第57話 ギルド長レブラの誤算
「うわ、出ましたね糞ギルド長」
「あ、以前面接でお会いした胡散臭い方じゃないですか」
「な、なんだいキミたちは……。会うなり失礼な」
リアとルルカが辛辣な言葉を投げつけるが、レブラはそれ以上に嬉々としてキール協会長の執務室へ入ってきた。
「いやぁ、聞いたよアリウス君。ボクのギルドの受注したクエストに手を出してくれたそうじゃないか。知ってるとは思うが、これは重大なギルド規則違反だよ?」
言って、レブラはニヤニヤとした笑みを浮かべながら俺を覗き込んできた。
相変わらず、だな……。
「レブラさん。今あなたのギルドのクリスさんからもお話を伺いました。今回の件は事情が事情だったと思います。ギルド協会としてもこれは不問とするのが妥当だと判断し――」
「それじゃ困るなぁキール君。これはギルド間の問題だ。ギルドメンバーの言うことなんてアテにならないよ」
レブラは俺の方へ細めた目を向けてくる。
何が何でも俺のギルドを貶めたい、そんなことを考えている目だった。
「そこのクリス副長がアリウスと通じている可能性だってあるんだ。ギルド長のボクが異論を唱えている以上、無視することはできないはずだろう?」
「……」
「ギルド長、あなたという人は!」
レブラの言い分にクリス副長が怒りをあらわにする。
が、レブラは意に介していない様子で続けた。
「分かるかなぁ。今回のようなことを許していたら他のギルドだってそれに続くかもしれないんだ。アリウス君みたいな『規則違反をするギルド』を許していたら、それこそこの王都のギルド制度も崩壊しかねないよ?」
「アリウス様、コイツやっぱりぶっ飛ばしていいですか?」
「加勢しますよリア。師匠をここまで馬鹿にされて黙ってられるものですか」
隣にいる女性陣二人から怒りのオーラが立ち上る。
今すぐにでも上級魔法をぶっ放しかねない勢いだ。
レブラ、頼むからやめてくれ。何よりお前のためにも。
「まあとにかく、今回の件でアリウス君のギルドにきちんと罰を受けてもらわないとね。確か規則によれば『向こう一年間の活動停止』だったかな?」
――それはマズいな……。
一年間も活動を停止することになれば、《大災厄の預言》の時期に差し掛かってしまう。
それは避けたいところだが、どうしたものか。
「今回の一件、正式な依頼が無いにも関わらずアリウス君のギルドは《黒水晶の洞窟》へ足を踏み入れた。それは明らかにウチのギルドのクエストを侵害する目的であったと考える。だから――」
「――正式な依頼、があればいいんですか?」
入り口のところからかかったその声に、皆が反応する。
見ると、そこには妹のルコットが立っていた。
後ろには記者のパーズがいるのも見える。
――二人とも、どうしてここに? ギルドで待ってたはずじゃ……。
俺の考えをよそに、ルコットは執務室に入ってくる。
そして怒気を帯びた目でキッとレブラを見据えた。
「な、何かなキミは。今大事な話をしているところで――」
「初めまして《黒影の賢狼》のギルド長さん。私、アリウス・アルレインの妹、ルコットと申します。兄を解雇したばかりか、私が兄に作ったお守りを踏んづけてくれたそうですね」
「うわ……。ルコットさんが怒ってる」
「怖……」
ルコットからも先程のリアやルルカと同じような怒りのオーラが立ち上っているように感じた。
「状況がよく分かっていないのかな? 今キミのお兄さんが正式な依頼もないのにウチのギルドと同じダンジョンに足を踏み入れたということが問題になってるんだ」
「ですから、正式な依頼があればいいんですよね? 状況が分かっていないのはそちらでは?」
「……は?」
「こちら、私たちのギルド《白翼の女神》がグロアーナ通信社から受けた依頼書です。ご確認を」
ルコットが差し出した一枚の書類を手に取り、レブラが青ざめる。
「な、何だこれは……。《黒水晶の洞窟》におけるモンスターの討伐依頼――? 馬鹿な!」
「はい。ということで私たちのギルドが《黒水晶の洞窟》に向かっていたのは正式な依頼を受けていたからです。偶然そちらのギルドと同じ場所でのモンスター討伐依頼になっていたようですが、何も問題はありませんよね?」
ルコットが言って、やり取りを聞いていたキール協会長はにこやかに笑って頷いた。
俺の役に立ちたいとギルドの運営についても勉強を続けていたルコットのこと。
ルコットは俺たちが出ていった後で、パーズと結託しこのことを考えたのだろう。
本当に自分の妹ながらしっかりしているというか何というか。
でも何より、ルコットが自分自身で考えてギルドのために行動していたことに兄として感動し、感謝した。
「馬鹿な……! アリウス君たちはさっきそんなことを言っていなかった! 依頼を受けていたならそのことを主張すればいいのに、不自然じゃないか!」
「呑み込みが悪い人ですね。そこは問題にはならないんですよ」
「ど、どういうことだ……?」
「ね? お兄ちゃん」
――ああ、なるほど。
俺は視線を向けてきたルコットの思惑を察する。
こう言えばレブラは手詰まりだ。
「悪いなレブラ。言うの忘れてた」
「な、な……」
「「ぷっ」」
俺が何事も無かったかのように言ったからか、それともレブラが後ずさるのを見てか、リアとルルカが隣で吹き出していた。
依頼書という物的証拠をこちらが持っている状況ではレブラがいかに異論を唱えようと、それは単なる言いがかりにしかならない。
「ふざけるな! 第一そんな都合の良いことがあるか! こんな依頼書、でっち上げたに決まってる!!」
「いやぁ、それがそうでも無いんですわ」
激昂するレブラの前に躍り出たのは、それまで後ろに控えていたパーズだった。
「誰だいキミは? 次から次へと」
「これはどうも。オレはこういう者です」
「《グロアーナ通信社》の記者、パーズ・ラッセル……!? 馬鹿な!」
レブラがパーズから差し出された名刺を受け取り狼狽する。
「なんかさっきからあの糞ギルド長、『馬鹿な!』しか言ってなくないですか?」
「しっ、駄目ですよリア。今はあの滑稽な顔を堪能しましょう」
「お前らな……」
真剣な話をしている中でリアとルルカはどこか緊張感が無い。
「その依頼書が真実であるということは自分が保証します。レブラさんのところは何も気にせず依頼者から報酬を貰えばいい。ウチもアリウスさんのギルドには正式に報酬をお支払いする予定ですから」
「うっ……」
「ですからこの件はこれでオシマイ。何か文句があるならウチの上層部に言ってくださいな。まあ、上層部にもキッチリ承認を得てるんで無駄でしょうけど。……ああ、それから――」
そう言って、パーズはレブラの耳元に口を寄せる。
(レブラさん。あなた、ギルドの公費で何やら私的に金を使い込んでいるそうですなぁ。これをグロアーナ通信で取り上げてもいいと思っとるんです。まあ今回の件でおとなしく引き下がってくれるなら公にはしませんが)
(な、何故それを……!)
「……」
おい、聞こえたぞ。
「く……、くそ……」
レブラが力無く言ってうなだれる。
これでこの件が俺たちのギルド運営に支障をきたすことはなくなった。
それを確認し、俺とクリス副長は顔を見合わせて頷く。
レブラは肩を落として執務室から出ていこうとするが、そこにクリス副長の声がかかった。
「あの、ギルド長」
「な、何だいクリス君。もうこの件は……」
「いえ、別件です。……本日を持ちまして私はギルド《黒影の賢狼》から脱退したく存じます」
「…………は?」
そう言ってクリス副長が取り出したのはギルドの《脱退届》だった。
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