそこにリンベルが捕われてるんだぞ」
「何か問題でも?」
「範囲魔法をぶちかまして、万が一があったらどうするんだ」
「自分の魔法の効果範囲くらい熟知しているわよ、いちいち文句をいわなければ気が済まないのかしら」
アタッカーとはとかくダメージを出したがる生き物。
このシャナトトも例外ではない。
しかしいきなり全力でいけば、エネミーの敵視と反撃はおのずとその貧弱な体躯に集中する。
こいつは地頭もいい。おそらく一撃で取り巻きを始末し、かつリンベルに危害が及ばない範囲を把握しての魔法行使であろう。
だが基本はチクチクドカンだ。少しずつ低Tier魔法でエネミーの体力を削り、最後に上位魔法でオーバーキルするのだ。
何かを拗らせた性格が災いし、コーチングに耳を貸さない。こういった手合いに付ける薬など最早ない。
そろいもそろって言うことを聞かない連中。
そんな中俺の指示で一つでも何かを成すことが出来ればIGL(インゲームリーダー)冥利に尽きる。
転生してきた俺は、戦闘の才能がない。
貫手や石つぶて、砂煙位なら可能だが本格的な戦闘の前では焼け石に水。
出来ることといえば、熱心にやり込んだこのゲームの知識を生かした盤面上の駒操作。
いわゆるコーチング。
百戦錬磨の頭脳と経験、それに裏打ちされた的確な指示。
それを生業として生活している。
責任は重大だ。
いざとなればあいつらのかわりに盾になって死ぬ覚悟がある。
何せあいつらはPC(プレイヤーキャラクター)の俺と違って死んだら復活などできない。
種族こそ各々違えど、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)としてこの世界に実際に生きている生身の人間。
ちなみにプログラムされた存在が決まった行動しかできないなどということはない。そんなものはあくまで観測者としての視点。
俺がこのゲームに転生する前にリアルだと思って生活していた世界だって、別の高次元の存在が構築設計した世界であり、それと同義。
まあ創造論を語る気は毛頭ない。この世界でこいつらを導き、共に生き抜く。目的はそれだけ。
一見ばらばらに見えて、実のところ同じ方向を向いている。
縁あって集った仲間なのだから。