第66話 称号士は女神に感謝する
「いやはや、さすがですなアリウスさん。準決勝進出おめでとうございます」
「ありがとうございます、パーズさん」
大武闘会の一回戦の後、俺たちは二回戦、三回戦と順調に勝ち進み、準決勝へと駒を進めていた。
初日を終え、今はパーズからの情報共有を受けるため、王都の酒場にやって来ている。
「元々グロアーナ通信でもアリウスさんたちのチームは優勝候補に推してましたが、ここまでとは……。本当に皆さん強くなりましたなぁ」
「師匠のおかげですね。大武闘会までの間、みっちり鍛えてくれましたし」
「二回戦はアリウス様の剣技で圧勝。三回戦に至っては戦う前からお相手さんのチームが棄権してましたからねぇ」
「アリウスの称号付与の力には驚かされるよ。おかげでこれまでに無い力が出せているんだからな」
「でも、みんな本当に強くなったよな。この調子で明日も勝とう」
俺たちは互いの健闘を称え合いながら手にしたグラスを合わせた。
そうして談笑しているうちにテーブルには料理が並べられていく。
「しっかし、まさか明日の相手があの糞ギルド長とは。あの男も随分としぶといですねぇ」
リアが骨付き肉にかぶりつきながら言った。
リアの言う通り、明日の準決勝の相手は《黒影の賢狼》。
すなわち、レブラが相手なのだ。
本来のギルドメンバーが移籍した一件以降、姿をくらましていたレブラだったが、どこかで人員を調達してきたのだろう。
レブラはチームを組んで大武闘会に参加していた。
「あんな糞ギルド長のことなんてどうでもいいですけどぉ」
「まあそう言うな、リア。レブラを問い詰めれば呪術士ガルゴの情報が得られるかもしれないんだし」
「うーん、そうですねぇ」
リアが少しだけ苦い顔をして、パーズの方に向き直る。
「さて、それじゃあ記者のオジサンが得た情報ってやつを教えてもらいましょうか」
「ほーふぇふね。ふぁやくしりふぁいです」
「ルルカ、行儀が悪いぞ。ちゃんと飲み込んでから喋れ」
ルルカがリスのように膨らませていた頬をもにゅもにゅと動かしている。
そしてゴクリと飲み込んで照れ隠しのように笑っていた。
「はは、すいません師匠。王都の酒場で、しかもこんな良いお店で食べたことなんて無かったものですから」
「まったく」
「それで? 記者殿、何か呪術士ガルゴのことで掴んだことはあるのか?」
クリス副長の問いに、パーズが少しだけ真剣な顔になって話し始める。
「ええ。アリウスさんから例の男――、ガルゴ・アザーラが《赤眼族》と名乗っていたということを聞いたものでね。そっちの方から当たってみたんですわ。そしたらおかしなことが分かりましてね」
「おかしなこと?」
「ええ。通信社ってのは便利なものでして。割と古い情報についても残ってることが多くてですね――」
「前置きは良いですから早くしてください、記者のオジサン」
「はいはい……。まあ、結論から言うと赤眼族の中にガルゴ・アザーラという人物は確かにおりました。――そして、死んどります」
「え?」
パーズはそう言って、くたびれた台帳のようなものを取り出す。
「そいつは当時の赤眼族の住人が載っているリストなんですがね、ガルゴ・アザーラというのは当時の首領だった男のようです。で、確かに死体も確認されたということになっとりますな」
「私とアリウス様の前に現れたあの男は、自分たちのリーダーだった人の名前を騙ってると?」
「うーん、どうなんでしょうなぁ。そもそも赤眼族は100年前に大災厄の魔物、《漆黒の竜》が顕現した際に絶滅しとるはずです」
「じゃあ、あの男は何者なんです?」
俺の問いかけにパーズは肩をすくめる。
そこまでは分からない、ということだろう。
「ただ、あの男がガルゴ・アザーラ本人であるにしろそうでないにしろ、100年も前に存在したとされる一族が生き残ってるなんて妙な話ではあります」
「確かにそうですね」
「ただ、もしその男が赤眼族であるならば相当な恨みを持っとることでしょう」
「……?」
「というのもですな。元々、赤眼族というのは特異なジョブを授かっていることから忌避された存在だったらしいんですわ」
パーズは頭を掻きながら、赤眼族のリストに目を落として続けた。
「それでも当時の首領、ガルゴ・アザーラは仲間たちのために対話を試みたと、古い書物の中にはあります。どうやらかなり紳士的な人物だったようですな。……しかし漆黒の竜に襲われた時、救援を求めたものの周辺の領主は見向きもしてくれなかったと」
「酷い……」
パーズの言葉に、俺だけでなくリアやルルカ、クリス副長も一様に表情を暗くしている。
「ただ、ガルゴがもし赤眼族に関係するならば、その時の恨みで動いている可能性がありますね」
「ええ、そう考えられるでしょうな。もしかしたら復讐のつもりかもしれません」
「でも、仮にそうだとしてもあの男のやってることはめちゃくちゃです! 何のためか知りませんが呪いを振りまく蛇を放っていたせいでルコットさんだって命の危険に晒されたんですよ! タタラナ温泉郷の時だってアリウス様が食い止めなければ多くの人が巻き込まれてました。復讐と言えばもっともっぽいですが、あんなの単なる八つ当たりと我儘ですよ!」
リアが怒りあらわに叫ぶ。
……忌み嫌われたジョブを持った一族か。
俺も始めは役立たずのジョブを授かったとしてギルド長レブラに蔑まれ、それにより俺は生きるための糧を一度失った。
程度が違うため、ガルゴの思いは窺い知ることしかできないが、存在自体を否定されるというのは確かに辛いものがある。
それでも俺が前を向いていられたのは、妹のルコットを助ける必要があったというのもあるが……。
「……? どうされました、アリウス様?」
「ああ、いや……」
目を向けられたことを不思議に思ったのか、リアが怪訝な顔を向けてくる。
――俺自身、リアに助けられたのかもな。
そんなことを考えて、俺は目の前で疑問符を浮かべている女神様に心の中で感謝を告げた。
「とにかく、赤眼の男ガルゴについては分からないことも多い。まずは明日のことに集中しないとな」
「うーん。そうですねぇ。とりあえずは明日優勝して、それからですかね」
「とりあえず優勝だと? ナメられたものだなぁ!」
突然酒場の入り口の方から聞き慣れた声がかかり、その場にいた全員が振り返る。
そこにはレブラが立っていた――。