第72話 大武闘会、決勝戦
「これより、大武闘会の決勝戦を開始する! 《白翼の女神》と《赤鱗の大蛇》の代表者は前へ!」
――ワァアアアアア!
決勝戦の時間を迎え、観客席から大歓声が湧き起こる。
準決勝が終わった後の休憩中、控室には様々な人たちが訪れた。
ルコットたちギルドメンバーやサーシャ王女をはじめ、キール協会長など、ギルドを立ち上げてから今まで依頼などで関わってきた人たちもやって来てくれていた。
その激励を受け、これは負けられないなと、決意を新たにした俺たちは再びアリーナの中央へと歩を進める。
「……」
《赤鱗の大蛇》のリーダーの男は白い髪の奥からこちらを真っ直ぐに見つめている。
――やっぱり、か……。
俺は一つの答えを得て、開始の宣言を待った。
「始めっ――!」
その宣言とともに、俺はリーダーの男に向けて一直線に疾駆する。
「アリウス様!?」
リアの声を背中で受け、男の頭上に剣を振り下ろす。
――ギィンッ!
聞こえたのは鈍い金属音。
男はどこから取り出したのか、手にした短剣を交差させて俺の剣撃を受け止めていた。
そうして鍔迫り合いの格好になりながら、俺はリーダーの男に向けて一言を放つ。
「お前、呪術士ガルゴ・アザーラだな?」
「……ほう。さすがはアリウス・アルレイン。私の変身術を見抜くとはな」
「「「なっ――!?」」」
俺と男の、いや、ガルゴのやり取りを聞いた後ろの仲間たちが驚嘆の声を上げる。
鍔迫り合いから一転して距離を取ると、ガルゴの周りから黒い靄が発生した。
そして靄が収まり、そこから現れたのは赤い髪に赤い瞳。
ガルゴ本来の姿があった。
「まさか決勝戦の相手があの呪術師ガルゴだなんて……」
俺の後ろで仲間たちが驚きの声を上げている。
確かに、予想外の出来事だろう。
「さて、それでは勝負といくか。アリウス・アルレイン」
ガルゴはかすかに残った靄を振り払うかのように短剣を薙ぐと、俺の方へ向き直る。
「その前に答えろ、ガルゴ。サーシャ王女以外の王族に魔法をかけたのはお前か?」
「いかにも」
「何故そんなことを……」
「愚問だな、アリウス・アルレイン。国家を落とすには最も効率的な方法だろう?」
「何だと?」
ガルゴは当たり前のように言ってのける。
驚いた表情を浮かべていたのは俺だけでなく仲間の三人も同様だ。
「もっとも、王女だけ洗脳魔法にかけられなかったのは誤算だったがな。どうやら王族の中にも鼻が効くものがいるらしい。城に影武者を置いて王女を隣国の公務で逃していたようだ」
「ま、待ちなさい! あなたは国家の転覆を狙っているんですか!?」
「……そうだ、と言ったらどうする? 女神よ」
「そんなこと、許せるはずないでしょうが!」
ガルゴの言葉にリアが叫ぶ。
当然だ。
リアは元々、大災厄を止めるためにこの世界に来たんだ。
今のガルゴの発言を聞いて見過ごせるわけがないだろう。
もちろんそれは俺も同じだ。
「お前がこの大会に参加したのは洗脳魔法をかけそこねたサーシャ王女のためか?」
「ああ。それもあるが……」
「……?」
ガルゴが言い淀み、少しだけ目を細める。
「さて、言葉を交わすのも飽いた。そろそろゆくぞ」
ガルゴが指を鳴らすと、先程まで黙してガルゴの後ろに控えていた三人が襲いかかってきた。
あれは、レブラが操作しているのか?
三人は俺を通り抜け、仲間たちを抑えにかかる。
「くっ……、けっこう強いですね……!」
交戦したリアが声を上げる。
他の二人も同様のようだ。
「さあ、貴様とは一対一だ! アリウス・アルレイン!」
言うが早いか、ガルゴが地面を蹴り俺の眼前まで迫る。
――疾い……!
俺はガルゴの振った短剣を受け止め、バックステップで距離を取った。
ガルゴはそこを追撃しようと迫る。
そうはさせない。
「フレイムスピア――!」
俺は《紅蓮》の称号を付与し、火属性魔法を放って足止めを狙う。
当たってくれても良かったが、ガルゴも俺と同様バックステップで回避していた。
「良い判断だ。さすがだな、アリウス・アルレイン」
「何故だ? タタラナの温泉郷で戦った時よりも……」
「強い、と言いたいのか? フフフ。それは光栄だ」
タタラナで戦った時も相当な強さだったが、今のガルゴはそれを遥かに凌駕する動きを見せていた。
あの時、手を抜いていたというわけでもないだろうが……。
ガルゴは何かこれまでに見せていない能力を持っているのかもしれない。
しかし、今はその答えを探るよりもこの男を止めることだ。
「フレイムスピア――!」
「むっ――」
俺は離れていたガルゴに向けて火属性魔法を唱えた。
炎の矢がガルゴを直撃する――、かに思えたが、それはガルゴが展開した黒い渦によって阻まれる。
――あれは、レブラの時と同じ……!
炎の矢は黒い渦に飲み込まれるように消え去ってしまう。
ただでさえ身体能力の高いガルゴにこの術を使われるとかなり厄介だな……。
「わっとと!」
そこへレブラの操っていた戦闘員と戦闘していたリアが寄ってくる。
距離を取ったようだが、大分苦戦しているらしい。
「アリウス様。あの呪術士、何だかだいぶ強くなってません?」
「ああ、みたいだな」
「そういえば、さっきあの糞ギルド長にやったみたいに相手の称号付与をされてみては?」
「いや、それはできない。タタラナの時にもやってみようとしたことがあるんだが、何故かガルゴには付与可能な称号が無いんだ」
「え? そんなことってあります?」
リアの言う通り、妙ではあった。
今まで人に称号付与を試みた時には何かしらの称号が表示されたのだが……。
「でも大丈夫。アリウス様ならきっと勝てますよ」
「ああ。リアも負けるなよ」
「ふっふん。もちろんです!」
俺とリアはそんな言葉を交わして離れる。
――そうだ。負けるわけにはいかない。
俺は決意を新たに、眼前のガルゴと再度対峙した。