第64話 大武闘会を前に
「わぁ……。すごい人の数ですね、アリウス様。あ、あそこにルコットさんたちもいますよ」
控室から外を覗いたリアが俺に声をかけてきた。
リアが指差した方向にはルコットたちギルドメンバーも見える。
アリーナ内では既に前の組み合わせの試合が始まっており、熱狂的な歓声に包まれていた。
「王都のアリーナがこんなに埋まるなんてな。それだけ注目度が高いってことなんだろうが」
「やっぱり優勝者は王女様と婚約できるというのが注目を集めているのでしょうか、師匠」
「ふふ。こういう高揚感は久々だな」
俺の言葉にルルカ、クリス副長が続く。
サーシャ王女の依頼を受けた大武闘会に関しては予めチームメンバーを決めていた。
リアやルルカは魔法の扱いだけでなく、俺のジョブ能力である《称号付与》の効果を受けた戦闘にも慣れている。
クリス副長は元々の実力に加えて、称号付与で新たに得た力がある。
こうした理由で俺を含めた4人をチームメンバーとしていた。
今は俺たちの試合の番を控室で待っているというわけだ。
他のギルドチームもいる状況で、心なしか緊迫した雰囲気が感じ取られる。
「やあアリウスさん。調子はいかがですかい?」
声をかけられて見ると、グロアーナ通信の記者パーズが俺たちの方へ歩いてくるのが見えた。
「ああ、パーズさん」
「あー。記者のオジサンじゃないですか。何してるんですか、こんなところで」
「ありゃりゃ、リアさんは相変わらずですな。今日は仕事ですよ仕事。大武闘会の各チームのことをチェックしてましてね」
そう言ってパーズは胸から下げた記者プレートを持ち上げて見せた。
「で、どうですかい? 自信の程は。出るからにはやっぱり優勝を狙っているんでしょう?」
「ええ、そうですね。今回はどうしても優勝しなくちゃいけなくて」
「おや? アリウスさんがそこまでハッキリ言うというのは何か訳ありですかね?」
「まあ、そんなところです」
パーズには事情を伝えても良かったが、ここでは他のギルドチームの目もある。
だから今は黙っておこうとしたのだが、パーズはそこから邪推したのか何やら悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「……もしかしてアリウスさんも王女様目当てで? いやぁ、ギルドにこれだけ可愛らしい女性が多いのにアリウスさんもやっぱり男なんですなぁ……って、ちょっと待って下さいリアさん。目に殺意がこもって――、ぐぁっ!」
リアに思い切り足を踏みつけられ、パーズが悲鳴を上げる。
何か前にもこんなことあったな……。
「余計なお世話ですよ記者のオジサン。アリウス様はちゃんとした『理由』があってこの大武闘会に出場されるんですぅ」
「そ、それは失礼……」
足を抑えてうずくまるパーズに、リアは尚も冷ややかな目を向けていた。
「そういえばパーズさん。あれから何か情報は掴めましたか?」
「……ああ。あの例の男の行方ですな。そこに関してはさっぱり。しかし、中々興味深いことも分かりまして」
「……それはどんな?」
赤眼の男――、呪術士ガルゴの情報は俺たちの元にも入ってきていない。
今回の件にも関わってくる可能性があるため、できればパーズが何か情報を掴んでいればと思うのだが……。
「それはここでは話さん方が良いかと。どうです? 今日の分の試合が終わった後で食事でもしながら」
「分かりました。助かります、パーズさん」
「いえいえ」
そう言ってパーズが笑って応じていたところ、またも控室には来客があった。
「――アリウスさん」
凛とした鈴の鳴るような声に、パーズだけでなく他のギルドチームの目も振り向く。
「お、おい。あれ、王女様じゃ……」
「何で俺たちの控室にいらっしゃったんだ?」
「アリウス・アルレインの方に用事があるみたいだぞ……」
他のギルドチームの面々が声を交わす中、サーシャ王女は悠々と俺たちの方へ歩いてきた。
以前俺たちのギルドを訪れた時とは違い、今日は純白の王族衣装に身を包んでいる。
「皆様、ご機嫌麗しゅう」
「ふわぁ。王女様のドレス、とっても可愛いですね!」
「ふふ。ありがとうございますリアさん。今日は一応公務でございますからね」
サーシャ王女はそう言うと、口に手を抑えて柔らかく笑った。
「アリウスさん。それに皆様。今回の件、本当にありがとうございます。試合の前に改めて感謝を伝えたくて参りましたの」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます」
そのやり取りを見てあんぐりと口を開けていたのはさっきまで俺と会話していたパーズだ。
「な、なな……。サーシャ・ド・ヴァリエール王女……。アリウスさん、いつの間に王女様とお知り合いに……?」
「いやまあ、色々とありまして」
「い、色々って……」
パーズは開いた口が塞がらないといった様子で俺と王女様を交互に見やっていた。
まあ、そういう反応になるのも無理はないかもしれない。
「今日はアリウスさんたちの試合、楽しみにしておりますわ」
「ええ、頑張ります」
「そ、それでですねアリウスさん……。今回の件が上手く言った暁には、その……、一緒に食事でもいかがでしょうか」
サーシャ王女が顔を赤らめながらそんなことを言う。
それを見てか、周りにいたギルドチームの男性から睨むような視線が飛んできた。
「うわぉ。王女様ってばダイタンですねぇ」
「むぅ。師匠にはやっぱりあれくらい強引にいった方がいいんでしょうか……」
「ルルカ、君もよくアリウスと二人で修行をしているだろう。それも十分美味しいポジションだぞ」
「ふぅむ。アリウスさん、何というか……。頑張ってくださいな」
パーズが俺の肩に手を置き、目を閉じながら何故かうんうんと頷いていた。