第53話 【SIDE:クリス】副長クリスの想い
「う……。申し訳ありません、クリス副長。俺たちのせいで……」
「そう言うな。今は傷の治療に専念するんだ」
私は4人の部下の治療を行いながら声をかける。
《黒水晶の洞窟》に足を踏み入れたのが今朝のこと。
少人数のため疲弊しながらも、入り口から洞窟の最奥部に至るまでモンスターを掃討してきたのだが、ある時点で洞窟内の状況が一変する。
突如として大量のモンスターが出現し、ギルドへ帰還しようとした私たちの行く手を阻んだのだ。
モンスターの強襲を受けて負傷した部下を連れ、今は洞窟の最奥部へと引き返し、治療するための陣を敷いている。
「すまない。私の判断ミスだ」
私が告げると部下たちは揃って首を横に振る。
「そんな、副長のせいでは……。あれだけのモンスターが突然現れるなんて、予測できないですよ」
「むしろ俺たちを守るためにクリス副長はモンスターを退けてくれて……」
「そうです。それに、もう少し待てばきっとギルドからも救援が来ますよ」
「…………ああ、そうだな」
分かっている。
あのレブラがすぐに救援を寄越すなどという判断をしないということくらい。
保身を第一に考えるレブラのことだ。
きっと「増援を送ればコストがかかる上にギルドの沽券にも関わる」などと言って、すぐには動くまい。
――まったく。最後と決めたクエストでこうなるとはな。
私は考えても仕方のないことかと頭を振り、部下の治療を続けようと膝をつく。
その時だった。
――ギギ、ギギギギギ。
「な、何だ?」
軋むような音が奥の方の壁から聞こえてくる。
そして――、
――ガガガガガガガッ!
「っ!」
壁の中から現れたそれは、黒水晶で体を覆った巨人型のモンスターだった。
「馬鹿なっ!? あれはエンシェントゴーレム!」
――かつて《災厄の魔物》の魔力によって動いていたとされる古の岩石巨人。災厄の魔物が現れていない今、何故動いている……!?
エンシェントゴーレムは黒水晶の奥から無機質な赤い目を覗かせ、こちらへと体を向ける。
「考える暇は無し、か……」
私は腰に付けた鞘から剣を抜き放つ。
ゴーレムは数歩進んだかと思うと、肩を突き出し突進してきた。
私は素早く横へと躱し、その顔面目掛けて攻撃を仕掛ける。
が……、
――ギィンッ!
剣が硬質な外殻に阻まれ、ダメージを与えることができない。
「ぐっ……!」
攻撃を弾かれて体勢を崩した私に、エンシェントゴーレムは巨大な腕を振り回してきた。
「ああっ――!」
「クリス副長!」
咄嗟に剣でガードしたものの、その攻撃の勢いは止まらず、私は大きく吹き飛ばされる。
――なんという、威力だ……。
これをまともに喰らえば、無事ではいられない。
そう思わせるだけの破壊力。
私はよろめきながらも、負傷している部下たちを背に立ち上がる。
「クリス副長! 俺たちのことは捨てて逃げて下さい! クリス副長だけなら……」
「馬鹿なことを言うな」
振り返らずに答え、私は再度剣を構える。
――ガガガガガガッ!
黒水晶が擦れ合う不快な音を鳴り響かせながら、エンシェントゴーレムが眼前まで迫る。
私は最後の力を振り絞り、ゴーレムの中心へと刺突攻撃を繰り出した。
が、ゴーレムが割り込ませた腕によってそれは防がれる。
――パキィッ。
その結果として訪れたのは無残なものだった。
私の剣は根元から折れ、防御手段の無くなった私に向けて攻撃を仕掛けようと、エンシェントゴーレムが反対の手を大きく振りかざしている。
――ああ、ここまでか……。
それは諦めるに足る光景だった。
――アリウス。君ともう一度話がしたかったがな……。
振り下ろされる黒水晶の拳がやけにゆっくりと感じられ、最後の瞬間にそんなことを考える。
そして、エンシェントゴーレムの攻撃は眼前まで迫り――、
――ギィイイインッ!
「なっ……!?」
私に届くことなく、一人の少年によって受け止められた。
「大丈夫ですか!? クリスさん!」
「アリ、ウス……?」
振り返った彼を見て私の胸にある感情が湧き起こる。
それは安堵などではなく、やっと再会できたという場違いな歓喜だった――。